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104.お兄ちゃん、レースに臨む

 瞬く間に1週間が過ぎた。

 レース当日の朝、今回も例によってフィンが仕立ててくれた騎乗用の勝負服を身に纏い、僕はクレッセントと共に、スタート地点となる学園の正門脇へとやってきていた。


「いよいよですね。セレーネ様」

「はい、エリアス様」


 シャムシールと共に応援へと駆け付けてくれたエリアスに、僕は笑顔を向ける。

 彼にはこの1週間、本当にお世話になった。

 騎乗訓練はもちろんの事、クレッセントの体調管理にレースでの立ち回りの提案。

 その上、放課後学園から牧場まで、自身の白馬で送迎までしてくれた。

 毎日女子校舎の前まで、白馬で迎えに来られるのはさすがにちょっとどうかと思うところはあったが、厚意でしてくれていることだし、無下にすることもできない。

 そのせいで、なんだかあらぬ噂が女子達の間で囁かれるようになってしまったのだが……うん、まあ、75日もすれば、みんな忘れるだろう。


「あちらの馬も噂通りの優駿のようですね」


 反対側のゲート付近にいるルーナの馬──シルバーに目を向けたエリアスが唸る。


「あそこまで後ろ足の筋肉の発達した馬はそうそういません」

「ええ。単純な速さなら、牧場どころか、アルビオン一かもしれないと聞いています」

「そうでしょう。でも、競馬というのは、単純に速い馬が勝つだけの競技ではありませんから」


 そう答えるエリアスに、僕も同意するように頷く。


「エリアス様からいただいた助言を忘れずに、頑張りますわ」

「セレーネ様。そして、クレッセント。僕は、貴女達が勝つと信じていますから」


 昔の彼からは想像もできないような強い視線と言葉を受けて、僕はクレッセントの背へと騎乗した。

 高くなった視界。観戦に来た学園の生徒達の中には、フィンやアニエス、そして、僕に頑張る気力を与えてくれたルイーザの姿も見える。

 そんな彼らに鞍上から一礼すると、僕はスタートゲートへとクレッセントを進めた。

 反対側のゲートでは、ルーナもパートナーであるシルバーへと騎乗していた。

 そんな彼女の視線の先には、あの紅の騎士(ナイト)の姿がある。

 まるでトレーナーのように、ルーナに最後まで助言らしきものを贈った彼は、そのまま腕を組んでこちらを眺めていた。

 牧場で、僕へとなぜか謝罪をした暁の騎士。

 彼がどんな目的で、ルーナに味方し、そして、僕に敵対するのかはわからない。

 でも、少なくとも、僕には彼が悪い人間には見えなかった。


「ヒィーン」


 その時、まるで僕を呼ぶようにクレッセントが小さく声を出した。

 いけないいけない。今からレースだっていうのに、関係のないことを考えていてどうするんだ。


「ごめんなさい。クレッセント」


 耳もとでそうささやくと、「しっかりしてよ」と言うように、クレッセントが鼻を鳴らした。


「さあ、行きますわよ」


 僕は気合を入れなおすように、内腿に力を入れる。

 それだけで賢いクレッセントは、設置されたスターティングゲートへとその身を進ませた。


「うわっと!? ちょっ!? シルバー!!」


 そんなクレッセントとは対照的に、ルーナの乗るシルバーはなかなかゲートに入ろうとしない。

 たくさんの人間に囲まれている状況からか、えらく興奮しているようにも見えた。


「シルバー、ちゃんと──!!」


 ルーナが最後まで言い終える前に、シルバーが急に動きを止めた。

 いや、違う。正確には"止められていた"。

 いつの間にか、ゲート付近まで入って来ていた暁の騎士の右腕で。


「抑えろ、シルバー」


 静かに呟くような声とは裏腹に、何か威圧感のようなものが発せられているのがわかる。

 その証拠に、前足の辺りを暁の騎士に抑えつけられたシルバーは、まるで身体が動かなくなったかのように身動ぎすらしていなかった。


「ルーナが困っている。その力はレースが始まってから見せてやれ」


 その言葉を理解したかのように、一瞬で大人しくなったシルバーは、すごすごといった様子でゲートへと納まった。

 ルーナがホッと息を吐く。


「ありがとうございます。騎士様」

「礼は良い。とにかく勝て」

「はい!! 頑張ります!!」


 意気込むように満面の笑みを浮かべるルーナ。

 そんなルーナとゲートの柵越しに僕は視線を交わす。


「セレーネ様。胸をお借りします!!」

「ルーナ……。ええ、宜しくてよ」


 お互いに不敵に笑みを浮かべると、僕達は同じタイミングで閉じられたゲートへと視線を向けた。


「では、これよりカラフィーナ大陸に安寧を齎す新たな聖女を選ぶ第2の試験。"心"の試験を執り行います。未届け人は当方、アルビオン教会司祭ルカード。双方、準備はよろしいですね?」


 僕とルーナは首を縦に振る。


「宜しい。では、スタートします。カウント始め……3…2…1!!」


 ガコンという音と共に、ゲートが跳ね上げられ、視界が開ける。

 その瞬間、僕とクレッセントは、勢いよくその先へと飛び出していた。

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