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014.お兄ちゃん、新しいメイドを雇う

「新しい侍女……ですか?」

「ああ、そうだよ。可愛いセレーネ」


 優雅な所作で、口元についたソースを拭いつつ、父はそう言った。


「レオンハルト様からの提案でね。セレーネ付きの新しい侍女を、王国から派遣してもらうことになったのだ」

「ふぇっ!?」

「まだ、公の場で発表したわけではないが、セレーネが聖女候補であることが、どこから漏れるかもわからない。そして、世の中には、聖女の存在を快く思わない連中もいる」


 そう言えば、ルガート様からも少し聞いた。

 この大陸には、時折、かつて勇者に倒された魔王を崇拝する邪教徒が暗躍しているのだと。


「だから、名目的には侍女だが、実質は護衛のようなものだ。侍女の格好ならば、必要以上に大仰にならずに済む」

「なるほど」


 ふむ、確かに、ただの貴族令嬢の横に、立派な鎧を着た騎士が常に畏まっていたら、何かあると思われるのも当然だもんね。

 でも、メイド服を着た侍女ならば、傍についていて当然。いぶかしがられることもない。


「女だてらに、武の国であるカーネルで、騎士団の分隊長まで上り詰めた英傑らしい。これで、セレーネもより安心して暮らせるというものだ」


 まあ、実際のところ、今も僕は比較的のほほんと暮らせてはいますけどね。

 しかし、言ってみれば、"女騎士"というやつじゃないか……胸が熱くなるな。


「今週中には、こちらに到着するだろう。楽しみにしていると良いよ」

「はい、お父様」




 そんなわけで、4日後の朝。

 その日は、豪雨だった。

 ダンスのレッスンを終え、帰っていく講師の先生の馬車を見送りながら、どことなくけだるげに、空から降り注ぐ雨粒を眺めていたその時だった。

 雷鳴が轟いたと思った次の瞬間、私の目の前には、黒い何かが立っていた。


「ふぇっ!!?」


 思わず声が漏れた。

 真っ黒い外套のようなものをかぶった何かが、鋭い瞳を光らせてこちらを見つめている。


「も、もしかして……」


 ゾッと、おぞけが走った。

 この暗殺者のような風貌……件の邪教徒かもしれない。

 どこからか、僕が聖女候補だということがバレて、殺しにやってきたのだ。

 2,3歩、あとじさる僕。

 だが、段差に躓いて、僕はお尻から倒れ込んだ。


「あわ……わ……」


 叫ぼうにも、動転して声が出ない。

 えっ、そんな。

 僕って乙女ゲームの主役のはずじゃ……。

 破滅フラグとは関係なさそうなこんなところで……。

 ふと、目の前の人物の外套がブワッとはためいた。


「ひぃっ!!」


 何か武器を出すのだと、身構えた僕の目の前には、外套を脱ぎ去った人物が立っていた。

 それは女性だった。

 アッシュブロンドの長い髪から水を滴らせ、少し眠そうな目をした十代半ばくらいの綺麗な女の子。


「すみません。驚かせてしまいました」

「あ、え、へっ……」

「アニエス・シェールと申します。こちらは、ファンネル公爵家でお間違いないでしょうか?」


 目の前の少女は、ベタベタと髪を張り付けたままの無表情で、そう言ったのだった。




 突然現れたロングヘアーの美人さん、アニエス・シェール嬢。

 彼女は、どうやら、件の侍女兼護衛として派遣された人物らしかった。


「えっと……なんで、そんな格好で?」

「途中で、増水した川で馬車が立往生してしまいまして。だから、泳いで渡ってきた次第です」

「お、泳い……?」


 いやいや、雷鳴轟くこの中を、川を自力で渡りきって公爵家までやってきたというのか。

 なんというか、明らかにパワータイプの人間だな……。


「貴女が、セレーネ・ファンネル公爵令嬢様でお間違いないでしょうか?」

「そうですわ」


 肯定してやると、アニエスは地面に膝をついて、僕の手を取った。


「えっ……?」

「貴女に忠誠を誓うために馳せ参じました」


 そう言って、手に甲にキスされる。

 手の甲とはいえ、美人からのいきなりのキス。

 雨に濡れて、少しひんやりとした唇の感触に、ちょっとドキリとした。


「と、とりあえず、そんな格好では風邪を引きますわ! 侍女に着替えを用意させます!!」


 家の侍女たちに事情を話して、メイド服へと着替えさせられたアニエス。

 うーむ、改めて、見ると、非常にスタイルが良い。

 身長は170センチ近くあるかもしれない。

 腰まで届くロングヘアーに、出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという理想的な体型。

 見た目だけでいえば、僕がイメージしていた"くっころ系女騎士"に非常に近い。

 表情が乏しく、ややけだるそうにしているのもその印象を強めている。


「さっそく仕事着を用意していただいて、感謝しています」


 基本格好良い雰囲気の彼女であるが、初めてのメイド服の着心地を確かめるようにエプロンの裾をいじっている姿は、どことなく可愛らしくもある。


「いえ。足元の悪い中、長旅ご苦労様でした。今日からは、この家の使用人となります。わからないことがあれば、侍女頭に聞くと良いでしょう」

「お気遣い痛み入ります。では、さっそく仕事の方に取り掛からせていただきます」


 と、言ったアニエスだったのだが……。


「……何をすれば良いかわかりません」

「あ、あはは、とりあえず、それをまず侍女頭に聞いてみましょうか」

「わかりました」


 スタスタと無表情のまま、侍女頭の元へと歩いていくアニエス。

 うーむ、なんだろう。

 若干不安に感じるのは、どうしてなのか……。

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