126.お兄ちゃん、居残り練習する
「その、アミール様。告白するシーンはどうしても必要なんですの……?」
ステージの脇へと移動した僕は、氷嚢で火照った頭を冷やしつつ、目の前のアミールへと問い掛けた。
「当然だろ。確かにお話の本筋じゃねぇ部分だが、人間と精霊の価値観の違いが浮き彫りになる大事な場面だ。その上、アリア自身の心の変化も伝えなきゃならない。台本を読み込んだなら、お前だって理解できるだろ?」
「そ、そうですわよね……」
実際、大切なシーンであることは間違いない。
やはり変更してもらうわけにはいかないか。
でも……。
頭の中に、シアン王子を熱演するエリアスの表情が浮かぶ。
真摯に自分の想いを伝えて来る姿を思い浮かべるだけで、また、頬がどうしようもなく熱くなってくる。
「お前、今、また想像したろ?」
「し、してません!!」
氷嚢を額に当てつつ、表情を隠す。
絶対また強制力発動してるよ、これ。
「ま、しゃーねえな。よし……」
アミールが踵を返すと、ステージの中央へと躍り出た。
「みんな、少し早いが今日はこれでお開きにする。さ、すぐに帰った帰った」
「え、あ、はい……」
少し戸惑いつつも、ルイーザ達が言われた通りに解散の準備に入る。
「セレーネ様、今日はもう終わりだそうですわ。ご一緒に──」
「ルイーザ嬢、悪ぃが、お嬢様は居残りだ」
「えっ?」
「主役様には、しっかりと頑張ってもらわねぇとな」
そう言いながら、アミールはにやりと微笑んだのだった。
さて、ルイーザや劇団員たちが帰宅し、閑散となったステージの上には、今僕とアミールだけがいた。
「え、えっと……アミール様?」
「お前、エリアスの告白の演技を見るのが恥ずかしいんだよな?」
「えっと、その…………はい」
実際、あの情感をたたえた表情を見てしまうと、顔がとんでもなく熱くなってしまうのだ。
強制力のせいもあるだろうが、単純な気恥ずかしさのようなものも無いとは言い切れない。
「まあ、あいつもなぜかあの部分だけはプロの舞台役者顔負けの熱演しやがるからな。だからと言って、赤面してちゃ話が進まない。むしろアリアは、シアンの気持ちをよく理解できていないんだからな」
「そ、それは、わかっていますわ……」
アリアは人の恋愛感情がわからない。
だから、どんなに情熱的な告白であったとしても、それを恥ずかしがったり、過度に反応してはいけないのだ。
「だから、今から特訓だ」
「特訓ですか……」
「ああ、俺がエリアスの代わりにシアンをやる」
「アミール様が?」
「俺が書いた脚本だ。台詞はもちろん、演技プランまで全部頭に入ってる。さ、やるぞ」
言葉を切ったと同時に、アミールの雰囲気が変わる。
どこかチャラついた普段の雰囲気から、生真面目で紳士的な王子様の雰囲気へ。
そのあまりの変化に、僕は思わず口をあんぐり開けそうになった。
「アリア!!」
シアン王子になり切ったアミールが、ヒロインの名を呼ぶ。
エリアスは見た目からしてシアン王子そのものだったが、褐色肌で学生服姿のアミールは全然違う。
それなのに、まるでキャラクターが乗り移ったかのように、今のアミールはシアン王子そのものだった。
演技の熱量も、エリアスに負けていない。
切なげな表情を浮かべたまま、一歩一歩僕へと近づいてくる。
「アリア、君は僕の事が嫌いかい?」
「そ、そんなわけないわ。私、シアン様の事、大好きよ」
少し言い淀んだものの、僕はなんとか台詞を返す。
その言葉を聞いたシアン王子は、わずかに顔をほころばせる。
でも、その顔にすぐに影が差した。
シアン王子は気づいたのだ。
アリアの言う"大好き"が、自分の望んでいる"大好き"ではないことに。
アリアの肩に置こうとした手を直前で止め、その両の手のひらを彼はわずかばかり見つけた。
そして、ゆっくりと拳を握り込むと、その手を降ろした。
「ありがとう。僕も、アリアの事が"大好き"さ」
「そうなのね! ありがとう、シアン様!!」
にっこりと微笑み返す。
そんなアリアの笑顔を、王子は複雑な感情で見つめていた。
「お城を出ても、シアン様の事はきっと忘れはしないわ」
「僕もさ。その、アリア。もし、良かったら──」
その時、正午を告げる鐘の音が響いた。
「私、もう行かなくちゃ」
「アリア……」
「シアン様、きっと素敵な王様になって下さいね」
言葉は返さず、シアン王子は力強く頷く。
「それじゃあ」
笑顔で手を振りながら、去って行くアリア。
少しずつ小さくなっていく彼女の背中を見送りながら、彼はいつまでも、いつまでも手を振り続けた。
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