連載第二回
5
なんだか、母の機嫌が良かった。
「あんた最近、友達できたんか? ズボンあれ外で遊んだんやろ?」
ああ、そうだよ、とだけ、僕は答えておいた。確かに友達ができたことには違いないからな。母が期待しているようなものとは違うんだろうけど。
母は子供のころ元気に外で遊んだことがいまだに武勇伝で、外で遊ばない子供は異常という考え方の持ち主だ。「嫁を取る男が家を持ってないのはおかしい」という発想もそうだが「正常」の範囲が時代ズレしている上に極めて狭く、幼いころから「外で遊べ!」とヒステリックに怒鳴られたことは1回や2回ではない。僕は幼いころから家の中で本を読んでいるのが好きな子供で、母にはそういう子供は異常にしか見えなかったようだ。「このくらいの歳に外で遊べないような子供は、将来犯罪者になるに決まってる!」と言われたこともある。こういう、子供の人格を全否定することを平気で口にして、そしてコロッと忘れるのが僕の母だ。それでいてたまに外で遊んできたら、服を汚したと言ってそれはそれでヒステリックに怒鳴られたりもしたのだが、友達の件と服を汚した件、どちらが優先なのかな。そういう考えを僕は持っていたが、どうやら友達ができた件の方が優先らしかった。
「こんど、うちに連れてきてな」
母はそう言っていた。いや、実はうちにいるんだけどね。たぶん、母が見たらその「あり得なさ」にびっくりして事態が飲み込めず固まってしまうんではないか。
「ああ、わかったよ」
とだけ答えておいた。要らないことをしゃべったら情報を渡すことにもなりかねない。
休みの日は嫌いだ。練り消しを外に出して遊ぶ時間が作れない。ポケットにでも入れて連れ出して屋外で遊ぶことも考えたが、そのとき既に練り消しはリスほどの大きさにまで育っていた。ポケットに入れていたら「何が入ってるの」ということになるだろうし、一時的とは言え狭いところに閉じ込めるのはかわいそうにも思えた。
こいつの住まいのことも気になっていた。いくらなんでも虫かごでは、いまやもう牢屋だ。ハムスターとか文鳥とか、そういうものを飼うという経験は僕もひととおりしていたので、せめてあのとき使っていたケージぐらいのものは用意してやりたい。ただそうなると、ケージを使う名目が見当たらない。このころ既に家が建って、僕は狭い部屋だが1室あてがわれていたので、その部屋にあるクローゼットに閉じ込めておけばなんとかなるのだろうか。
ただ、その考えには弱点がふたつある。ひとつ。練り消しがおとなしく暗いクローゼットの中で僕が指示するまでじっとしているかどうか。ふたつ。だいたい母親という生き物は子供にとって「隠しておきたいもの」の存在など認めない。他(エロ本とか)はともかく、練り消しだけはどうしても親に知られずに手元に置いておきたい。いや、そばにいて欲しい。
素直に僕は、練り消し本人に訊いてみることにした。
「僕がいない間、クローゼットに隠れていられるか?」
練り消しは僕のデスクの上で2回ほど大きく頷いた。そして宙を舞ってクローゼットの前に来ると、身振り手振りでここを開けろと言ってるのが僕にはハッキリわかった。両開きのクローゼットの扉を開けると練り消しは中に入り、今度は閉めろと言っていた。
しばらくあと、内側からごく小さなノック音が聞こえた。開けてみろという合図なのだろう。そう思って僕はクローゼットの扉を再び開けた。そこに練り消しはいなかった。
「隠れているんだね?」
そう言うと上の方から同じようなノック音が聞こえた。
「じゃあ、出てきてくれるかな」
そう言うと練り消しはクローゼットの中の天板の端からにゅるにゅると出てきて、また元のとおりの人型になった。そうか、天井裏という場所があるんだな。そしてこいつが練り消しであることを、僕はすっかり忘れていた。わずかな隙間さえあれば、こいつはいつでも天井裏に入り込める。ケージなど用意しなくても良さそうだ。
僕は意思疎通ができて、気持ちを合わせて行動できる友達ができたことをこのとき心から実感できた。小動物を愛でるように、僕は練り消しを両手の中に収めて頬ずりをした。その圧力でグニャッと曲がりながら、練り消しも喜んでいるのが感じ取れた。僕は少し、涙を流した。
こうして問題が片付いた夜、僕は夜中に起き出して台所へ行き、あるものを適当に選び出して練り消しに食べさせた。いて欲しくない親がいる日は、この手で一緒に乗り越えることにしよう。安心した僕はその夜ぐっすり眠った。
6
ある日、学校から帰ると、テーブルの上にメモが残してあった。
「あんた、最近夜中にもの食べてるんか? そんなことしたらあかんよ。正常な人間の生活ではないよ。晩ご飯しっかり食べてもええから、夜中にもの食べるのはやめなさい」
僕は、ふう、と溜息をついた。たったこれだけの文章なのに、どうしてこんなに反発したいことを詰め込めるのだろう? 正常な人間の生活? 正常な中学生の生活を保証してからほざいてくれ。晩ご飯しっかり食べてもいい? いままで何回、これは何々にするつもりで買っておいたものなのに勝手に食べるなと僕をどやしつけた? しかしこういうことを書いているということは、練り消しの存在には気付いてないということはわかる。
いずれにせよ、この「しっかり食べてもええから」という言葉を、冷蔵庫にあるものを好きに食べてもいいから、と解釈することはあまりにも危険だ。すると、僕にできることはご飯を多めに炊いて白ご飯で食欲だけを満足させるという、貧乏人ならではの食生活を送ることしかない。僕はいつもよりも2合多く米をといで炊飯器にかけた。おかずは何がいいだろう。見る限り、一番安そうなのは鶏のもも肉だった。2パック4枚。食べるにしても1枚だけにしておいた方がいいのだろう。だが、ネコほどに育っていた練り消しの食欲はこのころますます旺盛になっていて、とりあえず満腹させるだけでもかなり難しくなっていた。僕は2枚をホイル焼きにすることにした。1枚が僕の分、1枚が練り消しの分。
「さあ用意できたよ。相変わらずのお粗末なご飯だけど、これで食べよう」
そう言って僕はお皿を2枚、テーブルに並べた。
このころ、練り消しは食べ物を「手に持って食べる」という行動を既に覚えていた。ただ、細かくその行動を描写するなら、腕の先を食べ物にあてがうと、ニョキニョキとふたつの指状のものが伸びて、それで挟んで口に持っていくという状態だったので、箸などの道具を使うレベルにはなかった。僕は自分の食事より先に、練り消しの分の鶏肉を細かく切り分けて、手に持っても熱くないように冷まし、練り消しの分のご飯をできるだけ小さくおにぎりに丸めて、持ちやすいように味付け海苔で巻いてやった。
「お腹が膨れるってだけのものだけど、これで勘弁してくれよ」
僕はそう言って、自分の食事にもかかった。練り消しの食事風景を見ていると「おかずの味でご飯を食べる」という、日本人が普通にする食事のあり方を理解しているようだった。僕を見ていて覚えたのだろうか。この練り消しがそういう文化の出身なのだろうか。
「なあ、お前ってそもそもどこから来たどういう生き物なんだ?」
テーブルの上で胡座をかいて座っている練り消しに、僕はズバリ訊いてみた。練り消しは、まるでネコだましを食らったネコのようにきょとんとしていた。僕の訊いていることがまるで理解できないというような様子だった。もしかして練り消し自身、自分がどういう生き物なのかわかっていないんじゃないだろうか?
「いや、何でもない。悪かったね、変なこと訊いて」
僕はそう言って食事を続けながら話題を変えた。
「なあ……そういえば、お前ってまだ名前がないよな。そろそろ名前を決めようか」
僕がそう言うと、練り消しは食べかけていたおにぎりを慌てて飲み込んで、首を上下に激しく振った。
「そうか、名前なあ……生き物飼い始める度にネーミングセンスがないって言われてきたんだよな。あまりひねらずに行こうか」
そう言うと、やっぱり練り消しは首を縦に振った。
「……ネリー、で、いいか?」
そう言うと、練り消しは立ち上がりバンザイをした。どうやら気に入ってもらえたらしい。
「じゃあ、早く食事終わらせて、やることやって寝よう。あのふたりが帰ってこないうちに」
そう言って僕たちは食事を続けた。鶏もご飯も食べてしまってから、ネリーはまだちょっと物欲しそうにしていた。
「もっと何か食べたいんだろうな。だけどなネリー、もう食べられるものはご飯しかないんだよ。ご飯だけ食べられるか?」
ネリーは納得がいかない様子で、頭を左右に傾げていた。しかたがないので僕は冷蔵庫の中、そして台所中をあさった。すると冷蔵庫横に置いてある棚からふりかけが見つかった。とりあえずこんなものでネリーの食欲をごまかせるだろうか。僕はご飯を1膳炊飯器から再びよそい、そこにふりかけをかけてご飯と混ぜ合わせ、同じように小さなおにぎりにしてみた。
「こんなものだけど、腹の足しぐらいにはならないか?」
ネリーはひとつ食べて、コクンと1回頷いて、食べ始めた。それも食べ終わると、ネリーのお腹は落ち着いたようだった。僕もそれなりに満腹したし、お茶でも飲もうかと思って気がついた。ネリーが水を飲むのかどうか問題が未解決のまま残っている。いくらなんでもお茶は飲みそうに思えなかった。そうなると、ただの水? それもなんだか哀れな話だ。あとは冷蔵庫には牛乳ぐらいしかない。両親の語るところによると、僕は幼いころから大変な牛乳好きで、自分でも記憶にないぐらいに幼いころから、牛乳をひとりで買いに行ったりしていたらしい。だから牛乳だけは欠かさないように、というのが、母なりの我が子に対する責任感の表れだったようだ。
でも、人間用の牛乳って、動物に与えたらまずいとかそういう噂も聞くよな。そもそもネリーは動物なのかどうか僕もわかっていなかったのだが、牛乳は飲めるのかどうか本人に訊くことにあまり意味があることとは思えなかった。ネコとかだって、人間用の牛乳を与えたら飲んでしまうそうだから。僕は覚悟を決めた。もし飲ませてネリーの体調が悪くなってきたようだったら、明日学校に出たふりをしてどこかに隠れていて、両親が両方とも出かけたあとを狙って帰ってきて看病をしよう。何を言われるかわかったもんではないが、いまや僕にとって何よりも大事なのはネリーだった。
マグカップに牛乳を満たしてやって、僕はネリーの前にそれを置いた。僕自身には別にお茶を淹れて飲んだ。牛乳の量は少しネリーには多かったようで、マグカップの底の方に牛乳が残っていた。僕は何気なくその牛乳を啜った。啜ってから思ったが、ペットを溺愛してる人だって、ペットに与えた飲み物の残りを器から直接飲んだりしないよな。いま僕が両親の飲み残した飲み物を飲めと言われたら躊躇するかも知れない。
風呂に入って、髪を乾かし、クローゼットに入っていくネリーにお休みを言ったあと、僕は両親が帰ってくる前に眠りに落ちた。
翌朝、いつもより少しだけ早めに起きて、ネリーを起こした。
「ネリー、体の調子に悪いところはないか?」
ネリーは特段、変わった様子もなかった。
「よかった。じゃあ、いつも悪いけど、僕が帰ってくるまで天井裏に隠れていてくれるかな? なるべく早く、帰ってくるからさ」
ネリーはまた天井裏に忍んでいった。僕は弁当を持って、学校に行った。午前中の4限が終わって、弁当の時間になった。弁当の包みを開いたらメモが置かれていた。
「あんたが鶏肉を食べてしまったので、今日の予定していたおかずの鶏照り焼きが作れませんでした。今日はこれで辛抱しなさい」
メモ用紙にはそう書いてあった。弁当箱を開けると、おかずは塩昆布と目玉焼き、そしてご飯の真ん中に埋め込まれた巨大な梅干しだけ、あとは全面にふりかけがかかったご飯だけが、弁当箱の大半を占めていた。転校前の中学は給食制だった。何だか、僕を意のままに操るための道具をまたひとつ親に握られた気がして、その弁当を食べきるのは苦痛だった。
7
ネリーはますます大きくなり、歩くことを覚えた子供ぐらいのサイズにはなっていた。そしてまた、ますます食欲を増していた。ネリーの食欲をどうやって満たすかが僕の悩みの種になっていたが、食事のたびに異常に多くのご飯を炊くことと、弁当を我慢して食べずに持って帰ることで対応していた。
学校から帰るとまずすることはネリーに弁当を食べさせることだ。そしてできるだけ早く晩ご飯を用意すること。朝はギリギリまで眠っていて逃げるように学校に行くのは全く変わっていなかったので、僕はこのころ晩ご飯しか食べていなかったことになる。
いつものように簡単な料理と大量のご飯をネリーとともに消費すると、僕はその日は多めに出ていた宿題を済ませるのと入浴はどちらを先にするべきか考えた。風呂に入ってから長々起きていたら湯冷めする可能性があるが、宿題を済ませてから風呂に入ってこういうときに限って親が早めに帰ってきたら本当にしゃれにならない。だから僕は、先に風呂に入ることにした。湯冷めしないようにはんてんを着込んで、僕は宿題に手を付けた。
デスクの上の作業を、ネリーは興味深そうにのぞき込んでいた。そこで僕は、父の部屋から事務用の椅子を持って来た。それは「ひとりきりの営業所でも、俺は営業所長だから」という理由で買ったでかいデスクの前に置いてある、贅沢なぐらいの椅子だ。あの会社の「西日本営業所」だった部屋から、自分の部屋へ椅子を転がして入れた。
自分のデスクの前に椅子をふたつ並べて、木でできた学習用の椅子に僕は座り、高さ調節機能がついた事務用椅子は一番高くしてネリーを座らせて、僕は宿題を続けた。
「なあネリー、こんなところ、見てて面白いのか?」
そうたずねてみた。予想外に普通に、ネリーはコクンと頷いた。
「そうだ、お前の名前を書いてやろうか」
僕はそう言って、デスクの棚に乱雑に突っ込んである古いノートの1冊を取り出した。最後の1枚を破り取って、僕はマジックで大きく「ネリー」と書いた。それを見せると、ネリーは無邪気に喜んでいるように見えた。
僕の記憶の中から、ある光景がよみがえった。やっぱり、引っ越し前の中学での出来事だ。
前の中学は、ちょうど僕らが入学したときから市内の公立中学の区域分けが変更され、3年生2年生は5クラスしかなかったが、1年生は8クラスあった。急に家が建ち並びはじめた広大な範囲が、この中学の校区とされたからだ。だから、小学校の時には顔を合わせるはずもなかった多くの同学年と、僕は一緒に過ごすことになった。例の1年生で1級のふたりも、そこらへんに住んでいる連中だった。その辺りは時代背景もあって「高級住宅地」として売りに出されていたようで、そのせいかも知れないが新しく顔を合わせる連中には美少年美少女が多かった。1級のふたりのうち、ひとりは上級生の女子がわざわざ体育館に稽古を見に来るぐらいの美少年だった。そしてもうひとりはその腰巾着、そういうふたりだった。
そういう経緯でクラスメイトとして初めて出会った女の子。どういうわけか、僕に興味を持っていたらしい。隣のクラスに、僕が小学校のころからの親友がいた。なので、僕は休み時間になるたびに、廊下でこの友達と話し合っていた。僕とこの友達との会話の特徴なのかも知れないが、言葉遣いがいちいち大仰になりがちだ。今度こんなテレビ番組が放送されるが見られそうか? いや、ちょっと難しいかもな、それだけのことなのに、テレビ番組に向けて体制は整えられそうか? いや、なかなか危険な情勢だ、そんな表現をする。それが彼女のツボにはまったのかも知れないが「だめだよ、危険な女性の話なんかしちゃ」とケラケラと笑って茶化しながら近づいてきたりした。
勉強の話なんかも、よくするようになっていた。
「だから、この式はそうやって解くよりも、まずyイコールの形に変形した方が早いよ。両方の式がイコールyなんだから、つまりxを含むこの式は両方同じだろ。だからこれをイコールで結べば、xと整数だけの式になる。それで、形を整えてやれば、xの値が出てくる。これさえ出てくれば、1番でも2番でも好きな方のxに代入してやれば、yの値がすぐに出てくる」
「すごーい! 結構勉強できるんだね!」
「まあ、これでも将来の夢は学者だからね。中学1年レベルで躓いてられないよ」
「それもすごいなあ。今の段階からもう将来の夢があるんだ。私なんか、まだ自分が大人になること自体が想像できないもん」
「なりたいものとか、ほんっとうに何にもないの?」
「ないなあ。女の子の夢って言えば、女優とかアイドルとかあるけど、そういう方面にも私ほとんど興味ないし、かと言って無難にOLやって無難に結婚っていうのも何か違う気がする。何なんだろうな、私の夢って」
「まあ、まだ焦って決めることもないんじゃね? 中学校にいるうちに見つかったら、俺に教えてくれよな」
「うん、約束する!」
そんな会話を、椅子を並べてしたものだった。とても「彼女」なんて表現できるものではない。まだ子供っぽい関心を、お互いに持ち合っていたに過ぎないと思う。だけど、そのまま向こうにいたら、人生初彼女になったのではないかとも思う。名前は、早川さん。早川幸智さん。幸だけで「さち」って読めるのに、わざわざ「智」って付けてるのって変じゃね? と言ったら、字面から読み方が想像できない人に言われたくなーい、っていう返事が返ってきたっけな。自慢じゃないけど、かなり可愛かった。
彼女だけではない。早川さんが一番仲良くしていた、3人あるいは僕の友人も含めて4人でよくくだらない話をしてケラケラ笑った小原さんもすごく可愛かったし、やっぱり同じクラスで、1年生ながら陸上部でかなり期待されていた堀川さんは顔が可愛い上に体がムチムチで、走ってると胸が揺れてなかなか刺激的だった。いまの中学から見たら可愛いもんだが、不良少女グループだった大山さん、林さん、岡田さん辺りだってかなりの美少女軍団だった。
僕はそんな思い出が記憶の底からあふれ出してきて、急に寂しくなった。早川さんがもう夢を見つけているんであれば、ぜひ知りたかった。だけど、僕たちはまだ住所や電話番号を交換するほど親しくはなかった。……会いたい。あの時を一緒に過ごしたみんなに会いたい。あの1級のふたりにしか会えなくても構わない。いまの学校の連中から比べたら格段にマシだ。
そんな人たちの顔が、目の中に次々に甦ってきて、しばらく僕はぼうっとしていたらしい。ネリーが、僕の腕をトントンと叩いた。
「ああ、ゴメンゴメン。ちょっとセンチメンタルになっちゃった」
ネリーが、僕の腕に両腕を回して、頭をつけてきた。僕の涙腺は決壊した。
「そうだよな。こっちに引っ越してきたから、今はネリーがいるもんな。だから寂しくはないよ。一緒にいような、ずっと一緒だな」
僕はそう言って、ネリーの頭を抱えてひとしきり泣いた。
「そういえばネリー、お前には彼女とかいないのか?」
流れる涙を止めるために無理矢理思考の中身を替えようと思って、僕はネリーにたずねた。ネリーはきょとんとしているように見えた。考えたら馬鹿な質問をしたものだ。こういう生き物って他に見たことないのに、彼女がいるかもない。だいたい、有性生殖で殖える生き物なのか? いや、そもそも生き物なのか? 栄養を摂ってエネルギーを消費していることは間違いないのだろうが、新陳代謝するならば老廃物……平たく言えばオシッコやウンコが出るはずだ。だけどそんなところは見たこともない。たぶんネリー自身よくわからないのではないだろうか。
宿題を済ませて、僕は寝床についた。前の中学の仲間たちの顔が浮かんでは消えして寝入りが悪かったのは確かだが、ネリーがいなかったら僕はもっと悲しい気分になっていたに違いない。
翌日、やや睡眠不足気味の状態で登校して相変わらず誰とも関わらないようにぽつんとしていたが、気づかれない程度に目で行き交う生徒を追っていた。そして、どうしてこの学校には男も女も不細工しかいないのだろう、そう思って誰にも見られないところで溜め息をついた。僕から見れば、こいつらの方がよっぽど気持ち悪い。だけどそれは、この学校においては究極の少数意見だった。
8
同じことを言うのは2回目になるが、休みの日は嫌いだ。母は、祖母の飲食店を手伝っているので、定休日はないに等しい。だが、父はこのころ職を転々としていたとは言え、形式上は一応サラリーマンであり、土日祝は基本的に休みだった。
すべて自分の無能のせいとは言え、年齢も高くて特に技能もない父はこのころフルコミッション制の営業の仕事にしかありつけず、だから売れずに転職を繰り返していた。業務用浄水器、学習教材、屋根瓦、電話機、住宅の外壁リフォーム……僕が思い出せるものだけでもこれくらいはあったはずだ。だから憂さを溜めていたらしく、休みの日には昼間から酒を呷ることも珍しくなかった。
だが、それに母が噛みついた。そもそも、飲食店をやっている祖母は父の養母だ。にもかかわらず、父が全く音信不通なのを祖母が快く思っていないらしい。偉そうに、と僕なんかは思うが、今から考えたら生活費を「借りる」という形で祖母に頼っていて、ある程度義理を立てなきゃ仕方なかった部分もあったんではなかろうか。
また、その店のすぐ近くにある母の実家、そこで家業の店を切り盛りしている母の長兄にもたまに挨拶に行け、と母は言っていた。母は、兄弟姉妹は母を含めて男ふたり、女が5人だ。末の妹は結婚していないが、他は全部結婚している。なぜか妹や弟は、配偶者がいる場合はその配偶者も含めて、この長兄のところに定期的に詣でるのが義務みたいな扱いになっていた。
そんなわけで、ある日曜日、僕は父と一緒に祖母の店と母の実家に行くことになった。電車に乗らないといけないと言えばそこそこ距離があるとわかってもらえると思う。手土産はいま僕の家があるところの名物がいいだろう、と父は言ってお菓子屋さんに行きそれを1ケース買い、僕たちは電車に揺られた。
僕は本当に気乗りがしなかった。会いたくない人たちばかりだからだ。行きの電車の中で、向かいの乗客がたまたまミニスカートをはいた美人のお姉さんで、スカートの奥がはっきり見えたのだが、健康な男子中学生ならウハウハなはずのこの状況でも心はサッパリ躍らなかった。僕の頭はネリーのことでいっぱいだった。家にひとりでいる間、ネリーはどうやって過ごしているのだろう。どうにかして食べ物を与えなければいけないが、もし晩ご飯まで外で食べて帰ることになったら僕はネリーに食べ物を用意するきっかけがなくなる。そうなったらどうしたらいいんだろう?
ともあれ、僕たちは電車を降り、まず祖母の店に着いた。昼ご飯時まではまだちょっとある時間に着いたので、祖母と両親と僕とでとりとめもない会話をした。僕はハッキリと反感を持っていたが、それを表に出すとこの世の中に僕の居場所がなくなることぐらいは理解できた。だから僕は「可愛い孫」を演じた。僕ひとりだったら破滅しても構わないくらいの気分でいたが、このころの僕はネリーを守るためならばどんなことでもできる気がしていた。
昼時が近づいてお客さんが増え始めるタイミングで僕たちは店をあとにして、母の実家に向かった。僕から見て伯父に当たるこの人も僕のことを可愛がってはくれる。だいたいこういうとき伯父は伯母に店番を任せて家の中で長々と僕たち親子と話し込む。その日は、父と酒の話で盛り上がっていた。伯父は最近見つけた飲み口のいい酒というのを出してきた。日本酒ではない。角瓶に入った洋酒だった。ということは、そこそこの度数があるもののはずだ。父と数回グラスをやったり取ったりしたら、伯父は僕にも「飲んでみるか?」と勧めてきた。
僕はそのころビール以上の酒を美味しいと思ったことがなく日本酒でもキツいと思っていたが、そのとき勧められたそれは意外にも強いアルコール飲料特有の「これはキツい」感が全くなくさらりと喉を通り過ぎてしまった。お腹の中がほっこり温もって軽くいい気分になった。なるほど、現実逃避にはいい道具かも知れない。
そこへ伯母が入ってきた。そして伯父は怒られていた。店が忙しくなってきたということで、僕らは店をあとにした。そしてもう一度祖母の店に寄ると、完全に昼食の客がはけていないということもあり、帰るね、とだけ言って僕ら父子は帰路についた。
駅までの道すがら、特に話すこともないので黙っていたら、突然父がこう言った。
「だんだん、これが自分の街だなって思えてきただろ?」
卑怯者。父も母もそうだが、僕がこの街にいまだなじめていないのはどう考えてもわかっているはずだ。それは僕にはなんの責任もない。一方的に親の都合で行動した結果、僕は全く味方がいないいまの環境に置かれている。そのことについて僕に対して申し訳ないという気は全くないのだろうか。そしてこうやってサブリミナル的に「なじんできた」を刷り込んで、僕をこの街の人間にしようというのか。僕にこの街が僕の街だと思って欲しかったら、まず「申し訳ないけど自分たちはお前のために用意できる環境としてこの街しか選べないんだ」と言って謝ることが先じゃないのか。だから、僕は何にも答えずに、ただ黙っていた。
僕たちは、来た道を逆にたどってまっすぐ家に戻った。よく考えてみれば、このころの父に「たまには外食するか」なんて甲斐性があったはずがない。増して外で一杯引っかけるなんてこのころは夢のまた夢だったはずだ。父の頭の中には、一刻も早く帰ってウィスキーを呷りたいということしかなかったと思う。
果たして、家に帰ったらそのとおりの成り行きになった。父は全くの料理音痴だから、それはつまり僕が父の給仕役を務めなければいけないことを意味する。うんざりしたが、適当に酒の肴を用意して、機嫌良く応対してやるだけで父はグラスをぐいぐいと空け、完全にいいご機嫌になったところで勝手に寝てしまった。
僕はその時間を待って、ネリーに久しぶりにいろんなものを食べさせた。あとで訊かれても父が食べてしまったことにすれば済む。父はそもそも酒にだらしなく、もう一杯、もう半分などと言いながらだらだら飲んで、結局は潰れることが少なくないからだ。高鼾の父を寝床に突っ込んで、僕とネリーはゆっくりと風呂に入って、一緒に牛乳を飲んで、そしていつものように眠りについた。結果的には、ネリーにちゃんとした食事をさせることができて、僕は嫌な思いをした甲斐があったと満足していた。
翌日起きてわかったことだが、そのあと父は母に叩き起こされ、いつものごとくバトルをしたらしい。理由は、父が選んだ祖母への手土産が、祖母が大の苦手にしている食べ物だったこと。気の強い祖母は怒りを母にぶつけたらしく、言い返せない鬱憤を母は持って帰ってきて父にぶつけたと、こういう次第だ。眠っててよかった。僕が一番嫌いなタイプの諍いだ。これで、この街を好きになれ? 冗談も休み休み言って欲しい。




