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106.お兄ちゃん、心を重ねる

 エリアスから授けられた作戦を実直にこなし、僕らはついにルーナの乗るシルバーを追い抜いた。

 このカーブを抜ければ、残すはゴールまでの直線のみだ。

 油断はできないが、シルバーのあの様子を見れば、差し返される可能性は極めて低い。

 ならば、やはりやることはペースの維持のみだ。

 明らかにかかり気味だったシルバーに対し、クレッセントは何があろうと冷静に対処している。

 彼女となら、僕はこのまま軽快に走り続けられる。

 そして、ついに最後のカーブを抜けた。

 その瞬間、歓声が僕の鼓膜に届く。

 コースの脇には、たくさんの生徒達がこちらを見て、応援の声を上げてくれている。

 この直線の先に、ゴールはある。

 よし、このまま最後までこのペースで……。


「おい、後ろからも来たぞ!!」

「えっ?」


 ひときわ大きな観客の声。

 その声が聞こえたと同時に、なんとも言えない威圧感が背筋を震わせる。

 後ろは振り返らない。

 でも、わかる。

 シルバーだ。ルーナとシルバーが追いついてきたのだ。


「なんで……!?」


 さっき見たシルバーは明らかに体力を使い果たそうとしていた。

 コースの序盤で全力疾走をしてしまった彼には、もう脚は残っていなかったはずだ。

 疲れた様子はフェイクだったのか……?

 いや、違う。


「これは……白の魔力……!?」


 背中に感じる威圧感の正体に聖女候補である僕は気づいた。

 ルーナから白の魔力を感じる。

 まさかとは思うが、ルーナのやつ、白の魔力でシルバーのスタミナを回復させているのか!?

 いや、彼女はまだ白の魔力をろくに操れなかったはず……。

 もしかして、"力"の試験で紅の魔力を発動し、身体能力を上げた時と同じく、無意識にやっているのか……?

 本当に、なんてヒロイン補正だよ!!


「ああっ!? セレーネ様が、追いつかれますわ!!」


 観客の声を聞くまでもなく、ルーナの魔力がかなり近くまで来ているのを感じる。

 どうする……。

 僕も、クレッセントに白の魔力を使って、スタミナを回復させるか?

 いや、でも、それはほとんど無意味だ。

 クレッセントは、自身のトップスピードに近い速度で走り続けている。

 たとえスタミナを回復したとしても、彼女はシルバーほどの加速力を持ち合わせていない。

 つまるところ、もう彼女自身が出せるスピードは、ほぼ頭打ちなのだ。

 

「並んだぞ!!」

「くっ……!?」


 横目で見る。

 そこには前だけを見つめて、手綱を握り締めるルーナの姿があった。

 その身体は白く発光し、大量の魔力が癒しの力となって、シルバーへと送り込まれている。

 無尽蔵のスタミナを得たシルバーは、その圧倒的な瞬発力で僕らを無慈悲に抜き去って行く。

 ゴールまでの距離はあとわずか。

 ダメだ。ここで抜かれたら、終わる。

 追いすがろうとクレッセントも必死に駆けるが、地力が違う。

 少しずつその差は広がるばかりだ。

 もう諦めるしかないのか……。


『──っと』

「えっ?」


 一瞬、クレッセントが身動ぎしたかと思ったその時、僕の耳に不思議な響きの声が聞こえた。


『もっと……もっと速く、力強く駆けたい』


 ただひたすらに純粋な想い。

 それは、紛れもなくクレッセントの心の声だと、僕にはわかった。


「クレッセント……」


 僕のために、必死に力を尽くしてくれる彼女の姿に、涙腺が緩む。

 そうだ。僕が諦めてどうする。

 この試験は"心"の試験。

 僕とクレッセントが心を合わせれば、絶対に……。


「負けるもんかっ!!」


 叫びとともに手綱を強く引いた瞬間、僕とクレッセントの"心"が確かに繋がった。

 目が、耳が、そして地面を蹴る脚の感覚さえも、まるで一体となったかのように、彼女の事が感じられる。

 そして、念じる。

 もっと速く、もっと力強く。

 すると、僕の……いや、クレッセントの身体を紅の魔力が包み込んだ。

 瞬間、地面を蹴る"音"が変わった。

 軽快な音から、力強く地面を蹴る轟音への変化。

 それは、クレッセントの脚力が、先ほどまでとは比較にならないほど向上していることを表していた。

 そう、僕は紅の魔力による身体能力の向上をクレッセントに施していた。

 本来、紅の魔力は自身の肉体にのみ作用する魔法だ。

 だから、そんなことは普通に考えれば起こり得ない。

 でも、心を繋げた僕らには、それができた。


『さあ、行くよ!!』


 僕とクレッセントの心の声が重なる。

 同時に、まるで風のように、その身体が疾走した。

 そして、僕らを抜き去って行ったルーナとシルバーへと肉薄する。

 僕らが接近しても、ルーナは振り返ることはしない。

 彼女は前しか見えていない。

 真っすぐで、純粋で、ただひたすらに自らの目標に向けて邁進する。

 ルーナはまさに乙女ゲームのヒロインだ。

 でも、今この時だけは、僕とクレッセントこそが主役になる。


「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 気迫と共に、一人と一頭は最後の力を振り絞り、駆けた。

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