124.お兄ちゃん、演劇の稽古を始める
翌日からいよいよ"藝"の試験に向けた稽古が始まった。
「凄いですね。これだけの人数……。しかもエリアス様やルイーザ様までセレーネ様の手助けをして下さるなんて」
講堂に集まった20名を超えるアミール劇団の面々。そして、エリアスとルイーザの姿を見ながら、アニエスがひとりごちる。
「本当にアニエスも協力してくれるのですか?」
「はい。第2試験ではあまりお役に立てなかったので、直接お力添えできる今回のような機会は願ってもないことです。演劇はさっぱりですが、努力してみます」
ふんす、と鼻息も荒く拳を握り込むアニエス。
考えていた以上に、彼女はやる気満々のようだ。
「さあて、顔合わせも終わったし、さっそく本読み稽古と行こう」
アミールが一晩で用意したらしい台本が各々に配られる。
パラパラとそれとめくると、にわかに緊張感が増してきた。
「い、いきなりやるのですね……」
「ああ、素人に手取り足取り教えるよりも、実践した方が感覚がつかめるってもんだ。まずは習うより慣れろ、だな」
そ、そういうもんか……。
まあ、試験まではふた月もない。
これだけの人数で一つの舞台を作り上げるとなれば、あまりゆっくりもしていられないか。
「んじゃ、さっそく行くぞ。お嬢様の台詞からだ」
「は、はい……!!」
本来の本読み稽古というのは、事前に台本をもらって覚えてからやるもののようだが、今回は僕をはじめ素人メンバーも多い。
お話の流れを掴みながら、全体で内容を掴むように本読みを進めていく。
小学校なんかでよくやった丸読みみたいな感じだな。
もっとも、全員が順番に読んでいった音読とは違い、主役である僕はほとんど出ずっぱりで台詞を読み続けなければいけないんだけど。
一度最後まで台本を読み終える頃には、僕の喉はかっさかさになっていた。
「ふぅ……。最後まで読むだけで、顎が疲れてしまいましたわ」
「情けねぇこと言うなって。本番じゃ、これを全部覚えて本息でやるんだからな」
「うっ……」
覚悟はしていたが、やはり主役の負担というのはでかいなぁ。
その上、今回の本読みではやらなかったが、要所要所では楽器隊の演奏をバックに歌を挟むのだ。
アミールとしては、僕の歌声を活かしたいらしく、話の進行に合わせて何曲も披露しなければならない。
そちらのことも考えると、本当に僕にできるのかとさえ思えてくる。
「これから講堂を使える日は本番を想定した立ち稽古。使えない日は基礎的な発声や演技の稽古と歌唱練習だ。ビシビシ行くから覚悟してろよ」
「お、お手柔らかに……」
これは、思った以上にたいへんな二か月間になりそうだ……。
こうしてスタートした僕の演劇生活。
"力"や"心"の試験に向けての訓練もたいへんではあったが、今回の苦労はそれ以上だ。
これまでの試験については、試験の訓練を始めるまでにも、それなりの経験値があった。
剣についてはアニエスに2年間習っていたし、乗馬についてもトラウマこそあれ、幼少期は特技にしていたことだ。
だが、演技や歌については今までにほとんど経験がない。
一応、前世で中学生の頃に学園祭の演目でヒーローショーのようなことをしたことがあったが、あの時は僕は端役だったし、正直真剣に演技をしているかといえばそんなこともなかった。
つまるところ、完全な素人なわけで、一つ一つの訓練が0から新しいものを習得するようなものだ。
元々1あるものを2,3と伸ばしていくことはそう難しくないが、0を1にすることには多大なエネルギーがいる。
それでも四苦八苦しながら、アミールの指示通りに稽古を繰り返すうちに、ひと月もする頃にはそれなりに見栄えのする演技ができるようになってきたように思える。
「やっぱり俺の見立ては間違ってなかったな」
腰に手を当てつつ、にっかりと微笑むアミール。
なかなかに容赦なく指導してくる彼ではあるが、こんな風に僕に期待してくれていることははっきりと伝わってくるので、なんとか僕も踏ん張れている。
「ルイーザとメイドも、最初に比べりゃまあまあ良くなってきたぜ」
「アミール様にそう言っていただけると嬉しいですわ♪」
今日も今日とてルイーザはなんだかとても楽しそうだ。
今まで、試験の準備中はルイーザにとって僕やルーナとあまり会えない寂しい期間だったようだが、今回はこうやって一緒に活動できている。
それが何よりも嬉しいようだ。
演技の方も、アミールが演じるキャラの方をルイーザの人柄に合わせて書き直してくれたおかげで、かなり自然にできている。
それはアニエスも同じで、彼女が演じるのは王国で一番の女性騎士なのだが、無骨で実直な性格はまさにアニエスそのものだった。
なんだかんだキャスティングの方も、成功していると言ってよい。
そして、なによりもはまり役なのは──。
「おっ、来たようだな」
アミールのつぶやきに振り向くと、ステージへと一人の青年が上がってきているところだった。
純白のチュニックに、青いラインの入ったサーコートをなびかせ、颯爽と階段を上る、まさに物語の世界に王子様。
悠々と歩いてきた彼は、僕の前でピタリと立ち止まる。
「遅くなりました。セレーネ様」
本番で使う衣装を身に纏った王子──エリアスは、その優し気な瞳を僕へと向けて微笑んでいた。
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