幻想入り以前の少女①
「お前には人の心がないのか!」
それが男の遺言となる。
壁に追いつめられたそいつは、涙をこぼし、そう叫んだ。私はその姿を哀れだと思いつつ、槍のような武器を突き刺した。何度繰り返しても、喉を貫く音には慣れそうにもない。いくら人通りが少ない場所といっても、誰かに聞かれたら大事だという恐怖に当分は。
やがて、今いる路地裏にただ一つたたずむ街灯が静かにここを照らした、目の前には、涙と血で塗れ、喉に刺さった私の武器に支えられる形で立っている男だったもの。そっと、頬に触れて温もりを確認する。だんだん、冷えていくのが分かる。まだ、温かいうちにやらなきゃ意味がない。私は男の頭を掴み、槍を勢い良く引っこ抜く。そして、首筋へかぶりつく。
やはり、人間の生き血は良い。
生き血は死体の血とは違い、満たされる魔力と妖力。なによりも美味しさが違う。一応、人間と同じ食事も食べれるが、私の4分の3以上を占める種族が渇きを満たされることはない。一般的には人間が寝ている隙に吸血するらしいが、私は不器用だから毎度人を殺して血をギリギリまで吸っている。
「まーた人殺してる。」
上から聞き覚えのある声が聞こえ、そちらを見上げる。朧気な月明かりでもはっきりと見える桃色の髪をたなびかせ、髪とお揃いの瞳を怪しく光らせた少女が街灯から私を見下ろしていた。
「姉上。」
自然と、いつものように彼女を呼んでいた。
「あのさ…なんでいつもグロい死体の作ってんの?もっと、こう…きれいなの作れない?」
彼女は死体の方に目を向け、顔を歪めながらそう問いをなげた。
ふっ、と笑ってしまうような問いだった。
「そんなの決まってるじゃん。私が人を殺したくないからだよ。」
おかしな答えだと自覚している。人殺しの種族がそれを拒む。実に滑稽だろう。でも、
「殺したときの断末魔、痙攣する死体。それがダメなんだ。初めて殺したときもそう。その行動の一つ一つが、そいつの人生を私が奪ったと囁いてくる。私の心が壊れそうなんだ。
だから、断末魔も痙攣も起こさないうちに殺す。それには、喉を潰して一気に殺す。」
内蔵を引きずり出しながら応える。赤黒いものが外にsだらけだされさらけ出され、遂に姉上は顔を覆ってしまった。
私の答えに納得がいったのかは分からないが、
「帰ろうか、亜月。」
そういって街灯から飛び降りた。
知らないうちに人の気配が近くなっていた。すぐにでも立ち去るべきだろう。
「そうだね、心姉。」
美味しくない部分を放り出して、先程使った槍を振るい空間に裂け目をうみだした。
空間に裂け目を入れられた路地裏。街灯の下には二人の少女が照らし出されていた。
一人は桃色の髪に桃色の瞳の背丈153くらいの少女。パーカーにスカートという街中に出てもそこまで目立たない装い。
もう一人は真っ白な髪に真っ赤な瞳の背丈170くらいの少女。白のブラウスに真っ黒なワンピースを合わせた装い。そして、彼女の影はとても薄かった。
二人は男の頭と内蔵を残してどこかへ消え去ってしまった。