137.お兄ちゃん、歌声を響かせる
さて、第4章となるこの場面では、アリアとラトゥーラが、自分たちの音楽を聴かせるために街の小劇場を借りることが当初の目的となる。
もともと路上でパフォーマンスをし続けていたこともあり、多くの街の人達に認知され、親しまれていた2人のライブは成功間違いなしだった。
しかし、順調に準備が進んで行くその最中、妖精の国から突然戻ってくるように伝えられてしまう。
それは、必要以上に人間の事を好きになり出しているアリアの事を危惧した、女王様からの指示だった。
これ以上人間界にいれば、アリアは妖精の女王になるどころか、再び妖精の世界に帰ってくることさえなくなってしまうかもしれない。
女王の懸念はまさにその通りであり、帰郷を命じられたアリアは、せめてライブまではいさせて欲しいと懇願し、なんとかそれだけは認めてもらえる。
なかなかラトゥーラに帰郷の事を言い出せないアリアは、悩み、すれ違うのだが、その度に絆は深まり、最後のライブに向けて2人は全力を尽くす。
けれど、アリアに対する試練は、それだけではなかった。
ライブ当日、街はひどい暴風雨に襲われる。
100年に1度レベル大災害の中、ライブはもちろん、街にも大きな被害が出ようとしていた。
天井が飛ばされてしまった小劇場の中で、アリアは1人歌い出す。
それは、これまでの歌とは違い、妖精としての"力"をのせた歌だった……。
ついに、この時が来た。
物語のクライマックスシーン。
アミールが僕の歌を聴かせるために用意した、もっとも盛り上がるシーンだ。
嵐を再現するためにフィンが魔法で浴びせてくる風の中で、立ち向かうように僕は観客席へと視線を向ける。
歌うのは、アミールが作ったあの歌だ。
この乙女ゲームのメインテーマにもなっている名も無き歌。
でも、今回はアミールがこの歌に舞台の世界観に合う詩をつけてくれた。
アリアの気持ちを込めて、僕はこの歌を紡ぐ。
場所は瓦礫だらけの小劇場跡、雨風に晒されながら歌い出したアリアに、最初は驚いたラトゥーラ。
だが、すぐに彼女はその歌に合わせるように、マンドリンをつま弾く。
実際に演奏をしているアミールにも気迫のようなものが感じられる。
僕とアミールの音楽……いや、アリアとラトゥーラの音楽は、講堂の中に、静かに、でも力強く響き渡った。
そして、僕は歌に"白"の魔力を籠めた。
アリアの妖精の力を表現するために、僕自身も歌に魔力をのせるのだ。
初めて癒しの歌を聴いた観客達が、心地よさからか、にわかにざわつき出す。
だが、そのざわつきさえもBGMにしながら、僕達は歌い続ける。
空が晴れた。
妖精の力を使ったことで、街を襲っていた暴風雨が嘘のように霧散し、陽光がまるでスポットライトのように街を照らす。
すると、アリアの歌に惹かれた街の人々が大勢集まって来た。
観客達をその人々のように感じながら、僕がいっそう歌に力を込めると楽器隊も演奏を開始した。
街の人々と同様に、これまで関わってきた人々も再び舞台へと集まって来る。
旅の冒険者セシリーや王子シアン、その他に登場した端役達もだ。
多くの人々に見守られながら、アリアは歌い続ける。
でも、その身体が徐々に透け始めた。
妖精の力を使うという禁を侵したことで、アリアの身体は強制的に妖精の国へと戻され始めていたのだ。
少しずつ光の粒へと変わっていくアリア。
それでも、ラトゥーラと作った曲を最後まで歌い切ろうと、アリアは力の限り歌い続けた。
やがて、最後まで歌を歌い終えた時、アリアの姿はすっかりとその場から消え失せていた……。
「ふぅ……。なんとか上手くいったかな」
他の役者たちがまだ舞台上にある中、一足先に退場した僕は、クライマックスシーンの成功にひとまず胸を撫で下ろしていた。
最後の消えていく演出は、アミールとフィンが相談しながら作り上げたもので、フィンの魔法による光の屈折で徐々に消えていく風に見せていた。
いやはや前世の世界もびっくりの演出だろうが、やはり魔法というものがあるこの世界の演出レベルは恐ろしく高い。
とはいえ、この魔法はかなり環境が揃っていなければ成功することはなく、事前に暴風雨の再現として僕に当て続けていた風で、気温や湿度を調整することで、上手く機能するように仕向けていた。
夜な夜なフィンが、必死に練習してた成果が出たな。あとで、いっぱい労ってあげないと。
僕の歌の方も、観客の反応を見ていれば、大成功と言っても差し支えないだろう。
「さて……」
妖精の国へと帰ったアリアの役目はこれで終わり、最後は人間役の登場人物たちの後日談のような形で舞台は幕を閉じる。
アリアのおかげで、夢を追い続けることを誓ったラトゥーラ、人との絆を信じられるようになったセシリー、自分の意思を示すことを覚えたシアン王子。
それぞれのキャラクターが、アリアのいなくなった世界でも、彼女の教えてもらったことを胸に生きていく姿を最後に物語は終わる。
アリアのその後について描くプランもあったが、神秘性を残したいというアミールの言葉で、それはやらないことにした。
となれば、アリアとしての僕の役割は終わり、というところだが、もう一つだけ役割があった。
それはそう、舞台の最期の挨拶、いわゆるカーテンコールである。
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