一話 幕開け
初投稿です!
読んでくれるあなたに出会えてよかった!
窓から差し込む朝日に当てられて目が覚めた。
寝起きでまだ意識がおぼつかない中、辺りを見回す。
白く無機質な六畳ほどの部屋には今自分が寝ているベッドと、そこから足側に見える扉しか無く、酷くさっぱりとしている。
手をついて起き上がろうとするも、まだ慣れない義手の感覚故か、バランスを崩して床に転がり落ちてしまった。
ドスっと大きな音を立てて落ちると痛みのおかげか途端に頭が冴えはじめる。
寝台の上にある目覚まし時計は既に午前七時を指していた。
それが意味することに気づくと、秋月海斗は痛みも気にせず走り出していた。
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「寝坊か?海斗。」
食堂につくと目の前でニヤニヤと鼻につく笑いを浮かべる男と
「コラッ!また寝坊だよ〜海斗〜。」
と不満をもらす幼馴染の姿があった。
男の名前は幸田宏光、隣にいる幼馴染の女の名前は杵築玲奈。
二人とも見慣れた友人だ。
「わりい。変な夢見てたみたいで」
そしてこれもまたいい慣れた台詞だ。
「またそれ〜?」
「もうちょっと言い訳のレパートリーを増やした方がいいぞ」
二人は口々に言う。
この話は、確かに嘘ではないが、訳あって二人には夢の内容を話せないためいつも嘘呼ばわりされている。
嘘ではないと証明もできないため、激しく抗議はしないが。
「まーでも、今は特別休暇でしょ?なら別に寝坊してもいいじゃん。」
宏光が気の抜けた声で言う。
宏光の言う臨時休暇というのは軍事学校の休暇だ。
現在戦争中のここ、日本では軍事学校が各地に設立されていて、俺と宏光は二人共同じ軍事学校の生徒だった。
本来ならそんな境遇の俺らに休暇など許されないが、今回は特別に任務を失敗した俺のメンタルケアと義手のリハビリを目的として(それは二人は知らないが)休暇を与えられた。
ちなみに宏光は友人+手伝い役として一緒に休暇を与えられているが、彼自身には休んできていいとだけ伝えたらしく、本人は学校の機嫌を損ねたのではないかと要らぬ心配をしていた。
「ヒロ君の言うとおりだけどそれでもご飯が冷めたら嫌じゃない。美味しく食べてほしいし。」
嫌じゃない、のところで少し声が張り上がった。
真面目者の玲奈は計画通り行くことになによりの達成感を得る管理したがり屋さんである。
休暇なので休みたいが、確かに温かい内に彼女の美味しいご飯を食べておきたい。
睡眠欲をとるか食欲をとるか、三大欲求が二柱の、決戦が始まっていた。
「ごめんごめん、玲奈。ほら皆でご飯食べよう。」
いつものように謝ると彼女の顔がパッと晴れる。
少しめんどくさいところもあるが根は単純で良いやつで、少し可愛いから、どうも放っておけないまま三歳の頃から十四年だ。
いつになっても、何があっても、故郷が潰されてもこの関係は変わらないな、とプレハブの食堂でそう思った。
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ご飯を食べ終わると始まるのは特訓だ。
といってもそこまで激しいものではない。
軍事学校に入った直後の時に行うレベルの筋トレや対人体術。
要は体作り。
しかし俺の場合、目的は体作りではなく段階的なリハビリである。
十歳の少年少女達が苦難するようなレベルのものを、あと一年で学校を卒業という俺が苦戦してはいけないのだが、いかんせんそうもいかない。
このもどかしさも何度目か。
「ウォームアップ、済んだか?」
宏光が腕立てをする俺を覗き込む。
「あぁ。じゃあ相手を頼むよ。」
「よっしゃばちこい!」
気合バッチリのヒロに真正面からぶつかるも、右手が思うように動かず軽く一本とられてしまう。
「なんでそんな単調な攻撃すっかねー。」
呆れた口調でヒロが言う。
「リハビリだから、勝つことよりも動かすことの方が大切だと思って。」
そう言うと彼は少し眉を寄せる。
「で、でもよー。リハビリ終わったらここでの生活終わっちまんじゃねーかと思うと、少し、ゆっくりしてもいいんじゃねっつぅか……。」
それは従軍に対する批判とも取れるためか、ヒロの言葉には背徳的な響きと素直な望みの音を聞き取れる。
「なんで知ってるんだ?」
しかし俺はヒロの察しの良さに驚きを隠せなかった。
ヒロはただ、休んでいいとだけ伝えられたのにまさかこの休暇の意味を見抜いているとは、良い意味で余裕を持っているのだなと見直した。
「やっぱりそうなのかよ!なら尚更、俺はやっぱり……」
「ヒロ、ダメだ。俺らが逃げても他の人間が苦しむだけだ。力がある人間が逃げることは、怠惰だよ。」
「でも、やっぱり、俺は死にたくねぇ。ここに来て、玲奈と海斗と暮らす内に思い出しちまったんだよ。村での、子供の頃の事。」
少し震えたその言葉に返す言葉が見つからない。
沈黙が流れ、風の音だけが耳に入る。
その音に俺もまた、子供の頃を思い出していた。
虫を追っかけ野原を駆けたあの日。
草を押し分け森を探検したあの日。
水をかけあい川で遊んだあの日。
どれもこれも少しずつモノトーンがかかっているのに宝石のように光り輝く大切な思い出。
にわかに実感させられた七年かけても拭いさるどころか、増長していた戦争への恐怖、そしてその悲惨さに、俺はただ。
夕陽で赤みがかった空を見上げるしかなかった。
風に煽られた雲が夕陽を隠し、雲から漏れるその色は、あの時のように、さながら真っ赤に滲む血のようだった。
意識せず、右手を抑えていた。
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