138.お兄ちゃん、カーテンコールに出る
僕達の舞台が終わった。
裏方を含めたアミール劇団の全員がステージへと上がる中、主役と務めた僕は、一番最後に舞台上へと舞い戻った。
出てきた瞬間、物凄い拍手の音が耳朶を打った。
これまでの試験の時も、勝負の直後には熱狂した生徒達の声が響いていたが、今回のそれは今までとは比較にならない。
耳が壊れてしまうんじゃないかと思うほどの、大嬌声の中、僕は舞台の中央でアミールと並び立つと会釈をした。
熱に浮かされたような気分の中で、僕は視線を二階席へと向ける。
いつの間にか、意識の外に行ってしまっていたが、これは試験だ。
試験官として、こちらを見下ろすレイラ・ゴルトシュタインは、どこか満足げにこちらに向けて拍手を向けてくれていた。
どうやら、彼女のお眼鏡にもかなう出来だったようだ。
ホッと安心していると、両の手を取られた。
右を見ればアミール、左を見ればルイーザが、僕の方を向いて、どちらも満足げな表情を浮かべている。
「ほら、最後の挨拶だ」
「ええ!」
裏方を含めて全メンバーが横一列に並び、手を繋ぐと、僕らはその手を振り上げ、その後ゆっくりと頭を下げたのだった。
こうして、終わった僕達の舞台。
満足感に満ち溢れる中で、すぐさま撤収作業が行われる。
というのも、この後は、90分のインターバルの後、アルビオン学園演劇部の公演がスタートする。
人心地つく間もなく、自分も衣装の類などをルイーザ達と一緒に運び出していると、ルーナがひょっこりと現れた。
「ルーナちゃん?」
「セレーネ様ぁ!!」
と、いきなり抱き着いてくるルーナ。
「めちゃくちゃ素敵で、感動しました!!」
本当に感涙しながらそう言うルーナ。
どうやら、僕らの舞台は彼女のツボにばっちりハマったらしい。
まったく、一応はライバルだというのに、なんというか……。
「ありがとうございます。ルーナちゃんの舞台も楽しみにしていますね」
「は、はい!! 私も、セレーネ様に負けないように、頑張ります!!」
今日も一日がんばるぞい、という感じでやる気満々のポーズを取りつつ、ルーナは去って行く。
その後ろ姿の先には、あのシュキの姿があった。
ルーナと違って、彼女の雰囲気はまさに臨戦態勢だ。
獲物を狩るかのような視線の先には、アミールの姿があった。
アミールの方も、一瞬作業の手を止めて、彼女の方を見つめている。
『俺達の作り上げた舞台は最高だったろ?』
『ええ。でも、それでも私達は負けない』
言葉を交わすことこそないが、彼らの視線は雄弁にそう語っていた。
撤収作業を終え、舞台を去った僕達は、講堂のある建物の控室のような場所で、アニエスの用意してくれた昼食を摂った。
本来なら、ゆっくりと打ち上げでもしたいところだが、ルーナ達の舞台が残っている以上そうも行かない。
早々とサンドイッチを腹に詰め込んだ僕らは、講堂の方へととんぼ返りした。
本来なら一般生徒と同じく、客席からルーナの演技を見たいのだが、先ほどまで舞台に立っていた僕達が現れれば、おそらく講堂内はパニック状態になってしまう。
それを避けるために、僕らアミール劇団のメンバーは、特別に2階席に通されていた。
そこにいるのは、あのレイラ・ゴルトシュタインだ。
近くで見ると、まるでモデルのようなそのスタイルに惚れ惚れとしてしまう。
現役を退いてずいぶん経つらしいが、恐ろしく若々しい見た目だ。
そんな彼女は、僕らの視線に気づき、パチンとウインクをした。
大物演出家ということで、もっと厳し気な人かと思っていたが、意外と茶目っ気のある人物なようだ。
色々と僕らの演劇の出来について聞いてみたいところだが、それはまだ早い。
僕は、そのウイングに、一礼だけを返すと、仲間と共に、すぐに2階席の一番目立たない端の辺りに着席した。
すると、ちょうどルカード様のアナウンスが、講堂内に響く。
さあ、いよいよルーナ達、アルビオン学園演劇部の公演のスタートだ。
「ルーナちゃん……」
彼女、そして、シュキが作り上げた舞台。
タイトルは確か"月下の剣士"。
さっきルーナが僕を褒め讃えた時は、ライバルなのに、と思ったものだが……。
今にも始まろうとしている舞台を眺めながら、やっぱりワクワクとしている自分がいたのだった。
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