誘う赤
即興小説トレーニング様で書いた短編です。
(即興小説トレーニングでは匿名チャレンジしたのでひろた名義になっておりません、あしからず)
ああ、何て罪作りな。
目の前の艶やかな赤い色が僕を追い立てる。僕の喉は興奮に乾き、なのにごくりとよだれを飲み込む。
僕を誘うようにふるりと揺れる赤から目が離せない。
ああ、欲しい。
君が、欲しい。
触れてはいけない禁断の果実。それを支えるなだらかな曲線を描く小さな山は、触れたらそこからぐずぐずと崩れて消えてしまいそうな柔らかさが見える。
恐る恐る指をのばしてそっとつつくと、ふるり。静かにゆるく揺れる。
誘っているのか、僕を。
じっと先端の赤を眺める。どこから攻めようか。いきなりかぶりつくか。それとも舌で転がしてゆっくりと味わうか。あるいは頂の粒を支える柔らかな部分からじらすようにいくのも、いい。
罪だ。その存在そのものが罪だ。赤く僕を誘う罪、僕はその魅力に捕らえられて身動きすらできない。
だが僕がそんな妄想に浸っている間も、きらきらと光を反射して赤い罪が僕を誘惑する。
「――わかったよ。ごめんな、待たせたな」
僕は指を伸ばして――
だが、一足遅かった。
隣から伸びてきた小さな指がてっぺんの赤を摘まみ取り、あっという間に口へと運んでしまった。
「あ、ああああっ! 僕の、僕のさくらんぼ!」
2歳になる娘がおいしそうに僕の大好物のさくらんぼを食べてしまった。娘を抱っこしている妻が呆れたようにため息をつく。
「もう、さくらんぼ好きなの知ってるけど、けちけちしないのよパパ! 下のプリンは無事じゃないの」
「さくらんぼ――さくらんぼが」
僕は悲しみに暮れた。確かにプリンは無事だが、その上に載っていた艶やかに赤いさくらんぼはなくなってしまった。今どき赤いさくらんぼが載ったプリンは貴重なのだ。この完璧な様式美が崩れてしまったことに悲しみ、僕はさくらんぼが消えて行った娘の口をじっと眺めた。
「パパぁ、ごめんちゃーい」
けれど娘が首をかしげて謝る言葉のかわいさに、僕は結局勝つことはできないのだった。
そして帰り道のスーパーで
「だから、赤いさくらんぼの缶詰買ってあげるってば」
「そういう問題じゃないんだ! 僕はあのさくらんぼが」
と妻と口論になるまでがデフォルトということで。
テーマは「赤い罪」でした。