サイコパスな現在病院昔話
それは、現在……正しく現在のはず……。この身をもって、時が刻まれているのを今、体験しているのだから……それだけは間違いようがない……。
でも、自分はいつからこの病院に入院しているのか判らない……。
頭の中にはいくつもの『年号』と『西暦』が渦巻いては、霞みのように消えていく……。
ふと気配を感じ、頭をあげるとあたしは、ある大部屋のベッドの上にいることに気づく。
あれ……? 何かがおかしい……? あたし、こんな大病院に入院していたかな……? それに、なんか身体つきがなめらかというか、もちもちしているような……?
「大丈夫ですか? 少し、顔色が悪いですよ?」
気配の正体は右手にいた、女性の看護師だった。
声をかけられたあたしは、返事をする。
「うん! あたしは大丈夫!」
声もおかしいよ……。あたし、こんなに声が高かったかな……?
あたしはどうにも変な気持ちになりながら、看護師の方を見つめていると、黒い、ぐにゃぐにゃした穴みたいなものが、看護師の背後に迫ってくる。
え……? 何あれ……? どうして看護師さんは気づかないの……?
あたしは、ありったけの声を出す。
「危ない! …………っ! …………っ!? …………っ!!?」
あれ……? あの人誰だっけ? 名前……名前……。
そういえばあの人、名前あったかな……?
ううん! それよりも、あの人を助けなきゃ!!
あたしは目の前の人を助けるため、右腕に力を入れるけど、ぴくりとも動かない……。
「……なんで……?」
そうこうしている内に目の前の人は、ぐしゃぐしゃにされながら、ぐにゃぐにゃした穴の中へ悲鳴も上げずに飲み込まれて行く。
そして、ぐにゃぐにゃした穴はそのままあたしの方へ近づいてくる。
「逃げなきゃ!!」
ベッドから飛び降りようと、力を入れるあたし。だけど、身体は何者かに押さえ付けられているように動かない。
顔をあげると、あたしの身体はすでにぐしゃぐしゃになりながら、ぐにゃぐにゃした穴の中に飲み込まれ始めていた。
その時、あたしの頭の中を色々なものが駆け巡る。
……そうだ!
あたしはさっきまで声の太いおじさんだった気がする!
さっきまで小さな診療所の診察室にいたはずだ!
あたしはあの穴の正体を知っている!!
あたしはなすすべなく、ぐにゃぐにゃした穴の中へと飲み込まれていく………………。
あの…………穴の…………正体は…………。
「あなたったら! また娘に変な昔話聞かせようとして!! 娘に変な事を吹き込むなって、何時になったらわかるのよ!?」
突如鳴り響く妻の怒声が、右手にぐしゃぐしゃに握り潰した空想世界に終わりを告げ、現実世界に光をもたらす。
「ああ! なんて事をするんだ! これからアホ毛が良い感じに恐怖をあたえるのに!」
「何がアホ毛よ!? 大体、娘はまだ幼いのよ!? それなのにこんな怪談っぽい話を聞かせようとして、トラウマになったらどうするのよ!?」
原稿用紙を奪われて、大声をあげる夫。しかし妻は変な昔話を創作していた夫をしっかりとしかりつける。
「ああ、その辺は大丈夫。この話に出てくる幽霊は、三つ編みで、眼鏡っ子で、ボクっ娘だから」
「あなたね……。設定過剰を起こせば何でも許されると思ったら、大間違いよ……?」
妻は夫の言葉に呆れながら、原稿用紙を手にゴミ箱の前まで行くと、それを細切れに破り捨てた。
そして、夫の方に向かって一言。
「あなたが思っているほど、周りは面白いとは思って無いからね………?」
「うーん、今回は幽霊が痛風を起こして、通院する話なんだけどなぁ? どうしてウケないのかなぁ?」
「何よそれ? 意味判らないわよ!?」
夫と妻はそう言うと、二人とも部屋から出ていった。
……誰もいなくなった部屋……。そのゴミ箱の中から、微かな声がする……。
……だが、現実世界の住人には、その声は決して届くことはない……。
そう……だ……。 あの……穴の……しょ……うたい……は…………
……『エ』…… 『た』………… …………『ー』 ……『NA』…… ……『ル』……
その紙の中には、幾つの命が吹き込まれていますか……?