131.お兄ちゃん、下級貴族の心情を聞く
期せずして、2人っきりになってしまった僕とシュキ。
彼女とは最低限の会話しかしたことがなく、ルーナのいない今、どんなことを話していいか、まるで見当がつかなかった。
いや、むしろ、彼女は敵対相手の代表と言っても良い僕の事を嫌っているかもしれない。
アミールとは犬猿の仲みたいだったし、下手な事は言えないぞ……。
そんな風に思って声を掛けられずにいると、思いがけずシュキが口を開いた。
「セレーネ・ファンネル……様」
「セレーネでいいですわよ」
あちらから話しかけてくれたことで、わずかに胸を撫で下ろす。
どうやら、会話もしてくれないほど距離を取られているわけでもないらしい。
シュキは、わずかに疲れた顔を見せながらも、続けて話しかける。
「本当に、身分で人を見たりしないんですね。あなた」
「あー、ルーナちゃんがそう言ってました?」
「武勇伝は色々聞いてますよ」
ルーナのやつ、いらんことまで言ってないだろうな。
「話を聞いただけだったら、そんな公爵令嬢本当にいるのかと思っていましたけど、今日1日過ごして、ルーナの話は本当だったんだとわかりました」
まあ、確かに率先して稲刈りする公爵令嬢なんていないだろうしなぁ。
「嫌な人間だった方が、こちらとしては反骨精神を出せたんですけどね」
「ははっ……」
なんというか、結構心情をストレートに伝えるんだな、この娘。
悪くは思われていないようなので良かったけど。
「私は、演劇部の舞台も楽しみにしてますわ」
「はぁ、そのお気楽な部分だけは少し公爵令嬢っぽくて癪ですけど」
「あはは、そう見えます?」
こちらとしては、破滅回避に向けて、それなりに必死なつもりなんだけど。
「思いますよ。この学園にいれば、特に」
シュキはどこか遠くへと視線を向ける。
「私達は、今回の試験に賭けてるんです」
アニエスと同じくらいの無表情の中には、わずかな苛立ちが浮かんでいるように僕には見えた。
「試験の審査を担当するレイラ様は、この大陸で一番の劇作家であり、演出家でもある方です。その人に認められれば、私達の将来の可能性は大きく広がる」
ああ、そう言えば、なんだか凄い人が審査に来るって、アミールも言ってたっけ。
確かにそれだけ有名な人に認められたりなんかすれば、卒業後の進路も変わって来るのかもしれない。
「私を含め、演劇部のメンバーのほとんどは下級貴族……それも家督を継がない長子以外の者ばかりです。私自身も男爵家の三女。この学園を卒業すれば、どこか他の貴族に嫁ぐか、家を出て平民として生きるかくらいしか選択肢はありません」
自然と彼女は拳を握り込んでいた。
この学園は一見のほほんとした雰囲気に見えるかもしれないが、実際のところ、貴族の階級によってかなり認識に差があるのは間違いない。
卒業後も生活に困ることのない上級貴族にとっては、この学園での4年間の生活は、実家から離れて悠々と過ごせる自由な時間だ。
恋をするも自由だし、アミールのように青春に時間を捧げてもいい。
でも、卒業後の生活が保障されていない下級貴族達にとっては、自身の将来を左右する大切な時間に他ならない。
優秀な成績を修め、卒業後の就職に役立てようとする者もいれば、何かしらの活動で成果を残すことで、その後の人生に繋げようとする者もいる。
あるいは僕の取り巻き達のように、上級貴族に媚を売って、コネクションを作っておこうとする者なんかも多い。
下級貴族達は、笑顔の裏で皆それぞれ必死なのだ。
「演劇を生業にするのは私の夢です。でも、現実はそう甘くない。家を出たとして、有名な劇団に作家として拾ってもらえる可能性は、ほとんどないでしょう。だから、在学中に結果を残すしかないんです。レイラ様に自分の書いた舞台を見てもらえるなんて、こんな機会二度とあり得ない。私はなんとしても、このチャンスをつかみたい」
握り込んだ拳は、血がにじみそうなほどに赤くなっている。
気づくと、僕はその手に自然と自分の手を添えていた。
「あっ……」
「シュキさんは、優しい方ですわね」
「えっ……?」
ゆっくりと彼女の握り込んだ手をほどきながら、僕は言葉を紡ぐ。
「私にそんな話をしたのは、ルーナちゃんへの後ろめたさからですわよね」
「っ!? わ、私は……」
一瞬、食いしばるように口角を上げた彼女だったが、すぐにその表情が拗ねるようなものへと変わる。
「……そうよ。私達はあの娘を利用しているに過ぎない」
ああ、やっぱり正直だな、この娘。
おそらくルーナの誘いでこの稲刈りに参加することを決めたのも、一方的に利用していると感じている彼女に、少しでも恩を返したいといった気持ちからだろう。
少し卑屈に感じる態度も、その表れなのかもしれない。
でも……。
「いいんじゃないですか。それで」
正直な彼女に向けて、僕も正直な感想をそのまま伝えることにした。
「見ようによっては、ルーナちゃんだってあなた方を試験に受かるために利用しているわけですし。お互い様というやつですわ」
いわゆるWin-Winの関係ってやつだ。
お互いにとってプラスの関係になっていれば、それは一つの理想だと言える。
「それでも後ろめたさを感じるのは、あなたが優しい方だからだと、私は思いますけれど」
「だから……!!」
なんだか悔しそうに顔を歪めつつも、すぐに彼女は、はぁ、とため息を吐いた。
「もういいです。本当にあなたって、ルーナが言う通りの人ですね」
「ルーナがどんな風な人だと言っているのか、少々不安ですが……」
ルーナの中の僕の人物像って相当脚色されるような気がするんだけど。
少しだけ頬を染めつつも、シュキはグッと僕の瞳を正面から見据えた。
「……負けませんからね。特にあの褐色クソ野郎には」
「アミール様にも伝えておきますわ」
真っすぐすぎて心配になってくるシュキにそう返すと、ちょうどルーナやアニエスたちが戻ってきた。
収穫した新米の方も、そろそろ炊ける頃合だろう。
「さあ、行きましょう。シュキさん」
先に立ち上がった僕が手を差し出すと、彼女は素直に手を差し出し返してくれた。
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