144.お兄ちゃん、紅の国へ向かう
さて、アルビオン学園の冬休みは、長い夏休みと違い、ほんの10日ほどしかない。
前世の日本と違い、移動するだけでも一苦労のこの世界においては、冬の帰省は一般的ではなく、ほとんどの者は学園にそのまま残って寮で過ごしている。
実際、エリアスなんかはこの機会にゆっくり読書をして過ごすのだそうだ。
本を読む彼の近く、暖炉の前で丸くなってるシャムシールの姿が目に浮かぶ。
平民であるルーナや下級貴族であるシュキは、ひと月後に行われる聖燭祭の準備手伝いのために教会へ赴くらしい。
前世で言うところの年末の年賀状仕分けのアルバイトみたいな感じだな。
フィンは父に呼ばれて、碧の国の王宮へ。夏休みもちょいちょい父と二人で出かけていたが、卒業後、父の仕事を継ぐために色々と今のうちからやらないといけないことがあるらしい。
僕が紅の国に行くことを話すと、めちゃくちゃ一緒に行きたそうにしていたけど。
思い思いに皆過ごしている中でも、ルイーザは特に予定が無いようだったのだが、今回はレオンハルトからのお呼ばれということで王宮に赴く機会もあり、さすがに彼女を誘うわけにもいかなかった。
そんなわけで、冬休み初日。
さっそく紅の国へ移動することになった僕は、愛馬に跨っていた。
「クレッセント、楽しみですわねー」
「ヒィーン」
第2試験ですっかり心を通わせたクレッセントとは、今でも大の仲良しだ。
今回僕は初めて自分で馬に乗って、国をまたいだ移動をすることになっていた。
本来であれば、王族のゲストともなれば、馬車付き、護衛付きの移動が当たり前。
実際、碧の国であれば、そういった待遇になったのだろうが、紅の国はなんというか、そういうところからして"自分の事は自分で"というか、そもそも王子であるレオンハルトに一人の護衛もついていない。
その身を狙うような輩は、自らの手でねじ伏せろとでも言わんばかりの放任主義だ。
とはいえ、レオンハルトの方はさすがに僕も一緒となれば、色々と移動手段を手配してくれようとしてくれたのだが、全て僕が断った。
いや、だってさ。こんな機会滅多とないし。
いつもいつも誰かの操作する馬車に揺られての移動というのも案外退屈なのだ。
たまには、自分の愛馬と共に街道を駆け抜けるのも悪くない。
それに、アニエスだっている。
彼女一人いれば、道中何かしらトラブルに見舞われることがあっても、大事になることはないだろう。
「街道沿いに走れば、王都まではそう遠くはない。適度に休憩を入れつつ、順調にいけば、2日ほどで到着するだろう」
「愛馬と一緒ですもの。それくらいなら余裕ですわ。それよりも……」
僕はレオンハルトがまたがる馬へと視線を向ける。
銀色の毛並みに、筋肉質なスタイル。
この馬はそう、"心"の試験でルーナが騎乗していたシルバーという名のじゃじゃ馬だ。
移動に際して、レオンハルトが自ら選んだのがこの馬だった。
「こいつにはずっと乗ってみたかったんでな」
「でも、相当の暴れ馬ですわよ」
「これくらい乗りこなせないようでは、紅の国の王子は務まらんさ」
と言って余裕の表情を浮かべるレオンハルト。
確かに、いつも自由奔放なイメージだったシルバーだが、今は嫌に従順で大人しい。
なんだろう。あの試験から今までで、何か性格の変化でもあったんだろうか。
「それにしても、レオンハルト様も"心"の試験の場にいらしていたんですね」
レオンハルトは基本試験の際に姿を見せないので、てっきりシルバーのことなんかも知らないものと思っていたんだけど。
「あ、いや、ちゃ、ちゃんとお前の試験には足を運んでいるぞ。ただ、試験の前後に話しかけるのも野暮かと思ってな……」
「そうだったのですね。そんな風にお気遣いいただいていたとは知りませんでした」
「あ、ああ……」
「ぷっ」
と、笑い声がして振り向くと、同じく借りてきた馬に騎乗したアニエスがいた。
「アニエス。今笑いました?」
「いえ、そのようなことは」
「そうですか……?」
今、たしかに笑い声がしたように思えたんだけどなぁ。
アニエスは、どこかこちらに表情を隠すようにしている。
やっぱ笑ったよな。何か面白いことでもあったんだろうか。
「さあ、セレーネ様。そろそろ出発しませんと、今日中に宿場町まで到着できません」
「そうでしたわね」
切り替えるようにそう言ったアニエスの言葉に僕は頷く。
「では、クレッセント。出発しましょう!」
「ヒィーン♪」
こうして、僕とレオンハルトとアニエス。
ほんの3人だけの短い旅路が始まったのだった。
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