132.お兄ちゃん、舞台勝負に臨む
瞬く間に残りの日数も過ぎ去り、ついに第3の試験である"藝"の試験の日がやってきた。
舞台となる大講堂に並ぶ長椅子には、余りなくびっしりと生徒達が腰掛けている。
僕とルーナを主役とした演劇の公演を、今か今かと待っているざわざわとした雰囲気。
お祭りの前のようなそれが、講堂の広い空間の中に満ち満ちていた。
そんな高揚感を感じる生徒達の様子から視線を少し上へとずらす。
テラスのようになった2階席には、今日のためにVIP席が特設されており、そこには一人の女性が腰掛けていた。
レイラ・ゴルトシュタイン。
今回の試験の審査をするために、特別にアルビオン教会が招聘した超大物演出家だ。
元々は人気の舞台役者だった彼女は、数年前に突然作家に転身したらしい。
その後は、数々の感動的な演劇を作り上げ、その知名度は今や海を越えて、他の大陸にまで轟くほどだという。
間違いなく、業界において、第一線で活躍するスーパーウーマンだ。
現役を退いてなお衰え知らずの美貌を誇る彼女は、その落ち着いた色合いのフォーマルスーツの脚を組み替え、頬杖をつきつつこれから始まる舞台を見下ろしていた。
「さ、さすがにオーラがありますわね……」
舞台袖からチラリとその様子を覗っていたルイーザがそんな風に呟いた。
「ああ、女優としても一流だったが、スポットライトを浴びてた頃より、もっと凄みを増してやがる」
「アミール様はお知り合いですの?」
「前に、実家の劇場をとある演出家に監修してもらったって言ったろ。その演出家ってのが、あの人」
ああ、あの色々噴き出したりする凄い舞台装置!!
なるほど、あれを監修した人か。
「俺もガキの頃は、おじきと一緒にあの人主演の舞台をよく観に行ったもんだ」
懐かしそうに目を細めるアミール。
もしかしたら、彼女の存在はアミールが演劇に関わる事を志し始めたきっかけなのかもしれないな。
「あの人が演じた歌姫も凄かった。だが──」
ふと、こちらを見たアミールが、にやりと微笑む。
「お前の歌を初めて聴いた時の衝撃はそれ以上だった。お前だって、あの人に負けねぇものを持ってる。だから、堂々と演ってこい!」
その言葉に、一緒に練習を重ねてきた仲間達も強く頷いた。
今まで以上にたくさんの想いを背負ったこの勝負、負けるわけにはいかない。
背中を押すようなその視線たちに、僕も瞳に意志を宿し、強く首肯を返した。
『では、これよりカラフィーナ大陸に安寧を齎す新たな聖女を選ぶ第3の試験。"藝"の試験を執り行います』
そうしているうちに、ルカード様のアナウンスが会場に響き渡った。
レイラ・ゴルトシュタインが試験官を務める旨が改めて確認されると、いよいよ舞台の幕が上がる。
先攻は僕達。2カ月間の練習の成果、存分に見せてやるとしよう。
『それでは、セレーネwithアミール劇団で"星詠みの歌姫"。開演です』
ルカード様の言葉と共に、ついに僕達の運命のかかった公演が始まったのだった。
今回、僕達が演じる舞台"星詠みの歌姫"は、2幕構成で綴られる長編ファンタジーだ。
精霊族の次期女王となるための修行の一環として、王女アリアが人の姿を借りて、人間界に降り立つところから物語は始まる。
一人ステージの中央に立った僕をスポットライトが照らす。
ゆっくりと立ち上がった僕は、大仰なジェスチャーで周囲を見回した。
見下ろすその先には、こちらを見つめる多くの学生達の姿。
けれど、僕が……いや、アリアが見ているのはそれじゃない。
「まあ、ここが人間達の住む街なのですね……!!」
感動したように、アリアは胸の前で両の手を結んだ。
そう。ここはとある大陸のとある街。
石造りの建物が立ち並び、古びた煙突がいくつも生えた屋根が広がる異国の街だ。
そんな当たり前の人々の営みの中を物見遊山するようにキョロキョロと周囲を見回しながら、アリアは歩く。
妖精族のアリアにとって、人間の街というのは知らないことでいっぱいなのだ。
彼女は様々なものに出会う。
活気ある市場で、屋台のおじさんの啖呵売りに耳を傾けたり、大通りで、貴夫人が乗る馬車に轢かれそうになったり、はたまた港で漁師から魚を奪って逃げていく猫を追いかけてみたり。
見るもの全てが新鮮なアリアが鼻歌交じりに埠頭を歩いていると、突然音楽が聞こえてくる。
それはとある少女が奏でるマンドリンの音だった。
その少女こそ、アリアの人間界での初めての友達になる存在。
ルイーザ演じる、夢見る駆け出し演奏家ラトゥーラだった。
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