141.お兄ちゃん、評価される
一度の閉幕の後、再び姿を現した二つの劇団に向けて、生徒達が惜しみない拍手を送る。
下手側に立つは、我らがアミール劇団。
上手側に立つは、シュキ率いるアルビオン学園演劇部。
それぞれの演目を終えた2グループは、舞台の中央で分かれるように並び立ち、整列していた。
そして、そこに現れる妙齢の美女──今回の審査を担当する演出家レイラ・ゴルトシュタイン。
彼女は、ゆっくりと落ち着いた所作で舞台に上がると、観客席に向かって恭しく礼をした。
「自己紹介が遅れました。今回の"藝"の試験の審査を務めさせていただく、レイラ・ゴルトシュタインです。まずは、聖女候補であるセレーネ・ファンネル殿、ルーナ殿。学生とは思えない素晴らしいお芝居を見せていただき、ありがとうございました。あわせて、このような機会を与えて下さったアルビオン教会の方々にも、お礼を申し上げます」
謙虚な態度で、各方面への挨拶を済ませると、彼女はクルリと僕らの方へと振り返る。
「さて、今回の試験についてですが、先ほども申し上げた通り、アミール劇団殿もアルビオン学園演劇部殿も、どちらもアイデアの限りと尽くした極上のエンターテインメントと呼んでも差支えの無いハイレベルなお芝居であったと思います。もちろん、プロである私の目から見れば、アラがあったことも事実ではありますが、それを補って余りある若さと情熱を感じさせてくれました。まず、アミール劇団殿」
名指しすると、レイラさんはこちらへと視線を向けた。
「妖精を主役に据えたファンタジーという舞台設定の中でも、地に足のついたキャラクター造詣が素晴らしかったです。そして、それを伝える脚本も堅実なものでした。各種の演出も非常に練られており、飽きさせない工夫が各所に見られたのは非常に丁寧な作りであったと感じます。そして、何よりも歌唱力。セレーネ殿は魔法を歌に乗せるという話は事前に伺っていましたが、実際に聴いたそれは想像を遥かに超えていました。どこまでも澄んだ、染み渡るような美声、そして、白の魔力の籠もった癒しの音楽は、素直に賞賛に値するものでした。また、セレーネ殿の歌を引き立てる楽器隊の演奏もたいへん素晴らしく感じました」
プロの演出家であるレイラさんにこれだけ褒められると、物凄く嬉しいな。
2カ月間も必死に稽古に励んできた甲斐があったというものだ。
心なしか、隣に立つアミールも必死ににやけそうになるのを我慢しているようにも見える。
「続いて、アルビオン学園演劇部殿。こちらは何と言っても、殺陣の圧倒的な迫力とルーナ殿の演技力。かなり偏った性格であるルナという少女剣士を完璧に演じ切ったのは、プロの私の目から見ても、筆舌に尽くしがたい事でした。現実にはいそうもいないキャラクター性であるにも関わらず、その演技で存在に説得力を持たせたことで、見ている人の感情移入を誘うことに成功していたように感じます。また、それらを強調するための、自然と惹き込まれるような構成力の妙も見事でした」
そして、クルリと振り向くレイラさん。
「細かいところを上げれば、枚挙に暇がないほど、たくさん良いところはありましたし、逆に、上げようと思えば、改善点も指摘できます。しかし、多くの観客の方々が見ているこの場では、講評はこの辺りで控えさせていただきたいと思います」
そこまで言うと、レイラさんは一瞬だけ深く目を閉じた。
観客を含め、それを見ていた人々が察する。
いよいよ、試験の勝敗を発表するのだと。
「……正直、かなり迷いました。しかし、私もプロの演出家。こうやって審査を任された以上は、自分の審美眼の限りを尽くして、公平な審査をさせていただきました。今から、その結果を発表させていただきます」
アミールがごくりと息を呑む音が聞こえた気がした。
同じく、シュキの額からも一筋の汗が流れる。
会場中が、まるで先ほどルーナと暁の騎士の殺陣を見ていた時のような緊張感に包まれた。
スポットライトの光が、キラキラと煌く最中、レイラさんはゆっくりと口を開く。
「"藝"の試験。その勝者は──」
息を呑む会場の観客達。
そして、ついにその名が、レイラさんの口から放たれた。
「──アミール劇団──」
名前が出た途端、アミールの顔が喜色に染まる。しかし……。
「──そして、アルビオン学園演劇部。双方とさせていただきます」
「えっ……!?」
思いもよらぬ判定に、2つの劇団のメンバーはもちろん、会場全体がざわざわとざわつき出す。
勝者は双方?
つまり、全くの同点ってこと……?
誰もが疑問符を浮かべる状況に、今回も未届け人として一緒に登壇していたルカード様がレイラさんへと問い掛ける。
「レイラ様。その判定は……」
「申し訳ありません。ルカード殿。ですが、審美眼の限りを尽くした結果として、この判定以外はあり得ないというのが私の考えです」
周囲の焦りなどまるで気にしていないように、レイラさんはゆっくりと話し始めた。
「双方、聖女候補お二人の"個"の実力はもちろん、劇団全体としてのチームワークも申し分ありませんでした。内容についても、先ほどお伝えさせていただいた通り、それぞれに特筆すべき部分があり、舞台の完成度として判断しても、甲乙つけがたいのは間違いありません。明確にどちらが上で、どちらが下、というのはもはや受け手の好みの問題にしかならないほどです」
「ですが、聖女試験で引き分け、というのは……」
「申し訳ありませんが、どうしても勝敗をつけなければならないというのであれば、私にはその判断をすることは出来かねます」
断固とした口調。
彼女も、手前勝手な理屈でこんなことを言っているだけではないのだろう。
演出家としての矜持が、どちらかを勝者にすることを拒んでいるのだ。
つまるところ、その判断が付かないほどに、二つの劇団の実力は拮抗していたということ。
そして、その事実を真っ先に受け入れたのは、意外なことにそれぞれの劇団の団長だった。
「ちっ、気に食わねぇが。レイラ・ゴルトシュタインが言うならそうなんだろう」
「ええ、まったく気に入りませんがね」
口ではそんなことを言いながら、二人の団長は舞台の真ん中で顔を突き合わせた。
「良い舞台だった。腹は立つが、正直惹き込まれた」
「こちらこそ。演出面では、明確に負けたと思わされました。その変態的なこだわりは悔しいですが評価に値します」
憎まれ口を叩きつつも、アミールとシュキの二人は、ふんっ、とお互いに笑い合う。
そして、ほとんど同じタイミングで差し出された右手。
握手が交わされた瞬間、やがてぽつりぽつりと遠慮がちな拍手が聞こえ、それはいつしか講堂中を埋め尽くすほどの大音響へと変わった。
そんな二人の様子を眺めながら、僕とルーナも握手を交わす。
こうして、第3の聖女試験である"藝"の試験は、引き分け、という結果で幕を閉じることになったのだった。
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