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ネリーのいない空  作者: 武良 保紀
4/14

連載第四回

   12

 伯母がどういうわけか見つけてきたその塾に行くには、最寄り駅から2駅電車に乗る必要がある。つまり、その伯母や感じのいい従弟が住んでいるのも、実は電車で2駅行かなければいけないところで、市から言っても隣の市ということになる。僕の家の最寄りを走る路線は、このころはまだ1時間に2本、2両編成で各駅停車の列車がコトコトと走るだけのローカル線だった。この県と南の県の県庁所在地を結ぶJRでは唯一の路線だが、並行して走る私鉄にこの2地点間の旅客移動の9割以上を持って行かれていて、この辺では都会人はその私鉄を使う、JRのこの路線は田舎者と言われて蔑みの対象だった。

 僕と母は、あらかじめ電話をしてその塾に話を聞きに行った。場所はボロボロの民家で、畳敷きの狭い部屋にホワイトボードを設置し、折りたたみ式の一番安い事務机とパイプ椅子を詰め込めるだけ詰め込んだような部屋だった。授業は既に終わっていて、部屋には3人だけの状態で話をすることになった。

 塾長は、笑顔ひとつ浮かべない、冷たい感じの人だった。僕は話をしたくなかったが、母は熱心に話を聞いていた。

「君は、いま何が好きですか?」

 このとき、どうやら塾長は「何の科目が好きか」を聞いたつもりだったらしい。だが、僕は「いまやっていて楽しいこと」を聞かれたと思い、

「音楽を聴くことです」

と答えた。

 塾長はわずかに眉間に皺を寄せたが、即答で

「それはやめて下さい」

とだけ言った。そしてそのあとはまた母と話し込んでいた。塾長は、母に「どの高校に進学させることをお考えですか」と訊いていた。母は、県庁所在地の市内にある公立高校の名前を挙げた。母が自身高校生だったころ「いい学校」として一目おかれる学校だったという理由だ。塾長は「ああ、越境通学ですね」としか言わなかったが、このとき(このオバハン、何も知らんな)という確信が、塾長の中にあったことは間違いないと思う。そういう一瞬の、相手が自分をなめた雰囲気を感じ取ることに僕は敏感になっていた。まさに、鴨すきが大好きな人間の前で、ネギ背負った鴨が自分自身と息子を「食べて下さい」とアピールした瞬間だったろう。

 このあと、僕は一切口をきくことなく、その日の「見学会」は終わった。問題と言うか、僕にとっては希望がひとつあった。もしこの塾に通うとして、ちょっとでも授業が延びたら家に帰る最終便に乗ることが極めて難しかったことだ。

 ある日曜日、僕は珍しく父に一緒に入浴を誘われた。父は、学校は楽しいかとか、友達はいるのかとか、本当は全く興味を持ってないことをいくつか訊いてきた。

「将来は、何かなりたいものとかあるのか?」

 父はそう訊いてきた。以前から、僕は将来学者になることを夢見ているのは知っているはずだ。だから僕はそのとおりに答えた。

 もし魔法使いが現れて、望みを一度だけ叶えてやると言われたなら「何回でも望みが叶うようにして下さい」の次に僕がお願いしたいのが「このときの僕自身にアドバイスしたい」だ。僕はできるんならこのころの自分に「幸せになりたいなら中学を出たらどこかの職人に弟子入りでもして家を出なさい」とアドバイスしたいと思う。その方がはるかに幸せになれるし、人間的にも立派な人間になれるよ、と伝えたい。

「だったら、それに向けての最初の勝負が、高校受験だな」

 うすうす思ってはいたが、塾に行けと言いたいんだろうな。

「このあいだ見学に行っていた塾、どうだった?」

 塾長がすごく嫌なやつだと感じた、と、僕はなぜこのとき素直に言わなかったのだろうか。なんだか曖昧に、そこそこにごまかしてしまった。とにかく、このころは親の言うとおりにしないとあっという間に僕は人間の干物になるしかなかったから、親に対してハッキリとノーを言わないのが染みついていたんだろう。

「俺としては、その塾に行け、って言いたいんだよね」

 なんだこの曖昧な命令は。いや理由はわかってる。自分の頭で考えて、自分で責任を負うつもりで、僕に父親としての命令を出しているのではないからだ。裏で母に空気を入れられて、こう言いなさいと言われたとおりに言っているだけだ。昔から、父の言うことは全てそうだった。だけど、言い換えればそれは背後に母がついていて、塾に行かせたがっているということだ。僕はまたしても、曖昧に答えるという失敗をしてしまった。

 案の定、母は僕たちが風呂から上がるのを待ち構えていた。

「お父さんから、話聞いたか?」

「聞いたよ」

「塾、行くか?」

「でも、帰りどうするんだよ」

「帰れへんかったら、伯母ちゃんが泊めてくれるて言うてはる」

 つまりあれか、外堀は完全に埋めて「行く」としか言えないようにしてから、話をしてきたっていうわけか。「行け」って命じたいんなら、僕は母が母の命令として言えばいいと思う。だが母は「一家の長は父」という形式にやたらにこだわり、普段頼りない父のことを糞味噌に言うことだって少なくないくせに、こういうときには父に命令を出させてそれを後ろから操っている。考えてみれば、こうやって「権威」と「判断権」を分離させていることは、子供の手足を縛り上げても自分は泥をかぶらなくていい、母にとっては実に都合のいいあり方だな。

「……正直、行きたくない」

「でもまぁ、行ってみたらええやん。合わへんかったらやめたらええんやし」

 そこまで言われてしまったら、僕には返す言葉がなかった。

 そういうわけで、僕はその塾に通うことになった。電車に乗ってから、2駅。僕は本当に本当に逃げたかった。

 行ってみたら、やっぱり塾長は嫌な人間だった。塾の席は、成績のいい者が前の方に、悪い人間は後ろの方に決められていた。入塾テストの成績で、僕はかなり後ろの方に座らされていた。机と机の間は50センチ程度しかなく、座っている間中ずっと息苦しかった。

 そして僕は、徹底的に嘲笑の対象にされた。この塾長の教育方針だ。成績の悪い者は嘲笑の対象にすることで、その他の者に危機感を植え付けてやる気を出させる。また、新入りはまず貶めてみて、なお食らいついてくるかどうかでやる気を判断するというタイプでもあった。

 僕の住む市は、県庁所在地の南隣にあり、急速に宅地化したのはここ最近だけどある程度の大きさの街として歴史が古い。一方、さらにその南隣にある、僕の従弟の家やこの塾があるこの市は、歴史的にみれば未開の地で、高度経済成長のころに県庁所在地に通勤するサラリーマンのための住宅地として開けたので、根っこは県庁所在地にあり、それゆえに優秀な人が集まっているのだそうだ。僕の住む市は、県庁所在地に住めなかった卑民の街として千年以上の歴史があり、そこに住む人間が優秀なはずがないのだそうだ。その証拠に、この市の中心街は便利のいい私鉄駅が中心に発達しており、僕の住む市は街の中心が2両編成のローカル線が一番近いようにできている。日本の発展から捨てられた街なのだそうだ。

(……僕は、その市の住人じゃない)

 そう叫びたかった。いまから思えば、叫べば良かったと思う。でも、できなかった。なぜなのかは、今となってはよくわからない。

 僕は、母に改めて言った。

「やっぱり、あの塾、行きたくない」

「なに言うてるの、あんた。そんなこと言うて行く高校あらへんかったらどうするの」

 何度も言うようだが、このときの僕自身に「中学出たら職人になれ」とアドバイスできたらどんなにいいだろうと思う。だが、僕はこのときまだ高校、大学、大学院と学問を究めていきたいという未来しか思い描くことができなかった。

「勉強のしかただったら、他にもあると思う。あのやり方には、僕はついて行けない」

「そんなこと言うてたら行くとこないえ?」

 この県では、知事が「15の春に泣かせない」というスローガンを立てて希望者には全員公立高校への入学を許可したため、公立高校のレベルが著しく落ちた一時期がある。私立の進学クラスがそこで一気に力を伸ばした。それを受けて、このころには公立高校にも実質的に進学クラス相当のものがあった。だから、僕は公立でもいいと思っていた。けど進路指導でも優秀なら私立の進学クラスがいいという方針だったし、公立でもいいと主張するには決定的な材料が欠けていた。

「勉強なら、他の方法でする」

「あかん。他の方法って何やのん。あの塾に行きなさい」

「でも、合わなかったらやめていいって言ったじゃないか!」

「そんな、嘘ついたらあかん!!」

 僕はこのとき、腹が立ったと言うより呆気にとられた。ほんの数日前、ここで、その口で、合わへんかったらやめたらええって言ったじゃないか。

 朝で学校に出なければいけなかったから、僕は家を出た。でも僕は考えれば考えるほど腹が立って、家の外から大きな声で叫んだ。

「バカヤロウ!」

 しかし僕のできる抵抗はこれだけだった。結局は、塾に行くことを選ぶしかなかった。

 塾では、相変わらず僕は嘲笑の対象だった。後ろの方に座っている僕を、前の方に座っている塾生たちがチラ見しては目を合わせて含み笑いをしている。

 どんな文章だか忘れたが、英語の授業だ。こんなこともあった。

「じゃあ、ここ訳してみて」

 と塾長に指名された僕は、1文がどうしてもわからなかった。

「すみません、ここわかりませんでした」

「ああ、これね。『これはこれこれだい!』って訳してごらん」

「これはこれこれです」

「はは、気ぃつきよった」

 塾長はそう言って、一番前の席に座っている塾生と一緒に僕を見てひとしきり笑った。ほとんどの科目が塾長の担当だったが、理科だけは違った。その講師は比較的生徒に区別をつけなかった。だが、完全な根性論者で、成績を上げるには目から血が出るまで睡眠時間を削って勉強するのが唯一の方法と繰り返し僕ら塾生に刷り込んだ。

 実際に授業が延び、家に帰れずに伯母さんの家に泊まることもあった。そういうことがあったら塾の「できる連中」はこれ幸いと僕をからかいに来た。

「お前、昨日帰れへんかったんちゃうん? どないしてん」

「この近所に、親戚の家があるからそこに泊まって、朝一の電車で帰った」

「マジか! ウケるわ~こいつ! 朝帰りしとんねん。やらしいことしてたんけ?」

 そいつがそう言うと、周囲の塾生がわっと笑った。

 こんなので本当に成績が伸びると思ってるのか? 勉強が嫌いになる効果しかないだろうこんなの。しかし母は「塾長は信念のある教育者」だと思い込んでいた。まったく、騙しやすい人間だ。塾生を伸ばすためにスケープゴートを必要としていた塾長にとっては、大して成績が良くない子供を通わせる母みたいな存在はいいカモだっただろう。僕はこのころ毎日のように部屋で悔し泣きをしていた。ネリーに話しかける言葉も、いつしか愚痴ばかりになっていた。

「ゴメンなネリー、こんな話、聞いてても面白くないよな」

 ネリーも、心なしか元気がないように見えた。

 通い続けること数ヶ月。季節は夏になっていた。我ながら、通い続けていただけ立派だと思う。だが成績は伸びないし(当たり前だ)塾の月謝分が余計な出費として家計を圧迫していただけで、いいことなどひとつもなかった。その塾の月謝を捻出するために、母は夜からの仕事をまた何か見つけてきて始めたようで、ますますその視界の中から「僕がどんなことを考えて毎日過ごしているのか」は外側へと追いやられ、カネを稼ぐことだけ考えていた。

 ある日僕は、ふと考えてしまった。

「電車って、うっかり乗り過ごすってことだってあるよな」

 ある日僕はうっかりしてみることに決めた。列車は終点まで行ったら、そのまま折り返してくるはずだ。どこに行くのかさっぱりということにはならないだろう。なったらなったときだ。

 案の定列車は、しばらく終着駅に停留したあと、逆方向に進み出した。それでも、あの駅まで着いたら、授業の時間はかなり残っている。折り返し駅に着くまでに見た中で、一番心惹かれたあの駅に降りてみよう。ホームがあって、その前をまっすぐ線路が1本走っているだけ、ボロボロの待合室に暗い電灯がひとつ。周りには光るものがほとんどないという駅だった。

 ナイフで容赦なく切り取られるように減っていた僕の自由な時間は、それでもやっぱり図書館に行ってイギリス関係の本を読むことに使っていた。隠れ家みたいなこの待合室の中で、借りてきたそれを読んで時間を潰そう。ストーリーはこう。僕は今日、電車に乗って座ったらうっかり眠ってしまい、気がついたらいくつか駅を乗り過ごしてました。慌てて降りたら、実は終点まで行って戻ってきてその駅に着いたときでしたとさ。

 僕がカバンを開くと、そこにはミニサイズのネリーがいた。スキー旅行の一件があったので、ネリーがいる理由がすぐにわかった。

「ネリー! 来てくれたのか!」

 ネリーは、コクコクと頷いた。

「すごく嬉しいし、ありがたいけど、今日これから遊びに行ったらいくらもしないうちに帰らないといけない。とりあえず今日は、大遅刻で塾に行ってみるよ。その結果で、そのあとのことを決めよう。今日は、おとなしく帰って僕が帰るのを待っててくれるかな」

 そう言うとネリーは再びコクコクと頷いて、北へ向かって飛び立っていった。僕は30分ほど経って後続の電車に乗って塾に行き、こういうわけでと作り話の説明をした。

 塾長は一番前の席の連中に言った。

「ほら、彼は頑張り屋さんやから。負けんようにしような」

 そう言うと一番前の連中を中心として教室中が汚い笑いに包まれた。

 僕は決めた。これからはずっとうっかりさんになろう。そして、ネリーと遊ぼう。

 それからは、ネリーと必ず示し合わせてから「塾」に出かけることにした。この路線は便数が少ないから、駅で時刻表を無料で配っている。それを見れば、どの列車に乗れて、その列車はいつ暗闇の駅に着くのかわかる。ネリーにはそこに待機してもらうことにした。駅のホームの線路を挟んで反対側は軽い斜面になっていて、少し高くなったところに木立があった。どうやらその向こうには細い道路があるようだったが、その向こうは山だった。この環境をネリーが喜ばないはずがない。

 南にある終点駅は、僕の住む県の県庁所在地にある始発のターミナルに比べれば格段に小さい。ひとことで言えば、ずっと田舎であって駅をちょっと離れればもう山の中だ。ネリーに抱えられてはるか上空まで行っても、見渡す限り仄暗い夜空を背景に山並みしか見えないというその景色は、人外境のようで美しいと言えば美しかった。怖いと言えば怖かったけど。もちろんネリーは森のエキスパートだから、真っ暗闇でも危ない場所と安全な場所をわかってた。ネリーの案内で、僕は深い深い山の中で遊ぶことができた。昔の日本の夜ってこんな感じだったんだろう、という暗闇が実は居心地のいい場所だということを、このころ僕は身をもって学んでいた。

 何ヶ月かぶりに、僕は楽しかった。


   13

 僕は毎日出かけては、ネリーと一緒に飛び回っていた。僕が住む県は南北に長くて、その真ん中辺りに大幹線が東西に通っている。こういう構造のため、南北の行き交いは極めて面倒くさく、そのため北も南も今ひとつ発展してないところが多い。つまり言い換えれば、その気になれば森ばかりだ。空の高いところから、いかに自分が小さいところで生きることを強いられているか、僕はますます実感するようになっていた。

 小腹が空いたら、僕たちは一緒におやつを買って食べていた。1回だけ、僕は自販機でビールを買って飲もうとしたことがある。シュワシュワという音を聞いて、僕が口に持って行こうとした手を押さえてネリーは首を横に振った。大丈夫なんだよ、僕はこれを昔から飲んでるし、そう言っても、ネリーは頑なに首を振り続けた。だから僕は、このころ唯一信じられる仲間だったネリーの言葉(というかジェスチャー)を信じて飲まずに缶をゴミ箱に捨てた。僕はタバコには興味ないので、買うつもりはなかった。そうなるとあとはお菓子とジュース。試しに果汁100%ジュースを買ってネリーに飲ませてみたら、それはネリーにとっても美味しかったらしい。ただ、グレープフルーツだけはあまり気に入らなかったようだ。

 父は相変わらず転職を繰り返していた。やっぱり、フルコミッションの営業の仕事ばかり。後々に知ることになるんだけど、フルコミの営業要員っていうのは、ほとんどが学歴不問・職歴不問・賞罰歴不問だから、一歩間違えれば手に輪っかが嵌まってもおかしくないことを平気でできる連中が集まるところらしい。

 そんなわけだから、僕は毎日楽しい気分で家に帰っていて、ぐっすり眠っていて知らなかったが、ある日の真夜中、父がベロンベロンに酔っ払った状態で社用車の軽ワゴンを運転して帰ってきたらしい。社会人としてまともな給料を貰っていた時期はないに等しい父だから、車なんか自分で買ったことがない。車を所持していたのは、不要になった軽自動車を知人から譲り受けて持っていた大昔のごくわずかの間だけだ。喜んで父は通勤に使い始めたが、ちょっと天候が悪かっただけで、案の定電柱に突っ込んで車をおシャカにした。

 車の運転に対してはそのくらいの腕しかない父が、酔った状態で車を運転して帰ってきたとのことだった。家の脇に横付けすることにしたらしいが、タイヤを側溝に嵌めてしまった。ひとりじゃどうすることもできず、真夜中に何事かと隣の家の人が起きてきてくれて、大型車で牽引してくれて、なんとか脱出することができた。その間ずっと父は完全に酔い酔い状態、真夜中なのに大きな声でゲラゲラ笑いながら、隣の家のご主人の両手を握って命の恩人だとかなんとか言って、そしてまたゲラゲラ、家に入ると風呂にも入らずに眠ってしまったらしい。

 この件が理由のバトルは長かった。母は繰り返しもうそんなことはするなと言っており、そもそも何でそんなことをしたのかと問い詰めた。父の言葉をそのまま使うなら「チャンスだったから」らしい。もういい年で、しかも冴えない小男で、たぶん営業成績も芳しくなかっただろうから、ならず者が集まるフルコミ営業の職場では馬鹿にされまくっていたんだろうと思う。それで、僕の想像だけど会社の人たちと飲み会があって、そこで「酔ったら車の運転すらできないのか」的な挑発を受けたんだと思う。そして考えの浅い父は、ここで見事車を運転して見せたら周りの目も変わると考えて、車で帰ってきたんだろう。

 この街の人間に馬鹿にされ慣れた僕が先輩として言わせてもらう。そんなことをしたって、その相手は「アホや。ほんまにやりよった」とさらに指さして楽しそうに笑うだけだ。せいぜい馬鹿にされるがいいさ。僕が馬鹿にされる理由は僕自身にはなにもないけど、あなたは能力もないくせに西日本営業所を任せるなんて甘言に騙されて転職して引っ越しまでして、さらに家まで買ってしまって、そしてゴミのように捨てられた正真正銘の馬鹿なんだから。

 母は何度も何度も、もうそんなことはしてくれるな、そんなことをしなければいけない職場なんだったら転職してくれと父に迫った。だけど父はその会社の異常さをまだ本当には飲み込めていなかったようで、うるさい母に車を運転しているところを見せないためだけに、ちょっと離れたところに路駐して家に帰ってきていた。

 ある休みの日、僕ら家族は全員家にいて、僕はひとりで音楽を聴いていた。その時、両親の大声でのやりとりが聞こえてきた。「転職して」「そんなこと言うけど仕事なんかないんだぞ」みたいなやりとりからスタートしたが、ふたりとも段々と激昂して行くのがわかった。そしてドスンドスン、ガターン、ボス、ボスという大きな音が響き渡った。ただならぬことが起きているのは誰にでもわかった。ドスンドスンというのは母を壁際に押し込んで父が母の顔にパンチを見舞った音、ガターンというのはそのパンチで母が倒れた音、そしてしばらく措いて聞こえてきたボス、ボスというのは、立ち去りかけた父がそれでも怒りをこらえきれずに戻ってきて、倒れている母のお腹に2発の蹴りを入れた音だった。父はそのあと、手持ちのお金を全部持って出ていった。

「……ゴメン、今日だけは、ご飯自分でなんとかしてくれるか?」

 顔に痣を作って、お腹を押さえて若干体を折って母は僕にそう言って、自分の財布の中身を確認したら、そのままつらそうに出ていった。数時間後、母が一番頼りにしているお姉さんである、上から2番目の伯母さんから電話が入った。その伯母さんからの電話で、僕はさっきのドスンドスン、ガターン、ボス、ボスの意味を知ることになった。そのあと父は一杯機嫌で鼻歌を歌いながら帰ってきて、そのまま寝てしまった。正直、僕は両親に、と言うかもう「この人たちに」と表現したくなるレベルで関わりたくなかった。だから父のことは放っておいて、何事もないように自分の食事を作って、ネリーと食べてそして眠りについた。

 このときばかりは母は本気で離婚を考えたらしい。1週間ほど母は帰ってこなかった。父はそのことを心配するどころか、うるさい監視役がいないとばかりに毎日ずいぶん早く仕事から帰ってきて、僕が塾から(本当は塾じゃないんだけど)帰ってくるまで飲んだくれていた。そして、僕が帰るとご機嫌で「頼れる板さんが帰ってきた」と言って、僕に肴の調理を要求した。

 父はお腹が弱い。ちょっと飲み過ぎたり、冷えたり、冷たい物を飲んだりしたら、すぐにお腹を下す。特に飲み過ぎで下したときには、しばしば潰れて寝ている間に下痢便を漏らす。そうなったときには、雑巾を洗ったりする流しで軽く洗ってからではあったが、父は自分が脱いだ物を洗濯機に放り込むだけで、それ以上のことを一切しようとはしなかった。これ、洗うの誰? どう考えても僕しかいない。家中がウンコ臭くなっている中、僕は汚れた服を洗って干した。ウンコの臭いなんて、そう簡単に取れるわけがない。なんで僕は人生で一番キラキラしているはずの中学生時代を、父の(シモ)の世話をして、学校でそして塾で(もう行ってなかったけどさ)馬鹿にされて生きなければいけないのだろう? もういっそ、死にたかった。

 唯一、僕が本当に何もかも忘れていられる時間が、ネリーと一緒に空を飛んでいる時間だった。このころ、僕はネリーにかなりアクロバティックなことを要求した。僕の手だけを持って飛んでくれとか、さらにそのまま空中で大旋回してくれとか。今から考えれば、ネリーにはずいぶん酷な要求をしてたように思う。だけど一歩間違えれば死ぬぐらいのスリルでないと僕は何もかも忘れることはできなかったし、死んだとしても僕にはこの世に何の未練もなかった。

 母は、伯母さんから、とりあえずもう一度だけ最後のチャンスをあげるつもりで話し合ってみたら、と勧められて、家に戻ってきた。しかしすぐには父と話し合う気になれず、また父の方から母に何のアクションがあるわけでもなく、僕の家の中は目に見えない「父母国境」が常にある状態だった。そうなると、両方を行き来して伝令の役目をするのが結局僕しかいない。僕は母から「自分がしたことについてどう思っているのか」を父にたずねる役目をして欲しいと頼まれていた。

 ある日母は、居間でクッションを枕にうたた寝をしていた。そこに父がやって来た。母が眠っていることに安心したのだろう、またお気に入りの缶チューハイを飲み始めた。僕はこの場からもう既に逃げたかったが、母からの頼み事の件も心に引っかかっていた。だけど、僕だってそんな、誰が考えても愉快な話になるはずない会話はしたくない。だから躊躇して、その日はとりとめのない会話だけで寝ることにした。翌日、母はまた伯母さんの家に逃げていった。

 伯母さんからまた連絡をもらって、僕はどうしても父を問い詰める役目をしなければいけないらしいことを知らされた。場合によっては、実力行使にも出なければいけないようだった。家の中で暴れたくないから、話があると言って一番最初にネリーとグミの実を食べたあの森に父を連れて行って、僕は父を問い詰めた。

「何で暴力なんか振るったんだ」

「あの女が生意気だからだ」

「だけど、飲酒運転が危険なのも事実だし、そんなことをしなけりゃチャンスとやらがつかめない会社もおかしいだろ。どこが間違ってるんだ? 言ってみろよ」

「子供が大人の事情を知る必要はない」

「いい加減にしろ!」

 そう言って僕は父を殴った。

「俺は全然納得できない。何もかもだ。何もかもだ! 周りにこんだけ嫌な思いをさせるだけの、ちゃんとした理由があるんならいまここで言ってみろ! 子供が大人の事情を知る必要がない、心からそう思っているんなら、僕を拳で黙らせてみろ!!」

 しかし父はゆっくり起き上がってこう言った。

「お前、父親に手を出したな。俺は覚えとくぞ。覚えとくぞ!」

 覚えとくからなんなんだ。それを説明することもなく、父はそのまま立ち去った。卑怯者の弱虫。僕はちゃんとわかってる。父親として僕に立ちはだかる覚悟もないし、殴っても殴り返される心配がない人間しか殴れないんだ。この男は。

 僕は後悔していた。父を殴ったことでもなく、父をそのまま帰らせてしまったことでもない。ネリーの森を、こんなレベルの低い争いの場所に使ってしまったことに。僕はそのまま膝をつき、悔しくて悔しくて、情けなくて悲しくてやりきれなくて、あとからあとから、涙があふれ出た。

 その気配を察するように、ネリーが家から飛んできた。このころには、家の天井裏が一面ネリーの体で覆われているレベルに大きくなっていたはずだ。

「ネリー、危なくても全然構わない。今日は僕のリクエストに応えてくれ。できるだけ速くできるだけ遠くできるだけ高く、できるだけ滅茶苦茶に、僕を空に連れて行って振り回してくれ」

 ネリーは、もう3メートルに近くなっていた体から僕を見下ろしながら、しばらくじっと考えているように見えた。たぶん本当は、ネリー自身そんなことはしたくなかったんだと思う。しかし、その日の僕はそうやって自分の命を危機にさらさないと気分が収まらないことを、たぶん感じ取ってくれたんだろう。大空に僕を連れて行って、滅茶苦茶に僕を振り回してくれた。

 やっぱりこのころ、僕の味方はネリーしかいなかったんだ。


   14

 逃げたくて逃げたくてたまらない僕の日々は、いつになったら終わるんだろう? かりそめにも「カゴから出た鳥」になれたネリーとの夜の散歩の時間以外は、僕は相変わらず踏みにじられて罵倒嘲笑されていたと言っていい。

 母は、それからしばらくしたら帰ってきた。帰ってくる決め手になった出来事は、僕にはわからない。母は(その兄弟姉妹も)古い考え方の持ち主だから、離婚というのをまるで犬畜生がやる行為みたいな言い方をしていたのは、それ以前から確かなことだった。いつ襲ってくるかわからない猛獣と一緒に暮らすように、このころの母は毎日を送っていた。

 僕にはこのころ希望進路を決めるという義務が課せられていた。陰湿塾長が「今狙い目な進学クラス」として推していたのが、僕に服をくれたお兄さんの出身校だ。なんとなくそこを受ける雰囲気も出始めていたが、中学の3年生の時の担任が「遠すぎるから自信を持って勧めるものではないけれど」と言って教えてくれた新しい高校があった。母と一緒に見学に行ったが、とにかく長時間バスに揺られなければいけない遠さだ。しかも校長は母が高校生だったころの先生のひとりということで、どこに行っても見張られているようでまるで凶悪犯罪者になったような気分にさせられた。この高校では受験前には学校泊まり込みで勉強するそうだ。体育会系で嫌だな、というのが正直な感想だったので、親には「考えさせて」とだけ言った。

 もう一方の選択肢である従兄のお兄さんが出た高校も、一応見ておきたかった。僕はその学校の見学会にも行ってみることにした。繰り返すけど、この県は南北に長く中央に位置する県庁所在地に東西の大幹線が通ってる関係上、その幹線をまたいでの移動は鉄道も道路も直通の道がない。だからその学校に通うのなら例のコトコト列車でターミナルまで出て、そこからまた列車、まだ電化されてなかったのでディーゼル列車に乗らなければいけないという場所ではあったが、そこにさえ目をつぶれば交通の便はこのあいだの新しいけど新興宗教の施設みたいな学校よりはるかに良かった。

 そして、学校はたぶん歴史が古いんだろうな。お世辞にもきれいとは言えなかったけど、僕はゴキブリさえ住めなさそうなきれいすぎる環境より、下手をすれば思わぬ(ちん)(にゆう)者と出会うようなほどよく汚い環境の方が好きだ。それに、学校泊まり込み! みたいな体育会系な暑苦しさも感じない、ほどほどのユルさを感じた。

 従兄のお兄さんが受験したころとは制度も異なっていた。特別進学クラスが作られてそこそこ実績ができてきたということで入学希望者が増えたそうで、授業料が全額免除される「特別ゴールドクラス」と半額免除の「特別シルバークラス」ができていた。入試は全員同じ試験を受けるが、上位者が「ゴールド」その下が「シルバー」に入るとのことだった。また、ゴールドクラスには部活禁止だが、シルバークラスの生徒には希望すれば部活動も認めていた。

 僕は数日間考えた。あの遠い高校はライバルがたぶん少ない。受かる可能性は高いかも知れない。だけど落ちたらそれまでだ。一方、お兄さんの行っていたこっちの高校なら、ライバルは多いだろうけど入れなかったときのためにシルバークラスというもう1枚の受け皿がある。

 数日後、僕はお兄さんが行っていた高校を受験することにした。決め手は、やっぱり泊まり込みで勉強オー!! みたいな体育会系ノリを好きになれなかったからだ。僕はそれを親に伝え、もしシルバーだった場合公立より授業料が高いが、それでもいいのかと念を押した。親は「お前のためなら頑張る」と言った。こっちに引っ越してきたときにも「お前のため」と言われているのを考えると、それを素直にありがたい言葉と受け取ることは、僕にはできなかったけれど。

 そんなことがあってからまもなくだ。僕が塾に行っていないことがバレたのは。どうやってバレたのか、それは僕にはわからない。案の定、僕は散々に罵倒された。数時間も罵倒され、ついに母は泣き出した。悪いのは僕じゃない。合わなかったらやめたらいいと僕を騙した母が悪いんだ。

「あんたはいつになったら、反省してくれるんや? 熱い涙を流してくれるんや?」

 母は三文芝居の台詞のようなことを言って僕を離そうとはしなかった。悲劇のヒロイン気取りか。けど僕が頭を下げないことには、この場が収まらないことは明白だった。

「あんたにはもう、何も期待してない」

 僕が謝ったら母は言い放った。そして、塾を見つけてきた伯母、暴力を受けたあと母が駆け込んだ伯母、そういう人たちからも、ひとしきり罵倒を受けて、謝罪行脚をしなければいけないらしかった。僕はこのときから、お小遣いをもらえなくなった。そして、謝罪の証しに毎日両親が家に帰るまでに晩ご飯の用意をします、という誓約書を書かされた。

 このとき母は、あのクッションで眠っていたときのことを話し出した。本当は、あの時起きていたんだそうだ。だけど、僕が父に対して何と言うのか、確かめたくて寝たふりをしていたんだそうだ。なんで私を殴ったことをお父さんに問い詰めてくれないのかと思っていたけど、今から考えたらあんたもやましいことをしていたから、ということに決められた。親の喧嘩の仲裁をするのが子供の義務であり、それができない子供は犯罪者になるんだな。誰だって他人の喧嘩に口出すようなことが面白いはずはないだろう。だけど母の中では、そうやって諜報活動を通じて得た「僕が喧嘩の仲裁をしなかった」という事実は、自分たち喧嘩を起こした当人よりも僕の方の悪事であり僕は悪者に定まった。

 この件を境に変わったことがある。僕を罵倒するという共同作業を通じて、両親の問題が片付いたことだ。結婚式の披露宴の司会者が言う、定番中の定番の台詞があるのを、知っている人は多いと思う。「おふたりの結婚後初めての共同作業」だ。なるほど、確かに共同作業は夫婦の絆を深めるようだ。いま離婚の危機にある子供のいるご夫婦がいて、本当はもう一度やり直したいと考えているんならば、なんでもいいから子供が悪いことにしてふたりで息を合わせて罵倒してみたらいいと思う。とても爽快に気分が晴れて、夫婦の未来に対して前向きになれるはずだ。こうして、凶悪犯罪者並みに見張られていると思っていた環境の中で、僕は見事凶悪犯罪者になったわけだ。

 ひとしきり罵倒されたあと、僕はネリーにこういうことになったよと話して聞かせた。ネリーは変わらずちゃんとした顔はなかったけれど、これまでで一番シュンとしているのが明らかだった。

「悪いのは全部僕なんだよ。世界中の不幸は全部僕が作り出してるんだ。だからネリー、お前が悪いんじゃないよ」

 僕はそう言ったが、どう考えても良くできたジョークではない。

 翌日、僕がクローゼットからネリーを呼び出しても、ネリーは出てこなかった。僕は天井裏に潜る方法はないかと試行錯誤した結果、和室の天袋の天井板が動かせることを発見した。そこに、ネリーの姿はなかった。僕の唯一の友達は、僕の元から遠ざかっていった。

 僕の「独房生活」が始まった。

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