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107.お兄ちゃん、ゴールする

 自らの全てを振り絞る思いで、僕とクレッセントはラストスパートをかけた。

 ゴールはもうはっきりと目視できる距離まで迫っている。

 目測で100メートルほど。シルバーとの差は、身体一つ分もない。

 だが、その一馬身にも満たない距離がひたすらに遠い。

 元々、圧倒的な剛脚を持ったシルバーは、ルーナの白の魔力で足りないスタミナを補う。

 逆にスタミナはあるが、凡庸な脚力しかないクレッセントは、僕の紅の魔力で足りない瞬発力を補う。

 人馬一体となって駆ける僕達の実力は、ほぼ伯仲していた。

 いや、違う。

 僕らの方が……わずかに速い。

 ほんの少しずつではあるが、クレッセントとシルバーの差は徐々に小さくなっている。

 あとは、ゴールまでに差し返せるかどうか。


「クレッセント!!」

「シルバー!!」


 お互いがお互いのパートナーの名を呼びつつ、僕らは残りほんのわずかな距離に全てを賭ける。

 耳をつんざくほどの歓声が響いているはずなのに、それすらもどこか遠くの音に感じる。

 白く光って見えるような、そんなゴールを目指して、僕とクレッセントは全身全霊を脚に込めた。

 そして──


「ゴールだぁ!!」


 それは誰の声だっただろうか。

 気づけば、クレッセントと僕は、ゴールラインを駆け抜けていた。

 隣には、ほとんど真横にシルバーとルーナの姿がある。

 徐々にペースを落としながら、僕は後ろを振り返った。

 ゴールの目印となっているポールを超えた瞬間、クレッセントとシルバーはほぼ横並びだった。

 自分ではどちらが勝ったのかわからないほどの僅差だ。

 どうやら、傍で見ていた観客達ですら、どちらが勝ったのかわからないほどの接戦だったようで、ゴール付近はざわざわとしている。


「え、えっと……どちらが勝ったの……?」

「わ、わからないよ。俺にはほとんど同時にゴールしたように見えたけど」


 判断が付かない観客達の視線が、試験官であるルカード様へと集まる。

 僕とルーナがそれぞれゴール付近まで戻り、愛馬から降りてくると、ルカード様はそれを待っていたように前へと進み出た。


「お二人とも、素晴らしい勝負でした」

「ルカード様、その試験の結果は……」

「それは、今から確認するとしましょう」


 そう言うと、ルカード様は、右手に携えた錫杖を掲げる。

 どうやら魔道具のようだ。

 先端に付けられた水晶から強い光が迸り、何もない空中に像を投影していく。

 そこには、ゴール付近で接戦を繰り広げる僕とルーナの姿が映っていた。

 2人と2頭は必死の形相で、今にもゴールを駆け抜けようとしている。

 そして、真横から捉えた2頭の姿を見たその時。


「あ、ああ……」


 ゴールのタイミングを確認したルーナが、ぺたりと地面に座り込んだ。

 ほんのハナ差。

 およそ20センチにも満たないほどの本当に僅差で、クレッセントの鼻先がシルバーよりも先にゴールラインを通り抜けていた。


「第2の課題、"心"の試験は、セレーネ・ファンネル様の勝利です」


 ルカード様の勝利宣言と同時に、観客達からも大歓声が響いた。

 僕はクレッセントと顔を見合わせると、その首に抱き着く。


「クレッセント!! 私達の勝ちですわ!!」

「ヒヒィィン♪」


 全力を振り絞り勝利した心地よい感覚に酔いながら、僕とクレッセントは喜びを分かち合うのだった。




「セレーネ……」


 "心"の試験と呼ばれる競馬勝負。

 それに見事勝利してみせたセレーネ・ファンネルが、愛馬と抱き合う姿を眺めながら、俺は何とも言えず、腕を組んでいた。

 彼女達の見せた最後の加速。それはもう見事なものだった。

 "魔力を持たない"俺には、はっきりとわかるわけではないが、おそらく紅の魔力を自身の馬に使ったのだろう。

 本来、紅の魔力を他者に、ましてや動物に使うなんてことはあり得ないことだ。

 それでも、彼女はそれをやってみせた。

 "力"の試験の時も驚かされたが、やはりセレーネの持つ力は尋常じゃない。

 ルーナも素質という面では、決して劣っているわけではないが、今回の試験項目である"心"の面では、セレーネに勝つことはできなかったということだろう。


「ふっ、まあ、仕方ないな」


 とにかく、まずは最後まで頑張り抜いたルーナを励ましてやろう。

 そう思って、歩き出そうとしたその時だった。


「暁の騎士(ナイト)様」

「お前は……」


 うっすらとした笑顔を浮かべながらやって来たのは、碧の国の王子エリアス・ウィスタリアだった。

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