123.お兄ちゃん、脚本を聞く
さて、車座になって舞台上で座り込んだ僕らは、円の中心に立つアミールから、彼の考える舞台のシナリオを聞いた。
かなり搔い摘んではいるが、内容としてはこうだ。
タイトルは"星詠みの歌姫"。
主役は妖精族の王女アリア。
人間達の住む外の世界に行くことを夢見る彼女は、ある時、母である妖精の女王様から試練を与えられる。
その試練とは、人間界へと赴き"人々の夢を叶える"というものだった。
しかし、妖精としての力を使ってはいけない。魔法に頼らず、自分の力だけで人々の夢を叶えなければならない。
人の姿を得て、とある王国へと降り立ったアリアは、様々な出会いを経験しながら成長し、たくさんの人の心の傷を癒していく──というような物語だ。
ふむ、どことなく昭和の魔法少女っぽい話だな。
「素敵なお話ですわね……!!」
両の手を合わせ、少し瞳を潤ませながらそう言ったのはルイーザだ。
確かに、ひたむきなアリアの姿とクライマックスの星空の下で歌を歌う場面は、なかなかに見ごたえがあるようには思える。
「んー、でも……」
これって、セレーネのイメージとはあんまり合わないような気が……。
たぶん、アリアって元々はルーナが演じるべきキャラクターなんだよなぁ。
天真爛漫で、人々の心に寄り添い、自然と関わったみんなを幸せにしてしまうような、そんなヒロインめいた女の子。
「何か不満か?」
「いえ、その主役の少女が、私に演じられるか不安で。私とはかけ離れた性格のようですし……」
「いや、むしろお嬢様そのものだろ」
「えっ?」
あっけらかんとそう返すアミールの表情には、茶化しや冗談の類は一切見当たらない。
同じように、ルイーザやエリアスも、なぜかうんうんと深く頷いていた。
いや、みんなの僕への認識どうなってんだ。
「こんな素敵なキャラクター、むしろセレーネ様にしか演じられませんわ」
「ええ、僕も話を聞きながら、すでにセレーネ様が演じていらっしゃる様子が自然と浮かんできてしまいました」
「そ、そんなにはまり役ですか……?」
『はい』
綺麗なハモるなぁ、お二人さん。
「お前のイメージを元に、この俺様が脚本を考えたんだ。むしろこれ以上に脚本があるなら見せてみろってくらいだ」
「あ、はは……」
まあ、そうまで言われてしまえば、別の良い脚本を知ってるわけでもないし、いいんだけども。
ふぅ、と一度大きく息を吸うと、僕は腹を括った。
「わかりましたわ。皆さんがそこまでおっしゃるなら、私も全力で、アリアになりきる努力をしてみます」
「当然だ! まっ、心配はしてないけどな」
満足そうににっこりと微笑むアミール。
なぜだか、その笑顔を見ると少しだけ心がドキリとした。
なんというか少年のような笑顔というか。
アミールのやつ、本当に僕と一緒に演劇がやりたかったんだなぁ……。
実際、再三伝えられていたわけだけども、こんなに無邪気な笑顔を見せられてしまうと、僕としても改めて頑張らないとという気持ちになってくる。
「さて、と。後は……」
そんな満面の笑みのアミールが、僕から視線を横へとずらした。
そこにいたのはエリアスとルイーザだ。
「なあ、エリアス。お前も力を貸してくれないか?」
「僕が、ですか?」
「ああ。物語中盤で出て来る王子役。お前にやってもらえりゃ、話題になるだろ」
先ほどの無邪気な笑みとは異なる、どこか打算的とも言えるにやりとした笑み。
ふむ、エリアスの存在は学園中の誰もが知っているし、男女ともに人気もある。
舞台に出演するとなれば、それ目当てでやってくる観客も多いだろう。
別にファンの人数が審査に直結するわけではないだろうけど、エリアスが一緒なら僕も心強い。
「僕は演劇はあまり……。アミールがやれば良いのではないのですか?」
「俺はあくまで脚本兼演出家だ。舞台に上がるのは、他の奴に任せる」
どうやら彼には彼なりの矜持があるらしい。
一瞬、エリアスが僕の方を見た。
ぜひ一緒に、という思いを込めて見つめ返すと、彼は少しだけ逡巡しつつも首を縦に振った。
「わかりました。セレーネ様のお手伝いをできるのならば」
「さすがに話がわかるぜ。碧の王子様」
ガッシリとエリアスの手を握るアミール。
まさか、王子同士が共同戦線を張って僕をサポートしてくれることになるとは。
なんとも心強いことだ。
「それと、ルイーザちゃんって言ったっけか?」
「え、あ、はい」
「あんたも協力してくれるか? アリアの人間界での友達役をやって欲しい。実際にお嬢様の友達のあんたなら、舞台上でも気兼ねせずにやれるだろ?」
「セレーネ様の友達……」
キラリとルイーザの瞳が輝く。
「もちろんですわ!! やらせていただきます!!」
「よしっ、あとはお嬢様のとこにえらく美人なメイドがいただろ? 彼女にも協力してもらえば、主要なキャストはほぼ埋まるってもんだ」
「アニエスですか? うーん、どうでしょうか……」
演劇とか、まったく興味なさそうだけど、一応聞いてはみるか。
僕としては、身内が一緒に出てくれるのはありがたいところだけど。
「盛り上がってきやがったな!! 今日中に、改めて脚本を形にしておく。明日から稽古に入るが、大丈夫だな?」
アミールの言葉に、僕らはコクリと頷く。
「よっしゃ!! んじゃ、あの生意気な演劇部部長に、目に物見せてやるとしようぜ」
こうして、多くの人を巻き込みつつ、第3の聖女試験への準備がいよいよ始まったのだった。
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