71話 他の存在
俺たち全国の高校生は、眠るとここ、夢想世界というゲーム世界に連れられるようになった。一体何故なのかは、2か月たった今でも未だに分からない。
しかし、ここには必ず制作者と言う意思が介在しており、その制作者側の思惑によって俺らはこの世界に連れられた。
ということは、少なくとも俺らはその制作者側と接触しているということになるのだろうが、そんな覚えは全くない。
でも待て、そうなると全国の高校生は全員そいつらと接触したことになるのだが、そんなこと本当にあり得るのだろうか?
分からないと言うのが現状だ。どれだけ考えてもそればっかしは分かりようが無い。
ちょっと考えた程度で分かるくらいならば、もうとっくにこの世界から解放されていておかしくないからな。
そうなっていないということはやはり考えるだけではだめで、なにかしら行動を起こして真相を突き止めるべきなのだが、一体どういう行動を起こせばそこへたどり着くのかも分からない。
それこそ考えていても分からないと言うことか。だがしかし闇雲に行動を起こしても意味があると思えない。その考えがダメなのだろうか?
まぁ結局いつも通り進展はないということを再認識したまでなのだが、何故そんな認識をする必要があったのかと言うと――
「不審なシグナル?」
いつも通り自分の部屋で目覚めた……という表現もおかしいのか……俺は、突如目の前に現われた幼女が不審な顔をしていたのを不審に思って聞いてみたのだ。
俺の顔の大きさ程度しかない幼女は、更に小さい羽をぱたつかせて、眉をひそめていた。
「はい。私たちって実は、自分たちが担当する場所にプレイヤーがいないと判断した時、データベースに潜って待機しているんですの」
ほう。初耳だ。
「担当する場所ってのは、俺達夢咲高等学校と言う認識でいいのか?」
「まぁそうですの。『私達』はこの世界に存在していますが、その『私達』と今ここにいる私は別個の存在として考えていただいていいですの」
ふむ。正直音だけで聞くといまいち言っていること分からんが、ゆっくり反芻してみてなるほどと理解した。
「それはあれだろ?確か半径50m以内でしか別固体と同期出来ないって奴だろ?」
説明係のリア、この夢想世界のAIの一人だ。一人と言う表現もおかしいのだが、一体と表現するのは気が引ける。
その人工知能は、この世界に偏在しており、離れた地Aと、すぐ近場のBが、それぞれ別の経験を積んでいたとする。
その経験を、半径50m圏内に、AとBがいた場合、同期ということをすることにより、Aが経験したこと、Bが経験したことを、記憶として共有したCという個体ができる。
「そうですの。しかしそれでは当然不便だということがわかりますか?」
首を傾げて腰まで伸びているブロンドの髪をふわりとさせるリア。
「……不便なのか? 一体何を以てして不便だとしているのか分からないが、こう言いたいのか? 例えばだが……夢咲の隣町、千条の高校で……そうだな、まぁ分かりやすく殺戮という言葉でいいだろう。それが起きたとする。それはこの夢想世界の存在自体を危ぶむような事態だとして、半径50m圏内の人工知能にしかその状況を知らないとなると、危険極まりない、不便だってことか?」
「まぁ……随分発想が貧困ではありますがそういう認識で構いませんの」
つまりはその状況確認のために、データベースに潜り共有を図っていると言うのか。
「ふむ。前提は分かった。で? 話を戻してくれ」
リアはコホンとわざとらしく咳をして、そうですねと続けた。
「つまり、『私達』はそのデータベースに潜ることで、初めて他の私を知ることができるのですが、そこで少し不審なシグナルを感知したのです」
不審なシグナル。だからそれが何だと聞いている。
「正確にはそういった明確なものはないのですが、明らかにおかしい部分があったのです」
要領を得ないぞ、ちゃんと説明しろ。
「そうですね……他の私と共有する、これがどういう意味か分かります?」
説明しろと言うのに質問してきやがった。この野郎。
「……単純に記憶を共有できるんだろ? それがなんだってんだ」
「その共有の先に何があると思いますか?」
いい加減の質問に、俺は苛立ちを隠せないまま答えた。
「共有の先とか言われても知らん」
「共有が出来るんですよ? 他の私と、全国の私と」
ん? 待て、そうかそういうことになるのか。
「つまり今のお前は、俺らが知りえない他の高校のプレイヤーの情報まで知り得ているということなのか。そしてそれ同様、俺らが知りえない他の高校にいるお前《、》にも俺の情報がいっていると」
「えぇそうですの。ですからそれらを踏まえたうえでおかしな点が浮上するんですの」
目を伏し目がちに、髪の毛をくるくるといじりはじめたリア。
「おかしな点……それが不審なシグナルってか」
なんだってんだ? 全国の『リア』と共有ができる。それが明らかになった。しかし、そこから生まれ来る疑問点とは一体?
それが出来ない俺には知りえない情報か。
「不審な点……データベースでは、その『私達』の帰還率とも言うべきものが表示されるのですが……」
帰還率?
「あれか、お前は意識を分配することができるんだよな。つまりはそのデータベースには100%の『リア』が存在していて、そこから全国へリアが分配される。そしてデータベースに帰還することにより、100%の『リア』の内、どれだけのリアが帰って来たのかが分かると、そういうことか?」
そういうことだろう。そして不審なシグナルとは、全国の『リア』と共有したにも関わらず、100%に満たなかったから、ということだろうか。
「そういうことですの。この二カ月、一度たりとも100%になった試しがないんです」
「い、一度も?……まぁでも、必ず同じタイミングでデータベースに潜るとも限らんだろ」
「えぇそうですの扶來さん。しかし、先ほども申しましたが、全国の私達と記憶を共有できるんですよ」
うん。そうだな。知ってるよ。ん? いや、そうか。そういうことか。
「この二カ月、一度もデータベースに戻らなかった高校はありません。これはちゃんと全国の高校のデータをインプットして照合したため、間違いはありません。そしてそれら『リア』を全て合わせたとしても、どう頑張っても100%に達しないのです」
なるほど、ね。その話をされて俺は少し思い至ったところがあった。確証は無いし推測に推測を重ねたものでしか無いと思うのだが、それでも確認をしておくべきではないだろうか。
……大丈夫か? この世界の粗方を知っている説明係のリアに、言っていいのだろうか? 前みたいにプログラミングの隙を突いて暴走されたりしないだろうか?
考えていても仕方が無い。それはさっき言ったじゃないか。だから俺は口に出した。たとえそれで暴走しようとも……──いや、少し冷静になろう。
「お前の言いたいことは分かった。そのうえで聞いていいか?」
リアは微かに首を傾げて、うん? と声を漏らした。
「そのデータベスへの帰還云々ってのは、何も『リア』だけの話ではないんだよな?」
「えぇ、そうですの。案内係のサブリナも、受付係の『アイリ』『カイリ』も同様です」
やっぱりな……そうと分かれば……
「分かった。ありがとうリア。ちょっと消えててくれないか?」
「へ?」
唐突な俺の申し出に、素っ頓狂な声を挙げるリア。言葉の額面だけを聞いて苛立たしげに腕を組み、頬を膨らませた。
「いやいや、前みたいに暴走されちゃあ困るから、サブリナに話を聞こうと思ってな。状況が一緒なら、お前に暴走されるかもしれないと言う危惧を排除するべきだろう?」
リアはやがて納得し、げしと俺の鼻を蹴って消えてしまった。そして代わるように出てきたのがサブリナだった。
サブリナは腕を組み、ふんと鼻を鳴らして俺のことを睨め付けた。
「まぁ話は聞いていたから口を開かなくていいわ。汚いから」
「本音は最後だろ絶対」
「さぁ? なんのことかしら?」
ったく。とぼけやがって。まぁいい。そんなことはもういい加減慣れた。
「じゃあいきなり本題に入るけど、100%のAIが存在しない理由として、イレギュラーな存在がこの世界にいるからということに繋がるんじゃないか?」
ふうと息を吐いたサブリナは、翠色の瞳を数度ちらつかせながら、めんどくさそうに口を開いた。
「貴方の言うイレギュラーの存在と言うのが、果たしてどういった存在を差すのかに判断が付かないけれど、おおよそそういう認識でいいんじゃないかしら」
ふむ。やっぱりそういうことなのか。
「以前お前に聞いたことがあった。俺達高校生以外この世界に存在しないのか、と」
リアが暴走したあの一件。その時俺はこいつに、様々な質問をした。というよりかは疑問点をぶつけた。
その疑問点の中にあったのが、まさにこれだ。そしてそれを投げかけた時、サブリナは答えるのを渋ったのだ。それは俺がしたその質問が、核心をついたものだったからだろうと推測した。
推測したというだけで確信はない。しかし、この世界の粗方を知らないはずの案内係が答えを渋ったということは、知っているけど答えられないという結論へ至る。
つまり、この世界には俺ら高校生以外の存在が存在しているということだ。
それはきっと、この世界の制作者なのではないだろうかと俺は考えている。だとしたらここは突きつめて行くべき大事なとこだ。
この謎を解き明かせば、この世界から解放されるかもしれない。
「さぁ? なんのことかしらね?」
だというのにこの女は、またもとぼけやがった。
「おい、ちゃんと答えろ。この世界には俺達高校生以外の存在、つまり、制作者がいるんじゃないか? 『制作者』という立場ではない。『プレイヤー』としての立場でだ」
サブリナは明らかに苛立たしげに眉をひそめ、首をかしげていた。
「答える義務はないわ」
「答えない義務もないはずだ」
「なら平行線ね。諦めなさい」
……やっぱめんどくせえなこの女。
「なら答えさせる方向へ持っていくだけだ」
「そんなことできるかしら?」
「出来る出来ないはもはや関係無い。出来ないと言うことはそれはお前が頑として答えたくないと言うことだからだ。そして答えたくないと言うことは、そこになにかしら後ろめたいことがあるからだ。つまり、出来ようが出来まいが、俺の得たい答えとしては及第点だ」
その言葉を受けて、サブリナは観念したのか、オレンジブランの髪をいじりながら、苛立ちをその言葉に乗せた。
「貴方の思惑通りになるのはとても不本意だわ。だから私としてどっちが不満として小さいか、それを判断した上で答えると言う方を選ぶわ」
「わざわざ回りくどい言い訳ありがとうな。俺はてっきり答えないと思っていたんだがな」
答えないと言うことは、俺が求める答えとしては充分に達しないため、ドSなこいつからしたら放置プレイと言うことになるため悦に浸れるのだろうと考えたのだが。
「やっぱ答えない方がいいかしら……?」
余計なことを言ってしまったか。答えるかどうかを渋っているようだ。
「まぁいいわ。それすらもどうでもよくなったわ。事実だけを述べるならば、この世界、夢想世界に貴方達高校生以外の存在が、プレイヤーとして存在しているわ」
事実だけを述べるなら、ね。
「その高校生以外の存在と言うのは、夢想世界の制作者のことじゃないのかと俺は聞いている」
まぁAIからその言葉を聞けただけでも、充分な成果とは言えよう。
「さぁ?知らないわ」
「嘘吐け。知っているんだろうが」
「何でこの世界の粗方を知らない私が知っていると思ったのかしら?説明係のリアならまだしも」
「それはお前が知っている素振りを見せたからだ。つまり、案内係ですら知っている事実は説明係が知っているのは至極当然。しかし、俺はまた暴走の件があるかもしれないから、その事実を確認したまでだ」
その上で言質は取れた。俺達高校生以外のプレイヤーと言えば、それはもう制作者という立場しかあり得ないからだ。
あり得ないと決め付けるのはどうかと思うのだが、それでもそれ以外は考えにくい。
「だから、この世界に高校生以外のプレイヤーが存在しているという事実を知っている時点で、お前はこの世界に制作者がプレイヤーとして存在していると言う事実を認識しているはずなんだ」
ふうんと声を漏らしたサブリナは、そうね、と言って人差し指をぴんと立てた。
「でもそれだとおかしいことにならないかしら?」
「ん?何がだ」
「データベースに100%のリアが存在しないと言うことよ」
ん?どういうことだ?
「あの子は全国のリアを全て統合したとしても、記憶を共有したとしても、100%のリアには足りえないと言っていたわ」
あぁ。そうだな。
「そこでおかしいと気付かない時点で貴方の頭はやはり低能ね」
はっと鼻を鳴らし毒を吐くサブリナ。その顔はとてもうれしそうに綻んでいる。
「だからどういうことだってんだ」
あからさまに落胆の色を見せたサブリナは、めんどくさそうに気怠そうに言葉を発した。
「高校生以外のプレイヤーと言う話よ。案内係である私が知っているのに、説明係であるあの子が知らないはずが無いでしょう?」
「あ――、そ――そういうことかっ――」
サブリナから事実を確認した時点で俺はそこに思い至ってもよかったのだ。なるほど、確かにそれはおかしい。どういうことだ?いや待て、まだ考える余地はある。
「待て、お前が嘘を吐いていないという証拠はあるか?」
「証拠?リアに聞いてみれば良いんじゃない?暴走されるかもしれないけどね」
確かにそれが一番の証明ではあるだろう。しかし、『制作者について知らないのに知っている』というプログラミングを施されていたリアの事だ。きっと、『制作者がプレイヤーとして存在しているということを知らないのに知っている』というプログラミングが施されていてもおかしくはない。
その場合、『俺達高校生以外のプレイヤーが制作者』という認識ではないと言うことになる。
となると、『俺達高校生以外のプレイヤーは制作者』という認識をさせてしまった場合、また暴走してしまうと言う懸念は充分考えられる。
そんな危ない橋は渡れない。あの時だって偶然リアを元に戻せたからよかったものの、次元に戻せるかは分からない。
だから俺は聞けない。リアには聞くことができない。サブリナの言葉を信じるしかないのだ。
だからこそ疑問が絶えない。リアが『高校生以外のプレイヤー』の存在を認知しているとして(それが制作者であろうとなかろうとだ)、記憶を共有したリアが100%に至らないのは予想できたことではなかろうか?
記憶を共有しているからこそ分かっていいはずだ。その100%に満たない数%が、高校生以外のプレイヤーに分配されたリアだという事実に。
「……おかしい。これはどういう状況なんだよ。説明してほしい……」
最早懇願だった。サブリナに答えられないと言うことをしっていながらも、俺はそういう風に言うしかなかった。
「……実は私も不思議に思っているのよ。何故AIで情報の齟齬が出るのか、ということにね」
「……多分だが、考えられる要素としては、それがお前が案内係で、あいつが説明係だから……」
役割を与えているということは、それぞれ用途があると言うこと。
説明係、案内係、受付係。
これらの差別化を図るためには、プログラミングを変える他ないだろう。だからリアは暴走したのにサブリナは暴走しなかった。
施されているプログラミングが違うからだ。何故違うのかは、用途別に合わせるため。用途外のものをわざわざプログラミングする必要はない。
「だけどそれは用途にあったプログラミングが違うと言うだけであって、共通認識は図れるわ」
つまり、当然共通のプログラミングも施されており、『高校生以外のプレイヤー』という認識もその共通のプログラミングだということか。
「いや、俺はその認識自体が間違っていると考えているわけではない。ただ、違うプログラミングが施されているという部分が肝心なんじゃないかと思っているんだ」
人工知能で情報の齟齬が起きる可能性として考えられるのは、それくらいしかないからだ。
「……難しいところね。それを私達には知る術が無いし、貴方達が知る術もない。つまりはそこで齟齬が起きてしまうようなプログラミングを施していても、誰にも分からないと言うこと。制作者にしかね」
「それは分かっている。だけどだからって放っておくのはいかがなものかと俺は思う。なんせ初めて掴みかけた制作者の情報だ。突き詰められるなら突きつめたい」
俺は、俺らはこんな世界から解放されたいんだよ。いつまでもこんなところにいるつもりはない。だから、だからお願いだ……
サブリナは少し呆れたような顔をして、薄紫の光漏れる窓へ腰を預けた。
やがて腕を組み、くるくると指で、肩くらいの長さの髪の毛をいじり始めた。
「……だから何を言われても私には分からないことだわ。一番確実な方法としては、リアに全てを聞くことね。暴走という危険性を顧みずに」
聞くしかないのか?また暴走されては俺の手に余る。また皆を危険に追いやり、傷つけてしまうかもしれない。
「駄目だ――リアには聞けない…………くそっ!諦めるしかねえのかよ!!」
やっと、やっと掴みかけたのに。この事態の解決を図る、糸口がやっとつかめそうだったのに……スルリと、俺の手の中から抜け落ちてしまった。
悲嘆にくれた俺は、仕方なく学校へ赴き、夢の徒党の皆に、事実だけを伝えた。
『この世界には、俺達高校生以外のプレイヤーが存在している。何かしら情報を掴んだら教えてくれ』




