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102.お兄ちゃん、黒の領域を知る

 テーブルマウンテンの上に建国された小国アルビオン。

 その縁に立って、遥か南方の景色を眺めていた僕は、その彼方に黒ずんだ大木が立っているのに気づいた。

 エリアスが"黒の大樹"と呼んだその木は、天まで届くほどに大きく、周囲には漆黒の靄のようなものがかかっていた。


「あの禍々しい樹は、遥か昔、魔王が建国した"黒の国アーテル"の象徴とも言うべきものです」

「黒の国アーテル……あの……」


 その名は聞いた事がある。

 それは、絵本にもなっている昔話に出て来る国の名だ。

 今から200年以上も昔の事、この大陸には4つの国があった。

 現在のカーネルの前身である紅の国バーミリオン、碧の国ウィスタリア、白の国アルビオン、そして、黒の国アーテル。

 やがて、大陸全体の支配をもくろむようになった黒の国は、他の国々へと次々と戦争をしかけた。

 それに対抗すべく、紅の国の勇者、碧の国の魔法使い、そして、白の国の聖女が力を合わせ、邪悪なる黒の国の"魔王"を討ち取ったというような冒険譚。


「黒の国アーテルの魔王は、紅の勇者たちの活躍によって滅びました。でも、かの魔王の遺した"呪い"は、200年以上経った今においても、この大陸を蝕んでいます」

「あ、もしかして……」

「ええ、魔物を生み出す瘴気。それを発しているのが、あの大樹だと言われているのです」


 幼い頃から、たびたび聞かされた恐ろしい存在、魔物。

 あのモグラを含め、最近では動物たちの魔物化が頻繁に起こっていることも、以前エリアスから聞いた。

 それを起こしているのが、あの大樹だとしたら、それを放置しておくのは由々しき問題だ。


「動物の魔物化も、もしかして瘴気の影響なのでしょうか?」

「その可能性は高いと思っています。ですが、調査をしようにも、かつて黒の国のあった"黒の領域"には、大量の魔物達が跋扈しているため、まともにあの大樹の近くまで辿り着けないのが現状です」

「碧の国の騎士団の精鋭でもダメなのですか?」

「力で魔物に負けているわけではありません。ただ、あの黒の領域の瘴気の中では、人は魔法を使うことができないのです」

「えっ?」


 そういえば、絵本の中でも、そんな話が出ていたような。

 この世界の人間の戦闘力というのは、おおよそ魔力の強さに依存する。

 紅の魔力を持つ者であれば、魔力の強さは単純な身体能力の高さに繋がるし、碧の魔力を持つ者は、魔力が高ければより大規模な自然現象を引き起こすことができる。

 強大な魔法の力。でも、それを奪われてしまえば、人というのは脆いものだ。

 魔法を使うことなしに、人が魔物に勝つことは難しい。


「いずれ調査をするための準備もしていますが、正直かなり厳しいだろうというのが僕の考えです。なにより、あの瘴気の中にいると、人ですら魔物化してしまう可能性がありますので」

「それは……」


 人間すらも魔物に変質としてしまうとすれば、それはあまりにも恐ろしいことだ。

 それにしても、気になるのは聖女の存在だ。

 この大陸は、現役の聖女様の祈りによって、邪悪な気が払われているとルカード様は言っていた。

 つまり、聖女の力を以てしても、あの黒の大樹の邪までは浄化することができていないということだ。

 言い換えれば、聖女の祈りのおかげで、なんとか今の均衡が保てているということに他ならず、もし、聖女という存在がいなくなってしまえば、このカラフィーナ大陸が、どんな状態になってしまうか予想もつかない。

 今までは、聖女の役割について、漠然としてしか捉えられていなかった僕ではあるが、こうやって実際に黒の大樹を目の当たりにした今では、その責任の大きさを肌で感じてしまう。

 聖女は絶対に必要なものだ。

 でも、それを自分の都合で、ルーナに押し付けてしまって本当に良いのだろうか……。

 難しい顔をしていると、エリアスは、切り替えるようにパッと僕へといつもの笑顔を見せた。


「本意ではない話をしてしまいました。陽も少し傾いてきましたし、どこかで休憩しつつ、戻るとしましょう」

「あ、はい」


 踵を返し、牧場への帰路につく僕ら。

 絶景に背中を向けながらも、僕は最後までちらちらと黒の大樹のおどろおどろしい姿を気にしていたのだった。

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