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136.お兄ちゃん、アドリブを入れる

 振り向いた僕に、つかつかと歩み寄ってきたエリアスは、どこか高揚した様子で問い掛ける。


「アリア、君は僕の事が嫌いかい?」

「そんなわけないわ。私、シアン様の事、大好きよ」


 練習時よりも、さらに迫真の演技を見せるエリアスに、僕は努めて冷静に台詞を返す。

 とはいえ、内心はすでに心臓がバクバクと波打っていた。

 実のところ、あの特訓を経ても、僕の攻略対象キャラに対する耐性はそれほど上がっていない。

 上手くなったのは、それを取り繕う事。

 ドキドキはしても、頬の紅潮を押さえたり、普段通りに振舞っているように見せる事だ。

 先ほど幕が上がる直前にアミールに迫られた時も、表面上は平静を装っていたが心の中では結構ギリギリだった。

 今も、エリアスのあまりにリアルな告白の演技に、張り裂けそうなほどに鼓動が早くなっているのだが、それを出さないように僕は二コリとアリアとして微笑む。

 その笑顔を見て、エリアスも次の台詞を発した。

 うん、このままなら、なんとかいける。

 観客達は、エリアスの熱演に見入っている。

 固唾を飲んで見守られている最中、いよいよ鐘の音が響く。


「私、もう行かなくちゃ」


 再びにっこりと微笑む僕ことアリア。

 あとは、最後の台詞と共に、舞台袖まで歩いていけば終わりだ。

 心の中で、ホッと息を吐き、胸を撫で下ろしたその時だった。


「えっ……?」


 最初、何をされているのかわからなかった。

 でも、エリアスの白い手袋をつけた手が、すぐ僕の目の前にあることに気づき、僕は思わず硬直する。

 も、もしかして、僕、抱きしめられてる!?

 動くに動けない状況の中、思考がグルグルと高速回転させる僕。

 いや、えっ、なんで……?

 こんな動きは、脚本になかったはずだ。

 もちろん練習でも、こんな風にされたことはない。

 エリアスのアドリブってこと……?


「アリア……」


 その時、耳もとでエリアスがつぶやく。

 あまりにも甘く、蕩けるような声色に、思わず身体がビクリと震えた。

 乗馬の時もそうだったが、どうやら、僕は後ろから攻撃されるのに弱いらしい。

 にわかに紅潮していく頬に焦りつつも、このまま止まっているわけにもいかない。


「シアン様……」


 その名を呟き、ゆっくりと僕は彼の腕を解いた。

 そして、クルリと振り返る。

 真正面から見るエリアスの顔は、まさに演じるシアン王子の心中そのものだった。

 アリアへの明確な恋慕を顔に浮かべたシアン王子。

 でも、アリアはそれに気づいてはいけない。


「どうかしましたか?」


 あくまで、ただ心配するようにそう問い掛ける僕。

 すると、シアン王子……いや、エリアスはハッとしたように、一歩後ろへと下がる。

 役に入れ込みすぎていた様子のエリアスだったが、今のやりとりで、冷静になったようだ。


「いや、何でもないんだ。ただ、その……」

「ふふっ、寂しくなったら、また呼んで下さい。私はいつでも、この国にいますから」


 話の辻褄が合うように、エリアスの台詞にそう続けた僕は、今度こそクルリと振り返りながら言う。


「シアン様、きっと素敵な王様になって下さいね。それじゃあ」


 笑顔で手を振りながら、僕はようやく舞台袖へと帰り着いたのだった。




 あ、あ、あ、焦ったぁーーーーー!!?

 いや、もう何だよエリアスのやつ。

 あのアドリブは心臓に悪い。

 まあ、役に入り込むあまり、思わず身体が勝手に動いちゃったんだと思うけど、さすがに寿命が縮んだわ……。


「す、す、す、素晴らしい演技でしたわ!! セレーネ様!!」


 舞台袖から僕達の演技を見ていたルイーザが、あからさまにテンションの上がった表情で音を立てないように手を叩いていた。


「より王子に切なさが表れていたというか。それに対して、自分では気づかぬうちに、わずかばかり恋愛感情を見せるアリアの雰囲気なんか、もう……!!」

「えっ?」


 何、僕らの演技そんな風に見えてたの?

 なんとか舞台の流れを破綻させないようにするのに必死だったが、結果としては、かなり良い方向に転んだというところか。


「おい、何してやがる! 早く次だ!!」

『あっ』


 そうだ。まだ、舞台そのものが終わったわけではなかった。

 アミールの声に、僕とルイーザは慌てて舞台の方を見る。

 いよいよ舞台は最終章に入る。

 ここから、僕とルイーザはほぼほぼ出ずっぱりだ。


「セレーネ様!」

「ええ」


 マンドリンを片手に頷いたルイーザと共に、僕は最後の舞台へと飛び出して行ったのだった。

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