128.お兄ちゃん、耐性をつける
「────なーんて、な」
「……へっ……?」
突然、身体を引き離され、僕はポカーンとした表情でアミールを見た。
彼はグッと伸びをすると、何事もなかったかのように肩を回している。
「え、え、アミール……様……?」
「どうだ。やっぱ俺の演技は凄いだろ?」
「え、演技……?」
「即興劇ってやつだ。ちょっとは迫られる耐性がついただろ?」
あっけらかんと言ってのけるアミール。
ちょっと待って。今のは全部演技だったってこと!?
マ、マジで襲われるかと思って、本気で冷や冷やしたのに……。
「何だよ。俺が本気で襲うと思ったのか?」
「だ、だって、その、あまりに……」
「"演者のうちは"手を出すつもりはねぇよ。とはいえ、これが終わったらわかんねぇけど」
「そ、それって……」
「何だか、随分楽しそうですね。アミール様」
「あっ……」
と、いつの間にか、エリアスとアニエスが、ステージのすぐ下までやってきていた。
「エ、エリアス様!? アニエス!?」
「セレーネ様。そろそろ寮の門限になってしまいます」
「あっ……」
アニエスの言葉に窓の外を見ると、すでに夜空には碧の月が浮かんでいた。
「ちっ、もうちっと"練習"したかったところだが……」
「それなら、明日以降は僕がご一緒しますよ」
なんだか少しだけ威圧感のある笑顔でそう宣うエリアス。
アミールはエリアスのそんな表情を見て、冷や汗を浮かべていた。
「まあ、今日の練習だけでも多少は耐性がついただろ。あとは、実戦で慣れていきゃなんとかなるか」
「そ、そうですわね」
ちらちらと僕もエリアスの方を見る。
さっきのアミールに迫られている様子、エリアスにも見られてしまっただろうか。
いや、別に演技だったのだから良いのだけど、何でだろう、エリアスにあれを見られたと思うと、なんだか凄く……。
「さあ、早く寮へと戻りましょう。セレーネ様」
「えっ、えっ、アニエス?」
いつも以上に、無表情なアニエスに急かされるようにして、僕はそそくさとその場を後にした。
「まったく……。セレーネ様が魅力的なのはわかりますが……」
「ア、アニエス……?」
ぶつくさと何かを呟きながら猛然と僕の手を引くアニエス。
よくわからないが、とりあえず……今後もアミールと二人きりになるのは、できるだけ避けよう。
さて、そんな出来事もあったが、その後も演劇の練習はそれなりに順調だ。
件のシアン王子とのシーンも、居残り練習の成果もあってか、一応はなんとか最後まで演技を通すことができるようになった。
歌の方も、個人練習を積み重ねているうちに、結構自信もついてきたように思う。
やっぱりそもそもこのセレーネの声が良すぎる。
歌うたびに、人気アイドル声優さんの声がするものだから、自分の声にも関わらず、テンションは常にアゲアゲだ。
「なんだかんだ、歌も絶好調じゃねぇか」
外壁の上で、一曲歌い終えた僕に、アミールがそう声をかけた。
「楽器隊の方々の演奏が素晴らしいからですわ」
実際、カラオケなんかがないこの世界で、楽器の演奏をバックに歌える機会はそう多くない。
アミールが半年間鍛えただけあって、楽器隊の演奏力はたいしたもので、安定した演奏を聴きながら歌を合わせられることに僕は喜びを感じていた。
「残りは2週間ある。演技も歌も、あとは出来る限りクオリティを上げていくぞ」
「はい! 頑張りますわ!!」
「あ、あの、セレーネ様、アミール様……」
と、おそるおそるといったように、声をかけてきたのはルイーザだった。
「どうしました。ルイーザさん?」
「あの、申し訳ないのですが、明日だけお休みをいただけないでしょうか」
「なんだよ。何か予定があるのか?」
「あ、はい。予定というか。そろそろ収穫をしなくちゃと思っていまして……」
「収穫?」
疑問符を浮かべるアミールに、僕は説明する。
「ルイーザさんは、寮の水田で稲を育てているのですわ。その収穫をそろそろしなければならないのです」
「水田? なんだよ、学内にそんなもん作ってんのか」
呆れたような表情を浮かべるアミール。
まあ、家庭菜園レベルならともかく、水田なんてそうそう作らないもんな。
とはいえ、水田作るように提案したのは僕なんだけども。
「あの、アミール様。私も収穫のお手伝いがしたいですし、申し訳ないのですが、明日だけルイーザさんと一緒にお休みをいただけませんか?」
「お前らな。もう本番2週間前なんだぞ」
「まあまあ、良いじゃないですか。アミール様」
助け舟を出してくれたのはエリアスだ。
「このひと月、みんなかなりの練習量をこなしています。1日くらいお休みを挟んだ方が、パフォーマンスも上がるというものですよ」
「ん、まあ、そりゃあそうかもしれないが……」
それでも渋るアミールに、3人でジッと視線を送っていたら、最終的には彼も頷いてくれた。
「わかったよ。確かに、最近みんな疲れが見えてきていたからな。気分転換に1日休むくらいはいいだろ」
「ありがとうございます! アミール様!!」
「ふふっ、頑張りましょうね。ルイーザさん」
あっ、でも……。
水田を作ったのは僕とルイーザだけじゃない。
ルーナにも協力してもらっている。
僕とルイーザは、顔を見合わせると、うん、と頷き合ったのだった。
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