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134.お兄ちゃん、裏方メンバーに感謝する

 アリアとラトゥーラが出会いを描いた第1章が終わり、場面変わって、次はアニエス演じる旅の冒険者の話だ。

 女冒険者セシリーは、他人と関わるのを極端に嫌うソロの戦士だ。

 魔物を倒すことで生計を立てている彼女だが、たった一人で魔物狩りをしていれば、当然危険も多い。

 たまたまセシリーに魔物から救ってもらったアリアは、彼女に恩返しをするために奔走する、というのがこの第2章の流れだった。

 セシリーは口数の少ない寡黙なキャラクターで、アニエスも表情や口調なんかはほとんど素のままに演じることができている。

 戦いを生業とする冒険者。当然戦闘シーンもあるが、元々が騎士であるアニエスは剣術の殺陣も完璧だ。

 それだけでなく、アリアが瞳を見つめると、気恥ずかしさから顔を背ける場面なんかの演技もなかなかに上手い。

 そして、この場面の肝は、そんなアニエス演じるセシリーの活躍以外にもう一つある。


「なんて恐ろしい魔物……!?」


 目の前に聳える5メートルほどの巨大な作り物の魔物に向け、僕は驚きの声を上げる。

 そう、この土で作られた立像こそが、第2章の見どころとなるダークドラゴンだ。

 フィンの土魔法により造形されたそれは、かなり詳細なディティールまでも再現された一見すると本物と見分けがつかないほどのリアルなドラゴンだ。

 とはいえ、風や氷ほどは土魔法の練度が高くないフィンが独力でこれを作り上げたわけではなく、大まかに形作られたそれをノミで削りながら、こんなにリアリティのあるドラゴンへと変えていったのは、アミール劇団の造形班の面々だった。

 小道具などの製作を主とするこの数名のメンバーは、この日のために、様々な造形物を作る傍ら、このドラゴン作りにも心血を注ぎ、今、それは多くの観客に驚きの声を上げさせていた。

 音楽隊もそうだが、最後までこだわりをもって取り組んでくれた造形メンバーにも本当に感謝の言葉しかない。

 さらに、彼らが魂を込めて作り込んだドラゴンは、ただ見た目がリアルなだけじゃない。


「おおっ!?」


 客席から驚きの声が上がった。

 ノシッとドラゴンの巨体が一歩、二歩と前へと進む。

 そう、このドラゴン、なんと動くのだ。

 操作をしているのは、フィンだ。

 土魔法の応用で、関節などを一時的に軟化させることによりその巨体を動かしている。

 あまり素早い動作こそできないが、ゆっくりの動きな方が、かえって堂々としたドラゴンそのもののように感じられる。


「下がっていろ! アリア!!」


 一人剣を構え、ドラゴンに対峙するセシリー。

 ここからは、このお芝居唯一の本格的なバトルシーンだ。

 ドラゴンの爪の攻撃などをいなしながら、セシリーはその漆黒の身体に向けて剣を振るう。

 しかし、人間の力では、なかなかドラゴンに致命傷を負わせることができない。

 そうこうしているうちに、今度は、ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。

 放ってくるのはブレスだ。

 これも、フィンが魔法で再現しているのだが、さすがに本物の炎を講堂内で扱うわけにはいかず、ドラゴンの口内部分にあらかじめ充満させておいた赤いミストとセロハンのようなものを風魔法で噴出させるという方法を取っている。

 実際の炎そのものとまではいかないが、風の勢いで散布されるそれは、なかなかにド迫力。

 その上、塵となって、火の粉のように観客席まで広がっていくので、臨場感も一入(ひとしお)だろう。

 炎に焼かれるセシリーを助けるため、一瞬アリアは使用を禁じられている妖精の力を使おうとするのだが、必死な形相ながらも、その炎を掻い潜るようにドラゴンの鼻先を斬り裂いた彼女の姿を見て、思いとどまる。

 そして、セシリーを鼓舞するために、アリアはまた歌を歌うのだ。

 アリアの歌に励まされるようにして、剣を振るうセシリーはついにドラゴンを倒す。

 アリアとの交流を経たセシリーは、仲間がいることの大切さを知り、ソロへのこだわりを捨てて、ずっと勧誘してくれていた仲間達と共に再び冒険に繰り出していく。


「また会いましょう。セシリー!!」

「ああ!! 必ず!!」


 パーティーメンバーと共に街を去って行くセシリーの背を見送るシーンで、この第2章は終わり。

 そして、お芝居としても、いわゆる幕間の時間となる。




「ふぅ……」


 幕が下りた瞬間、へなへなと床に座り込んだ僕。

 その頬にすぐに、冷たく濡らした手ぬぐいが当てられる。


「大丈夫。姉様?」


 覗き込むようにそう声をかけてきたのはフィンだ。


「ええ、ありがとう」


 そうやって火照った頬を冷やしていると、同じく舞台に立っていたルイーザとアニエスもやってくる。


「セレーネ様。素晴らしい歌と演技でした」

「アニエスも、さすがの殺陣でしたわ。フィンもいっぱい練習したのですね」

「もったいないお言葉です」

「上手くいって良かったよ」

「セ、セレーネ様、その私は……?」

「もちろんルイーザさんも素晴らしかったですわ」


 手放しに褒めてあげると、ルイーザはにへらと相好を崩した。


「お互い褒め合ってる場合じゃねぇぞ」


 と、最後にやってきたのはアミールだ。

 ついさっきまで楽器隊の指揮を執っていた彼は、指揮棒もそのままにつかつかと僕のもとまで歩いてくる。


「休憩時間はあまりねぇんだ。そういうのは後にしとけ」


 言葉の通り、裏方メンバー達はすでに後半へのセットの組み替えを慌ただしく行っている。

 僕らもメイクを直したり、台本の最終確認をしたり、やることはいくらでもある。


「第2幕はさらに盛り上げていく。準備を怠るなよ」


 座長とも言うべきアミールの言葉に、僕達は力強く頷いたのだった。

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