112.お兄ちゃん、神官を労う
「ルカード様!!」
僕は講義室の机をバンと片手で打つ。
「私、やはりルカード様は働きすぎだと思いますわ」
「そ、そうですかね……?」
「ええ、そうです!!」
実際、前世で言うところのブラック企業レベルの極悪業務量であることには間違いない。
その上、新たに古典の授業までやることになっては、授業準備も真面目にやるだろう彼は本当に倒れてしまいかねない。
「レリック先生の代替の件は、明らかにルカード様の仕事ではありません。ですから、無理に引き受ける必要はありませんわ」
「いや、しかし……」
「必要ありません!」
ビシリと言ってやると、ルカード様は微妙な顔をしながらも、意外と素直に頷いた。
「わ、わかりました。その件については、教頭にもう一度相談してみようと思います」
「そうして下さいませ」
もっとも、そちらについては、僕にも少し考えがある。
後程、教員達と少し話をしてみるものいいだろう。
とりあえず、これでさらなる疲労を溜める心配はなくなった。
あとは、今蓄積している疲労を癒すだけだ。
「さ、では、ルカード様。こちらへ」
僕は講義室の長椅子に座って、パンパンと膝を打つ。
「え、えーと……」
「さあ、早く横になって下さいまし」
「あ、やはり、そういう……」
ルカード様は、なんだか微妙な顔をしながら、頬を掻いている。
「お心遣いは嬉しいのですが、まだ勤務時間中ですので」
「では、勤務時間さえ終われば、宜しいのですね?」
「えっ? いや、それは……」
ふふっ、言質を取った。
「では、私、ルカード様の仕事が終わるまで待たせていただきますわね」
「そ、それは……」
「あら、ご迷惑でしたか?」
「そんな、迷惑だなんてとんでもない。ですが……」
本当に真面目な人だなぁ。
実際のところ、午後の授業が軒並みなくなった今日、多くの教員は早々に帰宅の準備に取り掛かっている。
あの教頭もそうだろう。
ルカード様に関係ない仕事だけ押し付けて、自分はさっさとアフターファイブを楽しむ気満々という感じだった。
今日ぐらい、彼もゆっくりして構わないと思うんだけどな。
そんな僕の想いが伝わったのか、葛藤している様子だったルカード様は、ゆっくりと顔を上げた。
「わかりました。セレーネ様をお待たせしてしまうのも申し訳ないので、少しだけ」
「ふふっ、では、どうぞ」
再び、パンパンと膝を叩くと、彼はおもむろに長椅子に横になり、僕の膝へと頭を乗せた。
2年前のあの日、公爵家の庭でのひと時と同じ状況。
2度目とあってか、彼は抵抗せずに、どこかリラックスしている風だった。
「ルカード様、寝心地はいかがですか?」
「ええ……疲れが溶けていくようです」
実際のところ、こんな膝枕くらいで、疲労がすぐさま回復するなんてことはないだろうが、ルカード様は心から気持ちよさそうにそう言った。
「……ところで、先ほど言っていた聞きたい事というのは?」
「あー、やっぱりいいです」
今は、何も考えずに、ルカード様にゆっくり休んで欲しいしね。
なんというか、ルカード様って年上だけど、ちょっとほっとけないようなところがあるんだよね。
真面目すぎだし、お人よしすぎだし、人格者ではあるんだけど、どこか危なっかしいというか。
自分の想いやしんどさをあまり表に出さないところとか、なんとなく前世の僕にも似ているところがあって、ついついこんな風に世話を焼きたくなってしまう。
まあ、前世の僕はこんなイケメンじゃないけどさ。
「今はゆっくり休んで下さいませ。なんなら、本気で寝ていただいても」
「さすがに、校内でそれは憚られますが……。でも、そうですね。本当に眠ってしまいそうだ……」
まどろむように薄く目を開いたルカード様。
呼吸もなんだか一定のリズムを刻んできたように思う。
うん、どうせなら、このままゆっくり──
「わっすれものー♪ わっすれものー♪」
「なっ!?」
廊下の方から聞こえてくる、この調子っぱずれな歌は、ルーナ!?
声を聞いた途端、ルカード様もガバッと起き上がる。
「セ、セレーネ様。この声は……」
「ええっ、ルーナちゃんですわ!」
まさか、こんなタイミングで!?
講義室に忘れ物を取りに来たというところだろうが、こんなところを対立候補であるルーナに見つかってしまっては少しマズい。
いや、だが、ルーナであれば、ちゃんと説明すれば事情をわかってくれる気もする。
どうする。隠れるか?
それとも、ちゃんと説明するか?
「もう、ルーナったら、本当にドジなんだから」
「えへへ、ごめんね。シュキちゃん。付き合ってくれてありがとう!」
「まあ、ついでですから」
もう一人いる、だと!?
そう言えば、聖女試験以降、ルーナのファンクラブができたり、対等に付き合ってくれるような人物も増えている。
今一緒にいる彼女も、そんな新しくできたお友達なのかもしれないが、今はとにかくマズい。
特にファンクラブの子だとすれば、僕とルカード様が二人っきりで会っているところを見れば、不正を疑うのも当然だろう。
僕とルカード様は、ゴクリと唾を飲み込むと、お互いに黙ったままアイコンタクトを取った。
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