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太平洋の双翼  作者:  カズヤン
22/38

22. 仏印と機織り

 1940年(昭和十五年) 九月


「...北部仏印に進駐を開始した」

会合に集まった緋村達に対し、東條はそう言った。


「仏印は戦略的に重要な土地だ。どうしても押さえなければならない。」

「しかし閣下。南部まで進駐した場合にはアメリカの怒りを買うことになります。」

 意気込む東條に対し、杉野はそう言って抑える。


「...開戦後に進行するしかあるまい。仏印のゴムは確保せねばならんからな。」

 日本は史実と同じく仏印進駐が行われた。ただし、杉野が言ったように南部への進攻は行わないというのが陸軍の方針であった。


「しかし、やはり史実と同じく石油の輸出禁止が行われたのは痛いな。」

 杉山大将が顔をしかめながらそう言った。


 八月に結ばれた日独伊三国同盟は、山本長官や米内などの反対も空しく、史実通りに結ばれた。アメリカはそれを批判し、石油の対米輸出を禁止したのである。


「満州の油田があるので、重油や軽油は史実よりマシですが、ガソリンの不足は決定的ですね。」

 杉山の言葉に緋村はつぶやいた。満州の油田は一昨年から本格的な採掘が行われていたが、元々の石油の質が悪いため、高オクタン価なガソリンは精製出来なかった。


「ドイツから人造石油の製法を教わって製造を行ってるが、まだ量が少ない。」

 東條が酒を飲み干してそう呟いた。


「まあ、石油に関してはこれくらいにしましょう。とにかく今やれることをやっていくしかありませんからな。」

 山本長官が東條と杉山に対しそう言った。


「しかし、アメリカの次の動きが気になりますね。」

 緋村の言葉に山本は頷く。


「何事もなければ良いのだがな...」

 そう山本は回りに聞こえない声で一人呟いた。



 その翌日、緋村は横須賀航空隊の指揮所ピストの中で新聞を読みふけっていた。

「珍しいな。緋村が新聞読んでるなんざ。」

 指揮所に入ってきた土方がからかい混じりにそう言った。


「俺だって新聞読む事くらいあるぜ。」

「そうかい。で?なんぞ面白い記事でもあるか?」

 そう言いながら土方はポケットから煙草を取りだしながら緋村の横に座った。

「特には無いな。強いて言うなら、欧州の戦線の記事くらいかな。」

 そう言って緋村は欧州戦線の記事を開いて土方に見せた。新聞には欧州の戦況やドイツ空軍の写真が掲載されていた。


「ドイツとイギリスの戦いは一進一退だな。」

「ああ、今のところはな。」

 土方が新聞を覗き込みながら緋村にそう言った。この頃ドイツはイギリスとドーバー海峡を挟んで激しい航空戦が繰り広げられていた。俗に言う「バトルオブブリテン」である。


「土方はドイツとイギリス、どっちが勝つと思う?」

「ん?そうだな...まともに考えればドイツと言いたい所だが...イギリスだろうな。」

「その理由は?」

「昔から戦いは攻めるよりも守る側が有利だろ?イギリスは例え撃墜されても自分の領土だし、パイロットが無事なら機体を乗り換えて出ればいい。ドイツはイギリス上空で撃墜されたら捕虜になって帰還はできねえし、帰りの燃料なんかを考えながら戦わなきゃならない。イギリスは帰りの燃料なんか考えなくていいからな。」


「驚いたな。他のやつはみんなドイツって言ってたから、てっきりドイツと言うかと思ったぜ。」

「他の連中はドイツがフランスを落とした勢いでイギリスも落とすと考えて言ったんだろう。でもこういうのはちょっと考えれば出るもんだぜ。」

 緋村は土方の言葉を聞いて少し驚いた。ここまで大局的に見ていたことに驚いたのである。


「土方。お前いつかすごい指揮官になれるかも知れねえな。」

「はあ?急にどうしたんだよ?」

「いや、少し驚いただけだ。気にすんな。」

「ふうん、そうか。」

 そう言って土方は煙草の煙を吹き、灰皿に押し付けた。


「あ、そういえば武藤が緋村のこと呼んでたぞ。」

「あ、しまった。この前武藤に話した新戦法を試すんだった。急がねえと。」

 そう言って緋村は指揮所を飛び出し、飛行場の方へ走っていった。


「分隊長。随分と遅かったですな。」

「すまんすまん。すっかり忘れてたんだ。」

 飛行服に着替えた緋村は仏頂面で待っていた武藤にそう謝った。


「まあ良いです。とにかくやりましょう。大島の方も随分待っててもらってましたからね。」

「ああ、そうしよう。」

 そう言って二人は模擬空戦の準備を進めた。今回の模擬空戦はお互いに二機ずつの編隊を組んで行い、二機とも撃墜された方が負けというルールで行うこととなっている。判定は機体に取り付けられたガンカメラで行う。


「緋村大尉。今回の模擬空戦、勝たせてもらいますよ。」

「おう、大島。その言葉そっくりそのまま返してやるぜ。」

 離陸前に緋村と大島がそう話したあと、四機の零戦が飛行場を離陸した。四機は一度高度三〇〇〇メートルまで上昇したあと、二機ずつの編隊に別れた。模擬空戦の開始である。




「今日こそ勝ってやるぞ。」

 離陸した零戦のコックピットの中で大島はひとり呟く。彼は緋村との模擬空戦ではほとんど緋村に軍配が上がっており、今日こそはと並々ならぬ気合いが入っていたのである。


 大島は列機を連れて緋村機を探す。すると、11時下方に二機の零戦が飛んでいるのを見つけた。緋村機と武藤機である。


(しめた!!)

 そう思った大島は機体をバンクさせて列機に知らせ、すかさず緋村たち目掛けて降下した。


 機体はぐんぐんとスピードを上げ、照準機いっぱいに緋村の零戦が写るまで近づく。大島は機銃の発射レバーを強く握り、機銃を発射しようとしたその時、緋村機が急旋回で回避した。


(クソ、気づかれてたか!!)

 大島は逃がすまいと緋村機に食いついた。緋村機は右へ左へ大きく旋回しながら大島から逃れようとする。しかし、大島はなんとか緋村機の後方についた。


「今度こそ!!」

 大島はコクピットでそう叫び、機銃を打つ前に後方を見ようとしたその時だった。


「エッ!?」

 なんと後方に武藤の零戦がピタリとついていたのである。

 大島はとっさに操縦幹を引いて大きく旋回する。後方を振り向いて見ると、武藤機は距離を詰めながら追尾していた。


(何で急に武藤が後ろに?いつの間に来たんだ?)

 大島がそう思った時、不意に緋村から無線が入った。


『大島、模擬戦は終了。帰投するぞ。』

「えっ!?もう終わりですか?」

『ああそうだ。お前の列機は俺を追っかけてるときに武藤が落としたからな。』

 大島は驚きながらも、すぐに帰投するべく機体を飛行場の方に向けた。


(また負けたか...)

 零戦の操縦席から降りた大島は心の中でつぶやいた。機体から降りた大島は緋村の方へと向かった。先ほどの空戦に関して聞きたかった事があるからである。


「緋村大尉。少しよろしいでしょうか?」

「どうした?大島。」

「先ほどの模擬空戦なんですが、気づいたら武藤が後方についていました。どんな方法を使ったのですか?」

「ああ、新戦法を使ったんだ。」

「新戦法?それはどのようなものですか?」


「敵機が後ろについた時に、僚機とともに機織りのようにお互いが交差するようにS字の旋回を繰り返す。こうすることで後ろをとられても僚機が敵機の後ろにつけることができるって寸法だ。」


 緋村が話しているこの戦法は、史実でアメリカ軍が考案したサッチ・ウィーブ戦法である。緋村は史実で考案される前にこの戦法が普及すれば、対策が容易にできると考えたため、武藤とともに試すことにしたのである。


「そりゃ良い戦法ですね。今までと違って、お互いがカバーしあえるから、より効率良く支援できますね。」

「だろう?もう司令にはこの戦法は話してるから、後は実験を繰り返すだけだ。」


「緋村大尉。よろしければ自分も協力させてください。」

「本当か!助かるぜ大島。」

「いえ、どうってことありませんよ。」

 そう言って大島はニッカリと笑って見せた。


 その後、緋村達の努力は実を結び、サッチウィーブ戦法は『機織り戦法』として各部隊に広まっていくこととなった。

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