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147.お兄ちゃん、賭博をする

「スリーカード、俺の勝ちだ」


 レオンハルトが手札を机の上に晒した瞬間、一緒にゲームをしていたおじさん達が頭を抱えた。


「また、一人勝ちかよ……!!」

「かぁー、兄ちゃん強ぇなぁ!!」


 それぞれの前に置かれていた銅貨を総取りしたレオンハルトは、得意げに鼻を鳴らす。

 そんな光景を僕は、ホッとしながら眺めていた。

 レオンハルトが僕に教えてくれる、と言っていたのは、どうやらカードゲームの事だったらしい。

 明後日の方向の勘違いをしかけていた自分が正直、めちゃくちゃ恥ずかしい……。

 いや、さすがに今回ばかりは自分の考えに自分で引いたわ……。

 それにしても、なるほど、宿場町の夜の食堂ともなれば、こうやって見知らぬ相手と賭け事をする機会もあるということ。

 今の僕らは、格好も馬に乗るための旅装の上、王族だったり公爵令嬢だったりすることを隠しているので、相手はこちらの事を平民だと思っていることだろう。

 レオンハルトに至っては、バンダナを巻いて、特徴的な赤い髪を隠すなど、ちょっとした変装めいたこともしている。

 仮にその顔を知っていたとしても、似ている人と認識するだけで、まさか王子本人だとは思うまい。

 おそらく武者修行とやらの合間にも、レオンハルトはカードを嗜んでいたようで、先ほどから見事な判断力で手札を晒しては、勝利を捥ぎ取っていた。


「イケメンで美人の二人連れ。その上、カードも強いなんて。全く、神様ってやつは、不公平すぎるだろ……」


 隠そうともしない嫉妬の視線を向けるのは、カードに加わっていた比較的若い男。

 前世は凡庸な男子高校生だった身としては、その気持ち、痛いほどよくわかるわ。

 そこに"地位"と"強さ"も加わると知ったら、この青年、耐えられず発狂してしまいそうだ。


「さて、じゃあ、そろそろバトンタッチと行こうか」

「えっ……?」


 レオンハルトは席を立つと、今度はその席に僕を座らせた。


「えーと……」

「何だぁ。今度はそのお嬢ちゃんがやるのか?」

「セレーネ。頭の良いお前なら、ゲームのルールはおおよそ把握できただろう」


 把握というか、そもそもこのゲーム、前世でのポーカーそのまんまなんで、ルール自体はおおよそわかるけれども……。

 まあ、いいか。この世界に来てから、とんと"ゲーム"というものから遠ざかっていたから、カードができるだけでもちょっと嬉しいし。

 掛け金自体も小遣いレベルで、有り金巻き上げられるような事態にはならないだろうし、ここは久しぶりのゲームってやつを楽しませてもらうとしよう。

 そんなわけで、僕の手元へと5枚のカードが配られる。

 ふむ、今のところはワンペアか。

 今回のルールは、賭博場でやるようなガチルールじゃなくて、割と緩いものだ。

 つまるところ、カードそのものに技術的な要素はあまりなく、純粋に運ゲーなところが大きい。

 考えなければならないのは、掛け金をどうするか。

 親から左回りに掛け金を出すかどうかを聞かれる中、僕は銅貨を1枚差し出した。

 同じく、他のメンバーも全員が銅貨を1枚ずつ増やす。

 これでゲーム自体は成立した。

 さて、次はカードの交換だ。

 あまり頭を使いすぎても意味がないし、ここはさっさとペアになっていない3枚を交換してしまうとしよう。

 心の中で「俺のターン! ドロー!」と叫びつつ、そそくさとカードを交換すると、先ほど持っていたワンペアを含めて、もう一つペアができた。

 その上、元々持っていたワンペアと同じ数字のカードが来たので、いわゆる"フルハウス"という役ができている。

 確かかなり強い役だったはずだし、ここは勝負したいところだな。

 ちらりと周りの面々の顔を見る。

 正面の剥げ頭のおじさんはニヤニヤ顔。割と良い役ができてそうだな。

 右隣のデブったおじさんは目を細めている。たぶんだけど、あんまりよい役出来てなさそう。

 左隣の若い男は……カードそっちのけで僕の顔見るの止めてくれませんかね。いや、美人の自覚はあるけどさ。もうちょっとこう、ね……。  

 と僕の背後から、レオンハルトが殺気を放った。

 瞬間、びくりと身体を震わせ、僕から視線を逸らす若い男。

 ふぅ、これで一安心……って、そうだ、カードカード。

 改めて自分の手札を見ながら、僕は決める。

 よし、ここは勝負をしよう。

 銅貨をさらに2枚追加。同じく、正面の男も銅貨を2枚追加した。

 右のおじさんは勝負を降り、左の若い男は、迷った挙句、最終的に1枚銅貨を差し出し、勝負に乗ることを決めた。

 さて、では、勝負と行こうか。

 全員が手札を晒す。

 正面のおじさんは、6から10までの数字が並んだ役──いわゆる"ストレート"という役ができている。

 若い男はワンペア。


「セレーネの勝ちだな」


 レオンハルトが軽く拍手を送ってくれる。

 役の強さを忘れかけていたが、どうやらフルハウスの方がストレートより強かったらしい。


「くっ、いきなりそんな役作っちまうとは……。ビギナーズラックってやつか」


 しかし、その後、何度やっても、僕はそれなりの役を作り続け、3戦もする頃には周りのおじさん達はグロッキー状態になっていた。

 左の若い男だけは、時折熱いまなざしを向けて来たけど……。


「くそっ、これじゃ、さっきのカモから巻き上げた勝ち分までパーじゃねぇか」

「この嬢ちゃん。まさかイカサ……」


 そこまで言いかけたところで、レオンハルトの殺気が飛ぶ。

 おじさんは、ギリギリのところでごくりと言葉を飲み込んだ。

 確かに、かなりよい役ばっかり作れちゃってるから、イカサマと勘繰られるも仕方ないかも。

 たまたまなのか。それとも、僕って、幸運値が高いんだろうか。

 あ、いや、このゲームには幸運値なんてステータスは無かったか。

 まあ、公爵令嬢かつ聖女候補って、この世界でもトップクラスにレアな肩書を二つも持っている僕だ。

 中身は凡庸な男ではあるが、ガワのレアリティで言えば、人権URレベルなのは間違いないし、それに比べればカードで多少勝てるなんて運は大した事ないか。


「セレーネ様、そろそろ……」


 と、アニエスが耳打ちしてきた。

 あんまり一人勝ちすぎると、周りが楽しく賭け事できないし、そろそろお暇させてもらうとしよう。

 とはいえ、あと腐れがあるのは嫌だし。

 最後に、カードに勝って得た銅貨で卓を囲んだメンバーにそれなりの酒を奢ると、おじさん達は勝負の負けも忘れてすっかり上機嫌になった。

 そりゃくっそ美人のアニエスにお酌して貰えれば、男なら当然こうなる。

 ジュースを口に含みながら、まあ、たまにはこんな夜もいいか、とのほほんと思う僕であった。

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