17. 戦いが終わって
ノモンハン事件終結から一か月後、緋村の所属する横須賀航空隊は内地へと帰還した。
「やっと帰れた...」
輸送機から降りた緋村は、およそ三か月ぶりの内地をただ茫然と眺めていた。
「緋村中尉、何ボーッとしとるんですか?」
緋村が振り返ると、後ろに立っていた部下の大島が緋村をじっと不思議そうに見ていた。
「いや、ノモンハンでのことをちょっと振り返っててな...」
「ああ...まあ、大分やられちまいましたからね。」
「そうだな...」
ノモンハンに派遣された海軍航空隊は、そのほとんどが大きな損害を受けていた。横須賀航空隊も例外ではなく、ノモンハンから生きて帰ってきたパイロットはその半分であった。また、負傷して空中勤務から外れたものも少なくなかった。
「これからどうなるんですかねえ。」
「別の部隊から補充要員が来るって話だが、多分新米ばっかだろうな。」
「はあ...教員ってめんどくさいんですよねえ...」
「ハハハ、そうだなあ。」
そう言って二人は話をしながら指揮所へと向かっていった。
その後、緋村は三か月振りに神谷家の門を叩いた。玄関で出迎えた薫は、涙ながらに緋村の無事を喜んだ。
「緋村さん...無事でよかったです...」
涙ぐみながらそう言った薫を見た緋村は、自分のことを心配してくれていたことを知った。緋村は薫をなだめようとそっと抱き寄せ、頭を撫でた。
その翌日、緋村は基地司令に頼んで特別休暇をもらい、朝一の列車で長野へと向かった。上田一飛曹の家族へ会いに行くためである。緋村は駅からバスなどを乗り継ぎ、一つの農村についた。
「ここが上田の生まれ故郷か...」
そう言って緋村は近所の住人から教えてもらった住所を頼りに道を歩いて行った。やがて到着した緋村は、上田一空曹の家の門を叩いた。
「ごめんください。上田一空曹のお宅でしょうか?」
しばらくすると、家の中から一人の女性が出てきた。
「はい、何でしょうか?」
「私は、緋村隆一と申します。ノモンハンでは、上田一空曹の上官でした。」
「まあ...上田の妻です。夫がお世話になりました。」
そう言って上田の妻は深々とお辞儀をした。
「いえ、お世話になったのは私です。横空ではよく模擬空戦でしごかれました。」
「そうですか...あの、立ち話も何ですし、よろしければ、お上がりになってください。」
「あ、はい、分かりました。」
そう言いながら緋村は家に上がっていった。
居間に通された緋村は、座布団に座りながらあたりを見まわしていた。家は昔ながらの農家の家といった感じで、土間の方には釜戸があった。
「ろくにおもてなしもできませんが...」
「いえ、お気になさらず。」
お茶を運んできた上田の妻は、そう言いながらお茶を渡した。
「しかし、上田に奥さんがいたのは知りませんでしたよ。」
「あの人はあまりそういうことは話しませんでしたので。」
そう言って上田の妻は座布団に座った。
「あの人が戦死してから...もう二ヶ月も立つんですね...」
上田の妻は、うつむきながら居間の奥の仏壇に目をやった。仏壇には上田の写真が飾られていた。
「あいつはいつも部下の教育に熱心でした。仲間からも慕われてましたし、本当に良いやつでした。」
「そうですか。私はあの人と一緒にいたのは数ヶ月程度でしたが、本当に優しくて思いやりのある人でした。」
そう言った上田の妻は、にっこりと少し微笑んだ。
「一つお聞きしますが...あの人はどのような最期を迎えたのですか?」
「・・・上田一空曹は、私が敵機に狙われ撃墜されそうになったところを助けようとし、私と敵機の間に割り込もうとしました。そのまま上田は、敵機にすれ違いざまに攻撃を仕掛けましたが、自らも被弾し、重傷を負いました。その後上田は無線で自爆すると私に伝えましたが、私はそれを止め、基地へ戻るように説得しましたが、基地に帰還したときには、すでに息絶えた状態でした。」
「そうでしたか...ありがとうございます。あの人らしい、最後だったのですね。」
そう言いながら上田の妻はうつむきながら礼を言った。
その後、東京に戻った緋村は、いつもの料亭での会合に参加した。会合には村田や杉野、8月に連合艦隊司令長官に就任した山本中将や米内大臣、東條中将や杉山大将といった見慣れた顔ぶれが集まっていた。
「緋村君、杉野君。二人ともノモンハンではご苦労だった。」
東條中将は二人に対しそう言った。
「今回の戦闘で多くの戦訓を得ることができた。特に戦車に関しては重戦車の必要性が認識された。軍内部でもソ連のように機械化を進める声もでてきたから、より改革が進むだろう。」
東絛の言葉に杉山大将と杉野は大きく頷いた。また陸軍ではこの前年にドイツのflak18野戦高射砲のライセンスを取得し、それを搭載した重戦車の開発が開始されていた。また、中戦車も九七式中戦車の後継の開発も行われていた。
「今は技術本部で四式中戦車をもとに開発しているそうだ。」
「四式ならM4相手でも対抗できますね。」
杉山大将の言葉に杉野は嬉しそうに答えた。
「それはさておき...ドイツがポーランドに進行しました。」
緋村の言葉に東絛達の顔が変わる。
「...第二次大戦か。やはり、歴史は進んでいくのだな。」
「なんとしても、史実のような結果にしてはいかんな。」
杉山大将の言葉に米内大臣も頷いた。
「はい。ところで山本長官。零戦はどうなっているのですか?」
「ああ、零戦は4月の始めにテスト飛行を終えて、横須賀で各種実戦テストを行っているらしい。君も明日見てみるといいだろう。」
この零戦は史実の二一型に若干の改良を加えたものである。エンジンは栄一二型エンジンであるが、推力式単排気管を装備しているため、最高速度は540キロと史実のニニ型とほぼ同性能であった。
「陸軍も一式戦の開発を進めている所だ。」
「航空機の開発も重要ですからね。」
緋村のその言葉を最後にその日の会合は終了した。
その翌日、横須賀航空隊に補充要員をのせた輸送機が到着した。
緋村はその様子を滑走路脇からじっと見ていた。
「どんな奴がいるんでしょうね。緋村中尉。」
傍にいた大島が緋村に尋ねてきた。
「大村航空隊から来たらしいから、上は教官、下は訓練を卒業した若手かな。」
緋村の言った通り、輸送機から降りてくる搭乗員は、いずれも若い訓練生が多く、ベテランの搭乗員は少ないように見えた。その時、降りてきた搭乗員の一人が緋村の方へ駆けてきた。
緋村はその搭乗員の顔をジッと見つめていたが、緋村はすぐに満面の笑みを浮かべながらその搭乗員の方に走っていった。
「トシッ!!」
「緋村!!久しぶりだな!!」
その搭乗員は、緋村の親友である土方歳郎であった。
「お前大村にいたのか。知らなかったぜ。」
「緋村こそ、横空にいるなんて羨ましすぎるぞ。」
二人はお互いの肩を抱きながら久しぶりの再会を喜んだ。
「緋村はノモンハンに行ったのか?」
「ああ。土方はどうなんだ?」
「俺も大村空の戦闘機隊としてノモンハンに行ったんだ。」
「そうなのか。あとで話聞かせてくれよ。」
「まあ待てよ。司令のところに着任の報告に行かなきゃならねえんだから。」
「あ、ああ。すまない。じゃあ指揮所に案内してやるよ。」
そう言って緋村は土方を指揮所に案内したのち、ノモンハンでのお互いの戦いぶりを話し合ったのであった。
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