101.お兄ちゃん、遠乗りする
「随分、様になってきましたね」
馬場の脇から、シャムシールと共に、僕の方を眺めたエリアスが頷きながら笑顔を向けている。
「はい! 良い感じですわ!!」
片手を振りながら、彼へと返事をするのは僕だ。
エリアスとの相乗りで、乗馬の恐怖心を克服してから1時間ほど。
一人でクレッセントへと騎乗した僕は、もう彼女を駈歩で走らせるほどに上達していた。
いや、上達というよりも、元々できた、と言った方が正しい。
前世の"僕"の記憶を取り戻す前のセレーネ・ファンネルにとって、乗馬は趣味の一つだった。
妹の話では、実際のゲームでも、乗馬はセレーネの特技であり、余裕綽々の偉そうな態度でルーナを煽っていたそうだ。
2年以上のブランクがあるとはいえ、僕は急速に当時の感覚を取り戻しつつあった。
「これならいつまでも乗っていられそうですわ!!」
自身が馬に乗れているという事実に高揚感を感じる僕。
それは、クレッセントも同じなようで、ようやくまともに僕が乗ってくれた事で、走れることが嬉しそうだった。
「でしたら、少し遠出をしてみましょうか」
「えっ?」
エリアスの提案に、僕とクレッセントは、同時に首を傾げたのだった。
「うわぁ……」
どこまでも続く牧歌的な景色。
その中央を貫くように続く小径を僕とエリアスは進んでいた。
自分の足で歩いているわけじゃない。
お互いに、馬の背に騎乗しての常足だ。
エリアスの方の馬の背には、器用にシャムシールも騎乗している。
天候は快晴。
広大な台地の上には、青い空に白い雲が流れ、時折、僕らの頭上には影が差していく。
圧倒的な自然の風景の中、エリアスの馬に続くようにして、僕のクレッセントも歩を進めていた。
「ふふっ、良い天気で良かったですね」
「ええ、本当に素敵な景色ですわ」
「もう少し進めば、もっと素敵な景色が見れますよ」
「それは楽しみです!」
これ以上の景色かぁ。
アルビオンは、立地の関係で非常に景観が良い。
エリアスはこうやってよく遠乗りをしているようだし、これは期待できそうだな。
エリアスの背を追うようにして、軽快に進んで行くと、やがて、わずかばかり整地されていた小径が途切れた。
その先は、どこまでも続く緑の大地だ。
「少しペースを上げますよ」
「は、はいっ!」
馬の腹を蹴り、ペースアップするエリアス。
僕も、クレッセントにお願いして、それについていく。
言葉にたがわず、かなりのスピードだ。
前世で言うと、一般道での車と同じくらいの速度は出ているかもしれない。
少し前なら、こんなスピード、とても耐えられる気がしなかったが、今はむしろ気持ち良いくらいだ。
エリアスにわずかばかりも遅れず、クレッセントは力強く草原の中を走り続ける。
やがて、周囲に黄金色のすすきが群生している姿が見られる場所までたどり着く。
陽光で煌めくすすきの穂。金色の波のように広がるその様子は、まさに絶景だった。
「なんて綺麗……」
「ふふっ、これが見せたかったものの一つ目です」
「一つ目?」
「ええ、二つ目は、もう少し先です。さあ、行きましょう」
すすき畑の合間をエリアスと僕は、お互いの馬と共に駆け抜ける。
そうして、しばらくした頃、僕らの進む大地そのものがなくなっていた。
馬を落ち着かせるように、その切り立った大地の縁にたたずむ騎乗したエリアス。
僕とクレッセントもその横へと並んだ。
「す……凄い……」
それしか声が出なかった。
目の前に広がる光景。
それは、これまでに見てきたどんな景色よりも広大で、美しいものだった。
テーブルマウンテンのその縁。
切り立った崖の上から見る圧倒的な大自然の景色は、人間という存在の矮小さを感じさせるほどに雄大だった。
「なかなかのものでしょう?」
僕の隣で、同じく広大な景色へと目を向けるエリアスは、眩しそうに目を細めた。
そして、その視線がこちらへと向く。
「春先にここを見つけてから、度々来ているのですが、なぜだか今日は特別美しく感じます」
そう言って、笑いかけるエリアス。
その顔を見ていると、僕の方こそ、なぜだか頬が熱くなった。
絶景をバックに微笑む白馬に乗った王子様……くっ、悔しいが、画になる。
おもむろに腕を上げたエリアスは、森と森の間を流れる小川の辺りを指差した。
「あの辺りが、カーネルとウィスタリアの国境になるでしょうか。けれど、こうやって見ると、国境なんてものは人が引いただけのただの線に過ぎません。自然は、生き物は、いついかなる時も調和の中にあります。ここに来ると、僕はいつもそれを感じることができるのです」
はぁ、何とも理知的なエリアス様らしい感想というか。
でも、なんとなくわかる。
こうやって遥か高いところから見下ろした大地は、それ自体が一つのまとまりなのだと、僕にも感じることができる。
日本という島国で育った僕にとって、国境を目の当たりにするのは初めてのことだったが、エリアスの言葉にはどこか共感できるように思えた。
そんな雄大な景色を眺めていると、ふと僕は違和感を感じた。
「……あれは?」
それは、絶景の中にあって、あまりにも異質な光景だった。
遠くに並び立つ峻厳な山々。
その峰々を貫くように、遥か天へと巨大な樹が伸びていた。
遠すぎて、あまりはっきりとは見えないが、まるで炭化したかのように真っ黒なその樹からは、葉がいっさい落ちており、枯れ木のようにも見える。
「な、何なんですの。あの大きな樹は……?」
「あれは、その調和を乱すもの……黒の大樹です」
「黒の……大樹?」
不穏な単語を聞き、僕の胸はなぜだか焦燥に駆られたように冷たくなっていた。
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