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お前が嫌われるワケがない

作者: 安西 恵美

「好きだ。もう、ただの幼馴染でいるのはイヤなんだ」


 この言葉を、私はずっと待っていた気がする。

 同時に、それ以上にこの時が来てほしくなかった。


 蓮くんはとても真剣だった。


 告げた声に、私を見詰める瞳に熱を感じる。

 その熱を受け取って、私の体は茹だってしまいそうに熱くなって、浮き上がってしまいそうなくらい、ふわふわとした気分になった。


 でも、次の瞬間にはさぁーっと、血の気が引いた。

 きっと、顔も蒼褪めているだろう。


「まほろ?」


 気付いた蓮くんが心配そうに、私の名前を呼ぶ。


「……ごめんなさいっ!!」


 私は勢い良く頭を下げ、ちゃんと蓮くんの顔を見ることなく、この場から逃げ出した。好きな人に告白されて、幸福感と絶望感を同時に感じる人なんて、きっと世界で私だけだろう。


 私も好き。ホントは私もそう伝えたかった。

 でも、ダメなんだ。だって、私は……。


 家に帰ってから、私は泣いた。

 自分の部屋に篭って、ベッドの上で布団にくるまって、泣き続けていた。

 晩ご飯の時間になっても、部屋から出て来ない私を、お母さんは心配していた。

 食欲なんてないから、ほっておいてほしい。そう思ったけど、暫くして泣き疲れた時。


「お腹減った……」


 絶望していても、空腹を感じる自分がイヤになる。

 結局、ちゃんとご飯は食べることにした。いつもは二、三回はおかわりする私が、一回しかおかわりしなかったから、お父さんにまで心配されてしまった。


 そして、次の日。どんなに絶望していたって、朝はやって来る。


 泣き過ぎたのか頭が痛い。よく眠れなかったから、睡眠不足の所為もあるかもしれない。

 それでも、条件反射のように、のろのろと学校へ行く為の用意をしていると。


「まほろー? 蓮くん来たわよー!」


 母の声がして、その言葉にドキリとした。


 蓮くん? ホントに?


「……おはよう」


 半信半疑のまま、急いで用意を済ませ、家の扉を開ける。

 そこには、ホントに蓮くんがいた。

 いつも以上に無愛想な顔に、これは怒ってるなと思った。


「おはよう……今日は来ないかと思った」


 流石の蓮くんも、告白してフラれるなんてことがあったら、気まずくて避けるんじゃないかと。なんて、考えを読まれたのか、蓮くんがはぁと態とらしく溜息を吐いた。


「確かに、フッた相手に会うのは気まずいよな」

「っ、別に私は……っ!」

「今日、俺は来ない方が良かったか?」

「ま、まぁ、ちょっとね。そう、思わないでもないかな?」


 辿々しく私がそう言うと、蓮くんはははっと笑った。

 呆れたような、けれど優しい微笑み。

 今日、初めての笑顔で、私の大好きな笑顔だ。その笑顔のまま、蓮くんが言う。


「少し安心しただろ? 俺の顔見て」


 笑顔に見惚れて、思わずこくんと頷きそうだった。慌てて、私は首を横に振る。


「べ、別に? そんなことないし」


 ホントはその通りだった。

 私と蓮くんは、いつも一緒に登校していた。帰りも一緒。それが、昨日のことでなくなってしまったら寂しい。


「嘘吐くなよ。まほろの嘘はすぐ分かる。お前、顔に出やすいんだからさ。さっきも俺の顔見るなり、あからさまにホッとしてた」

「……マジですか?」

「マジ」


 恐るべし、幼馴染。

 流石は蓮くんだね。何でも、お見通しだ。そして、それは昨日の嘘もお見通しなワケで。


「で、どうして、あんなことになるんだ?」

「あんなことって?」


 取り敢えず、一旦惚けてみる。

 ヘラっと笑ってみたけど、蓮くんはいつもの仏頂面に戻った表情を、ニコリとはしてはくれなかった。


「ごめんなさいって、言い捨てて走って逃げてっただろ?」

「あ、あぁー、忘れてたー。私、昨日出された宿題、まだやってなかったんだー。だから、急いで教室に行ってやんないと」

「あぁ、それなら、俺のを写させてやるから急がなくて良い」


 私の渾身の棒読みなセリフに、蓮くんは淡々とした調子でそう言った。

 どうしても、私を逃さないつもりみたい。


「……いつもなら、頼んだって見せてくれないのに」


 そう。いつもなら、私が宿題見せてって頼むと、自分でやらないと意味がないって言って、間に合うギリギリまでやらせる。

 勿論、分からないところは教えてくれるし、間に合わない時は見せてくれたりするんだけど。


 どうして、今日は。私は責めるような視線を蓮くんに向けたけど、蓮くんは悪びれもせず、相変わらず淡々とした調子で話を続ける。


「今日は特別。話したいことがあるから」

「は、話したいことって?」


 そう聞き返しながらも、昨日のことだと分かる。

 私は焦った。だけど、何も思いつかない。


「あっ、そうだ!」


 何の考えもなく、また何か思い出したフリをしたけど、蓮くんは容赦がない。


「俺はまほろのことが好きだから、付き合ってほしいんだけど」


 とても告白とは思えない、まるで何気ない会話の延長のように、蓮くんは私に二度目の告白をする。

 私はドキっというよりも、ギクリとして体を強張らせた。それを誤魔化す為に、私はあははっと乾いた笑い声を上げる。


「それ、昨日聞いたよ?」

「分かってる。それで、答えは?」

「答えはって、ムリだよ……」

「なら、理由を教えてくれ。昨日はちゃんと聞けなかったから」

「そ、それは……」


 何て言えば良い?

 告白を断る理由でありそうなものを考える。


 付き合う相手として見れない。

 他に好きな人がいる。


 そんなの全部……。


 嘘だ。


 ダメ。言えない。でも、言わないと。

 何か言わないと、蓮くんは納得しない。きっと、この話を終わらせてくれない。


 でも……っ。


 このままだと泣いてしまいそうで、思わずぎゅっと目を瞑った時だった。


「……どうして、そんなに必死になって、俺のことをフろうとするんだよ?」


 苦しげな蓮くんの声が聞こえた。

 ハッと、目を開ける。

 傷ついた顔した蓮くんと目が合った。


 そしたら、もうダメだった。


「蓮くんこそ、どうしてそんなに必死になって告白するの? どうせすぐに私のこと、フっちゃうくせにっ!!」


 気が付けば、そう叫んでいた。

 あっ、と思って黙ったけど、もう遅い。

 私の叫びは、しっかりと蓮くんの耳に届いていた。


「まほろ? お前、何を言ってるんだ?」


 堪えきれなかった涙が、ぽろっと私の頬を伝った。


 それから、私は全てを蓮くんに話す。


 私は前世の記憶を持った転生者で、この世界は乙女ゲームの世界だということ。

 そして、蓮くんはその乙女ゲームの攻略キャラで、私は蓮くんルートに入った時の悪役のライバルキャラだということ。

 ゲームの始まりは高校生になってからで、まだ始まっていないこと。

 蓮くんとライバルキャラの私は付き合っている設定で、ヒロインと出会った蓮くんが心変わりし、私をフってしまうこと。

 フラれた私は二人がうまくいかないように邪魔したり、ヒロインに意地悪するいじめっ子になり、学校中の嫌われ者になってしまうこと。

 蓮くんにもヒロインをいじめてることがバレて、嫌われてしまうこと。


「私、イヤだよ。蓮くんが私のこと好きじゃなくなるの。それで、意地悪な子になって、みんなにも蓮くんにも嫌われちゃうの」


 ずっと真剣な顔で黙って、私の言葉を聞いていた蓮くんが、ポツリと呟くように言った。


「……お前が嫌われるワケがない」



 昨日、俺が告白した時から、幼馴染の様子がおかしかった。


 「ごめんない」苦しそうな顔して、そう告げられた。

 予想外の言葉に、俺は自分の前から走り去って行く彼女を追いかけることも、その背中に待て、と呼びかけることも出来なかった。


 そんな顔させる為に告白したんじゃないと思ったし、何より彼女も俺と同じ気持ちでいてくれていたと思っていた。


 幼馴染が嫌われ者になる、なんてことは想像出来なかった。

 俺が彼女以外の女の子を好きになることも。

 恋人になってくれた彼女と心変わりして別れ、彼女を嫌いになってしまうなんてことは、想像出来ないどころか信じられない。


 幼馴染は常に人の輪の中心にいた。

 感情を表に出すのが苦手で、子供らしいことが好きじゃなかった俺は、いつもちょっと周りから浮いていた。

 そんな俺の手を引いて、みんなの輪の中に入れてくれるのが幼馴染だった。


 彼女の笑顔を見ると、みんな笑顔になる。

 幼馴染の笑顔と優しさは、自然と周りにいる人に伝わって、空気があったかく明るくなった。

 だからこそ、幼馴染の周りには人が集まり、人の輪が出来る。


 俺の幼馴染は、ドジでちょっと天然なところで笑わせる、いつも周りの人を笑顔にする、愛されキャラだ。彼女を嫌う人なんているワケない。


「俺がお前を嫌いになることなんてない」

「……もしかして、私の言ってること信じてないの?」


 俺がきっぱり言い切り過ぎたのか、まほろは不安そうな顔で俺を見詰める。

 さっき涙が溢れたばっかりの瞳が、また潤み出した。


「いや、信じてるよ。確かに、まほろの前世には、俺達と同性同名のキャラが登場するゲームがあったのかもしれない。でも、きっとまほろが心配しているようなことにはならないと思う。俺達が生きているこの世界は、そのゲームの世界なんかじゃなくて、よく似た別の世界だ」

「……どうして?」

「良くも悪くも人は、そんな簡単に変われないんじゃないか? 俺はお前が誰かに意地悪なことをする姿を想像出来ない。それに、もし一時の迷いで、俺がまほろじゃなくて、別の誰かを選んでしまったとしても、嫉妬の所為で、お前が変わるなんてことがあったりしたら、嫌いになんてならない。寧ろ、愛しい」


 そう言い終えて、俺はまほろに微笑みかけた。

 きっと、また直ぐに、お前のことを好きになる。そんな思いを込めて。


「い、愛しい……って……っ!?」


 俺の言葉が衝撃的だったらしい。

 まほろは顔を真っ赤にさせて、金魚みたいに口をパクパクさせた。

 可愛いと素直に思う。


 そうだ。こんな顔をさせたかった。

 そう思って、俺は告白したんだ。


「だって、お前にとって俺の存在は、人格に影響を与えるくらい大切だってことだろ?」


 それを愛しいと言わずして、何と言うんだろう。

 ゲームの世界の俺はバカだ。狂ってしまうくらい、自分を思ってくれる相手を糾弾するなんて。


 そんな俺の考えを見透かしたワケではないだろうけど、まほろがポツリと呟く。


「……そう言えば、あのゲームの蓮くんって、ちょっとヤンデレ気質だったけ」



 嫌いになんてならない。愛しい。

 蓮くんの言葉に不安が消えていくような気がした。


 私は乙女ゲームの悪役のライバルキャラじゃない。

 ただ、幼馴染に恋をして、告白してもらえた、両想いになれる幸せな女の子なんだと信じられた。

 だから、


「蓮くん、私も好きです! 付き合ってください!」


 素直な気持ちを口にして、私は勢い良く頭を下げる。昨日は見なかった蓮くんの顔を、今日は顔を上げて見た。


 眩しいほど、晴れやかな微笑みと目が合う。


 好きな人に告白されて、絶望した私はもういない。

 今の私は好きな人に告白して、素直に幸福な気持ちになれる。


 蓮くんもきっと同じだ。

 そう思える笑顔だった。



 乙女ゲームの世界とよく似た別の世界。

 蓮くんはそう言っていたけど、この世界は本当に乙女ゲームの世界だったらしい。


 高校生になった私と蓮くんは、色んなタイプのイケメンと遭遇した。みんな、乙女ゲームの攻略キャラと同じ名前だった。

 勿論、彼らはカッコイイと思ったけど、やっぱり一番カッコイイのは蓮くんだ。

 そんな蓮くんが叫ぶ。


「まほろはヒロインじゃない! 悪役のライバルキャラだ!!」


 何故かヒロインそっちのけで、私を構おうとするイケメン達。


 あれ? どうして、こうなった?

 なんて、展開になるまでもう少しで、それはまた別のお話。

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