143.お兄ちゃん、紅の王子に誘われる
第3の試験が引き分けに終わり、張り詰めていた空気がプシューと抜けたような、そんな気分に浸っていた時期のことだった。
2カ月もの間、アミール劇団の一員として、毎日多くの人に囲まれて生活していた僕は、孤独に飢えていた。
前世では、完全に陰キャ側だった僕だ。
あまりに長期間大人数でいることが増えると、ふと一人になりたくなる瞬間というのもあるもので。
そんなわけで、僕はその日、一人で早朝に散歩に出かけた。
とはいえ、さすがに学外にアニエスも連れずに出かけることは不可能なので、学園のまだ行ったことがない辺りを散策してみることにした。
女子寮のある西側のエリアは、おおよそもう行ったことがある場所ばかりだったので、少し遠いが東側のエリアへと足を運んでみる。
こちらには男子寮があるので、女子が一人で立ち入ることは少しばかり憚られる場所ではあるのだが、これだけ早朝であれば、男子と鉢合わせすることもないだろう。
そんなわけで、一人林の中の小道を歩いていると花畑を見つけた。
最近はめっきり寒くなってきて、花を見る機会も少なくなっていたが、どうやらこの赤い花は冬でも咲く種類のものらしい。
前世では、花の美しさなんてほとんど気にしたことはなかったのだが、今世では屋敷で庭師とも仲良くしていた影響か、名前は知らずとも、知らず知らずのうちに興味を引かれるようになってしまったようだ。
「綺麗ですわね……」
一人でいる時は男言葉が出がちな僕だが、今はなんとなくお嬢様言葉でそう呟くと、しゃがみこんで花弁を眺めた。
風にそよぐ、星のような形の小さな花弁を見ていると、どことなく心が和らいでくる。
……なんだか、最近、感性まで女性的になってきている気がする。
まあ、別に男だから花に興味がないとか、そんなわけでもないし、あまり気にしないことにしよう。
そんなことを思いながら、花のにおいを胸いっぱいに吸い込んでいると……。
「セレーネ」
「あっ……」
声を掛けられ、振り向く。
そこにいたのは、抜群に仕上がった肉体を惜しげもなく披露する赤髪の美男子。
「レオンハルト様……」
「おはよう。まさか、お前がこんなところにいるとはな」
どうやら、今日も上半身裸でトレーニングに精を出していたらしい彼は、爽やかな汗をキラキラと煌かせながら笑顔を向けてくる。
不意打ちのようなその姿に、思わず、頬が熱を帯びた。
ア、アミールとの訓練で、随分マシになったと思っていたのに……。
「お、おはようございますわ。今日もトレーニングですの?」
「ああ。もう間もなく、剣戦が始まるからな」
剣戦──それは、紅の国で行われる国を挙げた剣術大会である。
かつて魔王討伐を為した勇者を輩出した国として、武を重んじる傾向のある紅の国のおいて、剣戦は1年で最も盛り上がるイベントなのだそうだ。
身分を問わず、王侯貴族から腕自慢の一般人まで、多くの者が参加するこの大会において、レオンハルトはなんと昨年ベスト4まで進出していた。
紅の国の騎士達の中では、魔力による身体能力の強化が一般的だ。
まだ14歳という若さ。その上、魔力を持たないというディスアドバンテージを持ちながら、そこまで勝ち進んだレオンハルトの剣の実力が、いかに卓越したものであるかわかるというものだ。
こうやってトレーニングをしているのは、たまに見かけることがあるが、彼が本気で剣を振るっているところは見たことがない。
全力を出した彼が、実際どれほど凄まじいのか、僕も一度くらい見てみたいものだなぁ。
そんなことを考えていると、ふと、レオンハルトがモジモジとし出した。
「そ、その、セレーネ……。少し、お前に頼みたいことがあるんだが」
「あら、何でしょうか?」
レオンハルトから頼み事なんて珍しいな。
どこか言いにくそうに、チラチラとこちらを見ながらレオンハルトは続ける。
「もし、冬休み、何の予定もないようであれば、その……。剣戦を見に来ない……か?」
「えっ?」
「あ、いや、その、だな! 剣戦では、よく怪我人も出るからな! 万が一の時に、お前がいてくれると助かるというか……!!」
なるほど、僕の白の魔力があれば、激しい試合で怪我人が出たとしても治してあげられる、ということか。
確か、剣戦は僕とルーナの"力"の試験のように木剣を使った試合ではなく、刃を引いていない普通の刀剣で行われるということを聞いたことがある。
下手をすれば、死に直結するような危険な大会という側面もあり、僕のような癒し手がいれば、安全性はある程度確保できるようになるのだろう。
いや、とはいえ、この取り繕うような反応……。
もしかして、単純に、自分の活躍を見てもらいたくて誘っているんじゃなかろうか。
大人びて見えるが、まだまだ15歳になったばかりの男の子だしなぁ。
一応、建前上は婚約者である僕に、格好良い姿を見てもらいたいという気持ちがあるのかもしれない。
それを素直に伝えられないところが、なんだか微笑ましいというか、可愛らしいというか。
「もちろんですわ。私も、レオンハルト様の雄姿を見てみたかったですし」
満面の笑みで、彼が望んでいるであろう答えを返してあげると、レオンハルトの表情が目に見えてパァッと輝いた。
「そうかそうか!! いや、お前が来てくれると、本当にうれ……助かる!! うんうん!!」
もはや取り繕ってるのか怪しくなるほどの喜色満面といった様子のレオンハルト。
そんな彼の姿をどこか母性的な視線で見守る僕。
こうして、僕の冬休みの予定が決まったのだった。
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