59話 高嶺の姫と咲き誇る舞妓
※この作品はSleep-Walker~夢と現~です。
蓬莱女子学院。在籍生徒数1000を超えるそこは、由緒正しい家柄の者しか入ることを許されないお嬢様学校である。
在籍者の中にはモデルや女優という華々しく表舞台に立つ者もいれば、将来を約束されたものとして、ただ決められたレールの上を歩くだけの失敗はない人生を進む者もいる。
その蓬莱女子学院は今、いつもどおりに黄色い歓声で埋め尽くされていた。
「キャー!姫様こっち向いてっー!」
「姫様ぁあ~!愛していますわ~!」
「旋律の舞踊様もお元気でぇっー!」
通用門から100m先にある総合校舎の入り口へ、まるで導くように、様々な女性で形成された花道ができていた。そこを手を振りながら笑顔で通る二人組がいた。
「皆さん御機嫌よう。今日も良き日ですわね」
「おはようございます。おはようございます」
その反応を受けて、花道はより一層賑やかに咲く。彼女らにとって、これは日常の一風景でしかない。もう有り触れてしまった見慣れたもの。
だけどこの日常を保つためには笑顔で応対をしなければいけない。常に笑顔、常に手を振りながら100mという道を歩く。
そんな苦労も露知らず、花道は今も尚飽きずにその道を形成している。
「全く……旋律の舞踊って一体誰が考えたのよ。恥ずかしいからやめてほしいわね」
「あら、良いじゃないですか旋律の舞踊様。私なんか姫様でしてよ?」
周りの花達には気取られずに愚痴こそこぼすが、その笑顔は崩さずに手を振りながら綺麗な足取りで歩を進めて行く。
通用門から丁度50m。その位置には噴水が設えており、白い陶器の彫刻を濡らし、キラキラと艶めいており、更に日の光を反射してとても綺麗な光景だ。
そこを二人は左右綺麗に分かれて通った。その噴水を囲むように女生徒の姿があり、片方どちらかだけだと不公平だと言うちょっとした暴動が前に起きたからとられた対策であり、左右どっちかへ行くのかは、通用門を通る時にどちらの脚を出したのかによって決まるらしい。
もし仮にどちらも同じ脚を出した場合は、そのまま並んだ位置で分かれるという手筈になっている。
そうして二手に分かれる。今日はどちらも同じ脚を出したため、そのまま綺麗に別れた。
左へ回ったのは、蓬莱女子学院3年C組、生徒会書記、等級は牡丹の藤袴重音。黒髪ハーフアップの長身。全身に着いた肉はほどよく締まっており、一歩一歩踏み出す足はとても流麗である。
等級、それはこの学校で設けられた制度である。分かりやすく言うとランクであり、勲功と言い換えることができる。
この等級制度は、通常単位とは別に卒業後に大きく関わるものであり、それは在学中でも同じことだった。
まず食堂の利用は、等級最下位である椿の場合はそもそも利用することができず、各自で弁当を用意し教室で食べることしか許されない。椿のワンランク上の睡蓮になることでようやく購買と食堂の利用を赦される。
牡丹になれば専属のシェフを呼んで豪華料理をしたためることができる。
等級の制度には他にも制約があり、基本的に校内でワンランク上の者とは話してはいけない、話したのならば罰則が科せられるというものである。
とはいえしかし、今現在がそうであるように、朝のこの時間だけはそれを赦されているのである。赦されていると言うよりは、こうすることを強要されていると言った方が正しいのかもしれない。
更にとはいえ、当人らもこの強要を教養だと受け入れ、共用しているのもまた事実だ。
そして等級最高級の白百合に該当する者が、噴水の右側を周って歩いている。この学校の至高であり崇拝すべき羨望されし者。それがこの少女、雛森水姫である。
この蓬莱女子学院の長、雛森酉禽の実の娘であり、その時点で無条件に優遇されていることもあり、在校生徒1000を超える中のたった5人しかなれないと言われている最高等級白百合を与えられたのもむべなることである。
基本的にこの白百合に該当する人物には側近がついてまわるのがこの学校の習わしでもある。本来なら下位ランクの者は話すことはおろか、近づくことすら敵わないのが実情である。この朝だけを抜いて。
しかし、やがてその白百合が合流した相手は下位ランク牡丹の藤袴重音である。何故彼女はここまでの接近を赦され、会話というものを成立することができているのか、その説明は実に簡単なことである。
彼女、藤袴重音の母親である藤袴錐宜刕が、雛森水姫の母親である雛森酉禽の親友だからである。
何も雛森家は最初からその地位を確立していたわけではない。今娘である雛森水姫の周りに群がるその他大勢と差して変わらない程度の存在だった。しかし、酉禽はそんな現状を受け入れなかった。自分はもっと上を目指せるはず、目指して見せる。その向上心が彼女をここまでの地位へ登り詰めさせたのだ。
そしてこの蓬莱女子学院の長になった。そして嘗ての親友でもある藤袴錐宜刕の娘である藤袴重音が、自身の娘である雛森水姫と同じ学年であることを知った。
実の娘であるため最高等級の白百合を与えるのは当然のこと、しかしだからと言って親友の娘にまでそれをするのは世間体的にも少々憚られる思いがあったため、牡丹というワンランク下の位置を与えた。
しかし、それでは習わし通り白百合である娘と対等の立場とは言えない。そもそもとして何故対等の立場にこだわるかと言えば、それは彼女自身、錐宜刕と一緒に歩んだ学生生活はとても支えになり、励みになっていたからだ。
つまり娘にもそう言った存在が必要だった。だからこその救済措置とも言うべき特別待遇を藤袴重音に与えたのだ。
牡丹であって牡丹出ない、一番白百合に近い存在の牡丹。それが藤袴重音と言う存在であり、雛森水姫に一番近い存在である。
「今日も気が滅入るほどに賑やかだね、水姫ぃ~」
「そうですわね。ですがこれが我が校の誇るべきところではないでしょうか。寧ろ私たちは怠慢怠惰だとは思いませんこと?」
「怠慢怠惰……?何でそんな話になるのさ」
重音は笑顔を絶やさず、声のトーンだけを落として瞬間水姫を視界にとらえた。水姫も同様に笑顔で手を振りながらちらと重音の方を見て、さくらんぼのように赤い唇を数度震わせた。
「だってそうでしょう?いくら最高等級白百合であるとは言え、最低等級の椿から牡丹の子までここまで盛大に朝を向かい入れてくれるのですよ?それも毎朝です」
「うん。そうだね。それがこの校の習わしだからね」
「習わしでもそれを続けることは難しいはずでしてよ?当たり前のことを当たり前にすることが当たり前のようでありながら、しかしその当たり前を当たり前にするには当たり前を当たり前にするだけの胆力が必要なのですよ」
つらつらと告げられるまるで呪文のような言葉を、少しながら辟易しながら重音は聞いていた。しかしそれは彼女にとっては『当たり前』のことであり、今更気にしているようでは水姫とは隣を歩けない。そういった確信めいたものを感じていた。
「確かに言われてみればそうかもね、私たちを向かい入れるためだけに毎朝毎朝私たちより早く起きて準備をしなければいけない」
「そうです。ということはいかに私たちが怠慢怠惰であるかを改めて言う必要はないですね。私たちは、私たちの地位に甘えているのかもしれませんね」
「……地位に甘える、ねぇ~。だけどそれは仕方ないことなんじゃないかね水姫さんよ」
水姫はただ不思議そうに目を開いて、その瞳孔に重音を映す。
「地位に甘えることが仕方ない……ですって?何でかしら?」
「残念なことに、私たちはまだ子供だからね、与えられた地位に依存することでしか生きられないんだよ。事実、おかげで私は水姫とこうして話すことができるわけだしね」
「それは確かにそうかもしれませんが、だからと言ってそれは甘えているということに他ならないはずでは?」
「……私は水姫が一体何に対して不満を抱いているのか分からないよ」
「不満と言う訳ではありませんわ。ただ、この現状を受け入れてしまっている私たち自身に落胆の色を隠せず辟易しているというだけの話」
「それは世間一般的に不満と言うのでは」
「あら、それはこじつけではなくて?言葉などと言うものは受け取り手によっていかにでもその色を変えますけど、それはやっぱり変えさせられていると言う方が正しいのです」
「つまり、人から見たら不満でしかないけれど、水姫からしたら不満ではなく自身への落胆ということ?」
「えぇ、そうですわ。たまには皆さんを見習って早く起きてみようかしら」
彼女が微かに口を尖らせているのが、重音には分かった。顔は見ていない。今も尚花道へ向かって笑顔を浮かべている。しかし、それでも分かるほどには関係を築いて来た、そんな間柄だ。
「やめなよ、そんなことしたらこの学校の伝統が一気に崩れることになるよ」
「あら、極々偶にだけど、悪魔である悪い私がいるみたいで、ブリテン通りの電灯が一斉に壊れてくれないかしらって思うことがあるの」
「あらあら、そんな事を聞いたらここにいる人は一斉に卒倒するでしょうね。もしくは、誰かが本当に爆薬でも仕掛けて一斉に破壊してくれるかもよ」
噴水から50m、やっと辿り着いた正面玄関。階段を一つ一つ踏みながら、水姫は恍惚とも邪悪とも妖艶とも言えるべき顔をしていたのを、重音は見逃さなかった。
「それは随分楽しそうじゃない」
※何度も言うようですが、この作品はSleep-Walker~夢と現~です。




