140.お兄ちゃん、舞台を賞賛する
紆余曲折があり、ケンカ別れのような形で、ティダと分かれたルナは、いよいよ仮面の剣士と再戦することになる。
今度こそ、刺し違える覚悟で決闘に臨むルナ。
夜空に真っ白な月の浮かぶ荒野で、ルナと仮面の剣士は対峙する。
一言も発することなく、動き出す2人の剣士。
その戦いの激しさは、冒頭で見せた戦い以上だった。
息もつかせぬ戦いの表現に、手に汗握るような緊張感が講堂を包む。
ルーナは明らかに身体能力を強化する効果のある紅の魔力を発動している。
瞬きすら許されないほどの高速での戦い。
1度目の時は届かなかったルナの剣技だが、再戦のために再び腕を磨き上げた彼女の剣は確実に成長していた。
互角の戦いを繰り広げる2人は、ついにお互いの流派の奥義の構えを取る。
そして、ルナの全身全霊を込めた一撃が今放たれた。
だがしかし、技量を上げ、背水の陣で臨んでもなお、ルナの剣は仮面の剣士のそれに一歩及ばなかった。
技を放ちながら、刹那のタイミングで自分が負けることを自覚するルナ。
自らの死を確信したルナは、けれど、次の瞬間、手にした剣を振り抜いていた。
そして、感じる肉を裂き、骨を断つ感触。
そう、彼女の剣は仮面の剣士の胴を真っ二つに薙いでいたのだ。
「どうして……!?」
勝てるわけがなかったタイミング。
それでも、彼女の剣は、相手を斬っていた。
そして、その瞬間、能面のように真っ白な仮面が割れた。
どよめく会場。
露わになったその顔は……。
「ティ……ダ……?」
それは、ルナと行動を共にしていた商人ティダの顔だった。
彼は語る。
自分は闇の凶手であり、父親を殺すことで、その名を世襲したということ。
ルナの父親を殺したのは、自分の父親であるということ。
商人としての姿は仮のものであったこと。
そして、ルナの恨みを一身に背負い、わざと負けるつもりだったこと。
「バカ……バカ……!!」
大粒の涙を流し、仇だったはずの男を抱きしめるルナ。
流れ出る血と共に、顔を青白く染めながら、それでも最後に彼は笑った。
そして、項垂れ続ける彼女に、こう言った。
どうか、これからは復讐ではなく、君自身の人生を歩んで欲しい、と。
「嫌だ……。隣にいてよ。ティダ」
僕はいるよ。
ずっと君の傍に。
慟哭。
そして、舞台は幕を閉じる。
……いつの間にか、ストーリーに入り込みすぎていた。
あまりに迫真すぎる演技に、いつしか没入してしまっていた僕は、放心したように閉じ切った緞帳を眺めていた。
なんという悲劇的なエンディングだろうか。
救いのない、と言ってしまえば、それまでなのだろうが、その後のルナがどう生きたかは、見ている人たちに委ねるということなのだろう。
それにしたって、色々衝撃的なことが多すぎた。
特に驚いたのは仮面の剣士の素顔だ。
彼の正体が二人旅の相方である商人のティダだったことにも驚かされたが、それ以上に驚かされたのは"いつの間にすり替わったのか"ということだ。
ティダを演じていた役者は、演劇部の部員であり、それなりに顔も知られた人物だ。
だが、そんな一般部員である彼が、あれほどの剣技を見せたとは考えづらく、明らかに仮面の剣士姿の人物は別人だった。
戦いの流れの中で、どこかのタイミングで、ごく自然に入れ替わってみせたのだ。
どうやってやったか、ということにも興味は湧くが、それよりも仮面の剣士──暁の騎士の正体が、やはりわからないままだったことに僕は少し落胆した。
本当に彼は誰なのだろうか。
あれだけの剣の腕前を持つ人物なんて、そうそういないと思うんだけども……。
惜しみない拍手が送られる最中、僕はハッとして左へ視線を向けた。
審査を担当するレイラ・ゴルトシュタインは、満足げな表情を浮かべながら、優雅な仕草で拍手を送っている。
どうやら、アルビオン学園演劇部の舞台は、彼女のお眼鏡にかなったらしい。
一体、どちらが勝者となるのだろうか。
負けたとは思わないが、勝ったとも思えない。
アミール劇団も、アルビオン学園演劇部も、自分たちにできる最高の舞台を作り上げることができたのは間違いない。
見た限り、観客達の反応もそう大きく変わりはしない。
あとは、レイラ・ゴルトシュタインが、どちらを評価するかどうか。
鳴りやまぬ拍手の最中、僕達、アミール劇団の面々は、再びステージに向けて歩き出したのだった。
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