25話 戦争近し
「ひぐ、ぐすぅ……」
「ままぁ……」
「お腹が空いたよ」
獣人連合国の港倉庫の一角に、誘拐や違法行為で集められた人種が押し込められていた。
天井近くに窓があり、日光が入り込むが全体を照らすほどでなく、基本的に薄暗い。
倉庫に押し込められている人数は数百人を超え、排泄も壁の端に置かれた壺を使用させられていた。
空気の通りも悪いため悪臭が漂い、不衛生で満足に飲食も出来ず、日に日に倉庫に押し込められた人種達は弱っていた。
集められたのも女子供が中心のため、『力を合わせて獣人種達を倒して脱出』は不可能だ。
倉庫出入口には見張りが居て、例え倒せても獣人連合国の港のため土地勘もなく、敵対する獣人種があちらこちらにわんさかいる。
例え捕らえられているのが男性達だったとしても、ここから逃げ出すのは不可能だ。
さらに家族、恋人、友人などの大切な人達と隔離され、同じように倉庫へ詰め込まれている。
仮に逃げ出したら『見せしめに逃げ出した者の家族、恋人、友人、大切な者を殺す』と脅されていた。
そのためここから逃げ出す気力が最初からへし折られているのだ。
故に倉庫に押し込められた人種達の表情は皆、暗かった。
「――魔力よ、顕現し水を作り形をなせ、ウォーターボール」
そのなかで唯一、赤髪の少女ミヤだけは瞳に強い意思の光を宿し、碌に水も与えられないため魔力で水の塊を作り出し、幼い子供を中心に分け与えていた。
「ありがとう、おねえちゃん」
「どういたしまして、少ないけど、みんなで分けて飲んでね」
縁が欠けた木製コップを使い回し、水を皆で分けて飲む。
綺麗な水はこの場では貴重で、子供達が美味しそうに飲む姿をミヤは愛おしげに見守っていた。
他にもこの倉庫に押し込められた当初は、傷を負った者も居た。
ミヤは回復魔術――『初級ヒール』を習得している。
『初級ヒール』を使って、傷を負った者達を治癒したりした。
お陰で彼女達は知らないが、他倉庫に比べたらまだマシな環境だった。
一方、同じ魔術師でミヤと一緒に捕らえられたクオーネはというと……。
「…………」
彼女は部屋の隅に座り込み膝を抱えて蹲っていた。
ミヤは空いたコップに水を入れると、彼女の隣に座り差し出す。
「クオーネちゃん、お水だよ。飲んで」
「……ワタクシは平気ですから、ミヤが飲みなさい」
「わたしはまだ大丈夫だから。クオーネちゃんこそ碌に水分摂っていないんだから、飲まないと体が持たないよ」
「…………」
ミヤは遠慮して飲まない訳ではない。
彼女は冒険者時代の経験則から自身の限界をしっかりと把握していた。確かに現状、碌に食事が摂れず監禁された状態は辛いが、まだ自身の限界は遠く余裕がある。
反対にクオーネは明らかに消耗していた。
獣人種との戦闘、誘拐、監禁――という、普段の生活からは考えられない変化に心身共に対応しきれていない。
クオーネは俯いたまま小さく漏らす。
「……ミヤ、どうしてワタクシと一緒に捕まったの? 貴女の実力なら1人でも逃げることができたでしょ?」
「クオーネちゃん……」
「ワタクシだって魔術師としてダンジョンに潜り、モンスター相手に戦った経験ぐらいあるわ。でも……獣人種に敵意を向けられ襲われた時、怖くて頭が真っ白になって動けなかった。『シックス公国魔術師学園4級魔術師』、『紅蓮の片翼天使』とか言って、ミヤの足を引っ張っただけで……。そんなワタクシなんて見捨ててくれてよかったのに……」
クオーネはギュッと自身の腕を指が食い込むほど握り締めてしまう。
ミヤはそんなクオーネの背中を優しく撫でる。
彼女は笑顔で語りかけた。
「クオーネちゃんを見捨てることなんて出来るわけないよ。だってわたし達、親友でしょ? 親友を見捨てて逃げるなんて出来る訳ないじゃない」
「ミヤ、ごめんなさい……ッ。獣人種に殺されそうになって、ワタクシ、し、死ぬのが怖くて、頭が真っ白になって何も出来なくて! そのせいでミヤをこんな目に会わせてしまって――」
「死ぬのが怖いなんて当然だよ。それに実際、あの場面でわたしが1人で逃げられる可能性は低かったと思うよ。それにまだチャンスはある。わたし達は死んでいないんだから、皆で生きて逃げ出すチャンスが……」
ミヤは背中を撫でながら幼子を慰めるようにクオーネに語りかけ続ける。
クオーネは顔を上げると、ミヤへと体を預け涙を流した。
獣人種に襲われた恐怖、ミヤの足を引っ張った罪悪感、経験したことがない劣悪な環境に押し込められた現状の辛さ。
全てを吐き出すようにミヤへと縋り付き、涙を流す。
ミヤはそんな彼女の弱音を、拒絶することなく全て受け入れる。
その姿はまるで聖母のようだった。
クオーネは暫くの間ずっとミヤに縋り弱音、涙を吐き出し続けたのだった。
彼女が全てを吐き出す頃には日が落ちて眠りの時間が訪れる。
天井近くにある窓から月明かりが差し込む。
「…………」
クオーネは泣き疲れて抱きついたまま眠ってしまう。
そんなミヤはクオーネに抱きつかれたまま、月光と一緒に窓から入り込む夜の空気に鼻を動かす。
(そろそろ獣人種側が動きそう。汗臭い匂いがする……)
冒険者時代、ダンジョン内部で他冒険者から襲われた経験がある。モンスターではなく、狩りやすい冒険者を襲うことを生業にしている者達だ。
その際、幸運にも他の高レベル冒険者が割って入ってくれたお陰で命拾いをしたが……。
当時感じたような、命がやりとりされる前に流れる焦げたような匂いが押し込められた倉庫まで漂ってくる。
その匂いを嗅ぎ取ったミヤは、獣人種側が動き出そうとするのを敏感に感じ取ったのだ。
彼女の予感通り、戦いは近かった。
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