139.お兄ちゃん、息を呑む
幕が開くよりも早く、何かが激しく接触するような音が会場に響いた。
それは、剣と剣がぶつかり合う音だ。
気づいたと同時に、柿色の緞帳がゆっくりと開かれる。
そこにいたのは、剣士のような格好をしたルーナ。
そして、対峙する同じく剣士姿をした暁の騎士。
以前、期せずして練習を覗いてしまった時に見たあのシーンだ。
緊迫した空気の中、二人の殺陣が始まる。
速い、鋭い。
明らかに、単純な殺陣レベルを超越したスピード感のある動きを観客達は固唾を飲んで見守っている。
「凄い……」
普段からルーナとよく一緒にいるルイーザをして、思わずぽつりとそう呟くほどに高度な殺陣だ。
ギャップ萌えってやつだな。
普段が普段だから、こうやって真剣な表情で剣を振るっているルーナは、一層格好良く見えてしまう。
それは、一部の女子生徒……いわゆるルーナファンクラブの面々も同じようで、涙でも流しそうな表情で舞台を見ている人も多かった。
もちろん暁の騎士の存在も多い。
誰もその素顔を知らない暁の騎士。
だが、その存在自体は、これまでの試験の際に、多くの人が目撃している。
今回も現れたその姿に、観客達からしてみれば、もしかしたら、彼の素顔が拝めるかもしれないという、謎の期待感を生み出しているようだった。
2人を知っているからこそ、キャラクターの詳細を語らずとも、惹き込まれる土壌がすでにある。
いきなりの戦闘シーンは、それを巧みに活かした見事な構成だと言えた。
そして、それを考えたのは、間違いなくあのシュキだろう。
隣に座るアミールがグッと拳を握り込んだのがわかった。
アミールをして、僕と同じことを思っているのだろう。
この舞台にみんなの将来すらも賭けているシュキ。
彼女の辣腕は、考えていた以上かもしれない。
「はぁああああっ!!」
裂帛の気合とともに太刀を振るうルーナだが、それが暁の騎士に受け流され、ついにその剣が肩口へと食い込んだ。
苦悶の表情を浮かべ、倒れ伏すルーナ。
それを静かに見下ろしながら、暁の騎士は去って行った。
舞台の中央に倒れ伏したまま、無言の時間が講堂を支配する。
やがて、ゆっくりと起き上がったルーナは、傷ついた肩口を押さえながら周囲を見回す。
「奴は……」
誰もいない状況を確認したルーナは、拳を地面へと打ち付けた。
「情けをかけられたのか……私は……!!」
激昂するルーナ。
そんな姿は普段とはまるで別人だ。
痛む身体を剣を杖に必死に前へと進ませながら、舞台は回想シーンへと入る。
主人公の名前はルナ(そのままだな……)。
彼女は、とある剣の流派の正統な後継者だった。
しかし、数年前、道場やぶりに来たあの剣士に一門は敗れ去る。
その上、道場主であった彼女の父は、再戦を望んだ末に敗北し、自ら命を絶ってしまう。
ファンタジー感の強かった僕らの舞台と違い、かなりシビアな世界観だな。
剣士への恨みを募らせた彼女は、たった一人で修行を積み、復讐の機会を伺っていたのだ。
そして、ようやく見つけ出した剣士と決闘を取り付けたのが最初のシーン。
だが、彼女の実力は彼に届かなかった。
その上、敗北を喫したのにも関わらず、見逃されたという事実は許しがたいことだった。
「絶対に……絶対に、もう一度……!!」
そこからは、仮面の剣士と再戦するために、彼女は行動を開始する。
商人を脅し、情報を集めたり、剣の腕を磨くために、化物の討伐に自ら志願したり。
そうする中で、ルナの極端な性格が浮き彫りになっていく。
僕らの話のように、複数のキャラクターとの交流の中で、人物像を深めていくような形ではなく、ルーナが演じるルナの一人語りのように物語が進んで行く。
シーンも次々と変わるわけではなく、場面転換もほとんどないので、お話への没入感がより増しているようだった。
特筆すべきは、やはりそれを可能にするルーナの演技力だろう。
はっきり言って、演技力だけ見れば、明確にルーナのそれは僕以上だろう。
普段のほわほわした雰囲気などおくびにも出さず、激情家であるルナを演じ切るルーナには魅せる何かを感じる。
僕と同じく演劇初心者であるのにも関わらず、これだけの演技力を身に付けられたのは、やはりヒロイン補正による成長性の高さからくるものなのだろうか。
とにかく、圧倒的な演技力は、目に見えない圧力のようなものさえ感じるほどだった。
物語が中盤に差し掛かり、ルナは一人の青年と出会う。
名前はティダ。
駆け出しの行商人である彼は、たまたま出会ったルナを護衛として雇う。
商人としては、真っすぐすぎて成果の上げられないティダと、同じく復讐しか頭になく、生活能力のないルナ。
凸凹コンビとなった二人のやり取りは、どこか殺伐とした世界観の中で、一時のホッとするシーンのように感じられた。
そして、物語は終盤へと差し掛かる。
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