夢のかなたの不思議な旅路
小高い丘陵に畑が広がっている。広大そうだが、ところどころ木に囲まれているために、空の高さのわりに視界は狭い。夢なので風やにおいを感じることはなかったものの、やわらかい風が吹いていそうな初夏の風景だった。
そこで私は、何かの手伝いをする仕事を始めることになった。すでにニ足のわらじを履いてる私にとってはこれで三足目…まるでカブトムシのような靴の数だ。
気のよさそうな老夫婦の下で一通りの仕事を終えた頃、太陽はまだ東の空だったので、仕事をしていたのは朝の早い時間だったのかもしれない。
老夫婦に別れを告げ自分の町に戻った時に、ふともう一度あの場所に戻ろうと思った。
が、どうしてもあの空へ向かう道を思い出せない。やっと目星をつけてたどり着いた場所には、別の人たちが住んでいた。2人。私よりも年上そうな男と女がひとりずつ。
彼らに事情を説明し、住所を書いた地図を引っ張り出した私だったが、言葉が続かない。
…不意にすべてを忘れ始めたのである。
あの場所を、なにをしたかを、老夫婦の顔を、説明したいのに何かを言おうとするたびに次々と記憶から剥がれ落ちていく。まるでガラスが弾け、飛び散って、虚空へと消えていくかのように急速に失われていく記憶の中でもがいていると
「夢だったんじゃない?」
そういわれた。
そうだったのかもしれない。荒れ果てた記憶の中には、冒頭で述べたあの風景と、自分が働いたという事実だけがスナップショットのように断片化し、頼りなさげに揺らめいている。
「今から死ぬのかもね」
なぜかそうもいわれた。そしてなぜか、自分もそう思った。そこで、ラムネの味のするお菓子を、懐かしそうに眺めた気がする。
「もし、今から車が来て、それにあたると思ってもよけちゃ駄目よ」
それをしないことは運命に逆らうことだからと・・。もっともだと思った。
私は、礼をいってその家を出た。なぜか泣いていた。
そして、雑草の生えた、道ともいえない下り坂を、「今からあの世に行くんだな」と思いながら歩いたその先で、急に意識が鮮明になり、現実の私が、目を開けた。いつもの光景が目に入ったその時、なんとなく私は「帰ってきた」と思った。
ひょっとすれば向こうのほうがあの世だったのかもしれない。
人は、あの世からこの世に来るときも、泣くのかもしれない。
人は、意外にいつもあの世とこの世を行き来しているのかもしれない。