103.お兄ちゃん、にらめっこをする
その後、小川の流れる草原の一角で、僕らは休憩を取った。
馬達に水を飲ませ、僕とエリアスも近くの木陰に腰を下ろす。
そのまま寄り添うように僕の隣へとやってきたシャムシールのモフモフ感を堪能した。
うーん、なんという心地よさ。秋の気候もあいまって、このままうたた寝してしまいそうだ。
「少し眠っても構いませんよ」
「い、いえ、さすがにそういうわけには……」
エリアスの前で、自分だけ眠ってしまうというのはさすがに憚られる。
なにより、その……寝顔を見られるのが、恥ずかしいし。
そんな風に思っていると、エリアスがなぜか僕の顔をジッと見つめていた。
「エ、エリアス様……?」
「すみません。なかなか貴女と2人っきりになれる機会というものがないので」
「え、えっ……?」
それどんな理由?
なに、あんまり2人でいられないから、今のうちに僕の顔をいっぱい見ておこうって事?
いやいやいやいや。
確かに、このセレーネの美貌はたいしたもんだと、僕自身思いますけどね。
でも、それじゃ、まるでエリアスが僕の事好きみたいじゃないか。
うん、たぶん、これは冗談だな。
学園に入ってからのエリアスって、おどおどしていた昔とは違って、どこか余裕たっぷりな雰囲気があるし、今回も僕をからかっているのだろう。
ならば。
「……!?」
僕も、エリアスの事を全力で見つめてやる。
ふふっ、これでどうだ。
ちょっとしたにらめっこみたいなもんだ。
視線を逸らした方が負け。
あちらから仕掛けたのだから、やり返されても文句は言えまい。
いや、それにしても……。
本当に、乙女ゲームのキャラって精緻な顔してるよなぁ。
実際のゲーム画面は2次元だから簡略化されてるわけだけども、こうリアルテイストになると、まつ毛の長さとか、鼻筋の通りっぷりとか、もう筆舌に尽くしがたいほど美しいわ。
それにエリアスは、何よりも瞳が綺麗だ。
光の加減によって金色にも見える琥珀色の瞳。
昔は、こうやって真っすぐに見つめるとすぐに視線を逸らしてしまっていた彼だが、今は、むしろ自分の方からこちらへ視線をぶつけてくる。
僕の姿が映り込むその瞳は、本当にため息が出るほど綺麗で……。
と、その時、エリアスが僕から顔を逸らした。
「はい、エリアス様の負けですわ!」
昔のように視線を逸らし、どこか恥ずかし気な表情を浮かべたエリアスを可愛いと思うと同時に、なんだかホッとする。
うん、落ち着いてるように見えるけど、やっぱりまだまだ彼も成長過程なんだよな。
「やはり、セレーネ様には敵いませんね」
その色白の頬を朱に染めつつも、彼はなんだか穏やかな表情で再びこちらを見つめた。
さっきとは打って変わった、どこか大人びたその表情に、なぜだか今度は僕の方がドキリとしてしまう。
「セレーネ様は、あの日から、ずっと僕にとって憧れのままです」
「憧れなんて……恐れ多いですわ」
「ふふっ、そういうところも変わりませんね。でも、身を挺して僕を助け、そして、シャムシールを救ってくれた貴女は、僕にとって、本当に憧れの存在なのです」
彼はシャムシールの背を撫でながら、穏やかな口調で続ける。
「だから、少しでも貴女のために何かできるなら、僕は全力でお手伝いさせていただきたい」
「エリアス様……」
一国の王子にここまで言わせてしまうとは……。
なんというか、幼い頃に売った恩というのは、思った以上に大きくなるんだなぁ。
「ありがとうございます。もし、エリアス様さえ宜しければ、これから聖女試験までの間も、お力をお借りしても構いませんか?」
「もちろんです……というか、むしろ役得なのですが」
「何か言いました?」
「いえ」
なぜだか、少しだけウキウキしたような彼の表情を眺めていると、生草をはむはむとしていたクレッセントがこちらへと歩いてきた。
「十分に休憩も取れたようですし、それそろ行きましょうか」
「ええ」
一緒に立ち上がった僕らは、お互いのパートナーに騎乗した。
もう一切、怖いなんて感じる気持ちはない。
それよりも、もっと温かい感情が、僕の胸には芽生えていた。
エリアスが手伝ってくれることになった以上、僕はもう負けることは許されない。
ルーナの成長率は脅威だが、僕にだって意地があるのだ。
「クレッセント。改めて、宜しくお願いしますわね」
耳もとでそう呟くと、彼女はそれに応えるかのように、歯をむき出しにして笑ったのだった。
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