135.お兄ちゃん、第2幕を演じる
さて、20分ほどあった幕間の時間だが、水分補給や衣装チェンジ、メイク直しをしているうちに瞬く間に終わりが来ていた。
「おい、お嬢様」
幕が上がるまでのわずかな時間だけでもと、舞台袖で台詞を反芻していた僕の元へとアミールがやってくる。
「どうしました。アミ──」
と最後まで問い掛けるよりも早く、アミールが無言のまま、グッと顔を近づけてきた。
そして、そのまますぐ後ろの壁へと追い詰められる。
いわゆる壁ドン状態。
彼は、情熱的な視線で僕を見つめている。
でも……。
「大丈夫ですわよ。もう」
「けっ、えらく度胸がついたじゃねぇか」
そう、これは演技だ。
その証拠に、鼻を鳴らすように笑ったアミールはすぐに壁から手を放した。
「あれだけ熱心に訓練させられたのですから。演技とわかっていて、ドキドキすることはもうありませんわ」
「そいつは頼もしいな」
ふと真剣な表情になったアミールは今度は演技ではない、本当に熱の籠もった視線で僕を見つめた。
「今日のお前は絶好調だ。何も気にせず、とにかく自分の全力をぶつけて来い」
「もちろんですわ」
この二か月間で、どれだけアミールが真剣にこの試験のために動いてきたのか、僕は痛いほどに知っている。
彼の期待に応えるためにも、この第2幕、僕はこれまでに練習してきたことを全て出し切らなくてはならない。
逆サイドである下手側の舞台袖へと目を向ければ、本番用の衣装に身を包んだエリアスがこちらを見て二コリを微笑んでいる。
次の第3章はいよいよあのシアン王子との一幕だ。
きっと、今までで一番の演技を見せてみせよう。
「さあ、幕が開くぞ」
最後に軽く肩を押すアミール。
その優しくも力強い手の感触を感じるとともに、僕は再び舞台の中央へと身を躍らせた。
第2幕の冒頭に当たるこの第3章は、アリアとシアン王子の出会いから別れまでを描いている。
ラトゥーラと共に小さな劇場を貸し切りにするための資金集めとして、お城への奉公のパートタイムをすることになったアリアは、その天真爛漫な行動力と時折口ずさむ歌声から王子の興味を惹くことになる。
紆余曲折を経て、王子はアリアに好意を抱き、告白じみたことをするのだが、精霊族であるアリアにはその気持ちは伝わらず、想いが実ることなくお別れすることになるという、これまでと違って少し切ない章だ。
本物の王子であるエリアス演じるシアン王子はまさにハマり役といったところで、彼が舞台に姿を見せた瞬間に、女子生徒達からは黄色い歓声が上がっていた。
見た目だけじゃなく、エリアスはこの2カ月の練習で、演技の方もかなり上達していた。
彼の演じるシアンというキャラクターは、自分に自信が持てず、親に言いつけられたことに唯々諾々と従わざるを得ないような気弱な王子だ。
その姿は、かつてシャムシールしか心を許せる存在がいなかった頃のエリアスに酷似しており、アニエス同様、彼も比較的すんなりと自分の演じるべき姿が見えていたようだ。
アリアへと話しかける一動作を取ってもみても、コミュ症的なムーブがいやにリアルに再現されている。
学園に入学してからの堂々としたエリアスの姿しか見たことのない生徒達にとっては、その姿は新鮮だったようで、皆、彼の演技に魅入られているような様子だった。
ゆったりとした雰囲気ながらも、息を吐かせぬ展開が続き、王子とのお話もいよいよ佳境へと入る。
最後の一幕は、アミールとも特訓した別れのシーンだ。
アリアと過ごす中で、少したくましくなったシアン王子は、自分の意思で親に政略結婚の破棄を求め、それが承諾されることになる。
そして、契約期間を終え、城を去って行こうとするアリアに自分の気持ちを伝えるのだ。
自分の登場する場面の中では最後に当たる部分ということもあり、練習時からエリアスがこのシーンにかける情熱は相当なものだった。
舞台の熱に浮かされるように、リアルに頬を紅潮させたエリアスが、僕の肩を抱く。
でも、それにことさら反応してはいけない。
だって、アリアは妖精族の少女で、人族に対する恋愛感情なんて持ち合わせていないのだから。
練習では、エリアスのあまりに情熱的な視線に恥ずかしがってしまってばかりだった僕だが、アミールとの特訓の後も、彼とはこのシーンをずっと練習してきた。
なぜだか、どんどんエリアスの演技がエスカレートしていったような気もするけれど、とにかくせっかくの熱演を僕のぐだぐだな演技で台無しにするわけにはいかない。
「アリア!!」
背中を向け、去って行こうとする僕に、エリアスの声がかけられる。
さあ、いよいよあのシーンの始まりだ。
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