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Sleep-Walker~夢と現~  作者: 桜椛
第1章:微睡みの科学者
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4話  朝の静寂

「父上、おはようございます」



 髪がパサリと視界の端に落ちる。

 見えるは畳、匂うは藺草(いぐさ)



 4月10日、7時10分。

 いつも6時30分には起きて、30分の朝稽古を済ましている。

 10分で朝支度を済ませ父上に挨拶をする。

 これは私、遠月火戀(とおつきかれん)の朝の日課である。



「あぁ、おはよう」



 私の父である遠月幻犀(とおつきげんさい)は、威厳を感じる背中を向けながら、実に不愛想な返事をする。

 まぁそんなことはいつもの事だから気にも留めない。

 父は机に向かい筆を走らせている。これは彼の朝の日課だ。何を書いているのか、それは彼自身にしか知らないし、知ることを許されていない。



「今日は健康診断とのことですが、1年生の後にやるため少しばかり遅くなるかもしれません」



 今日の予定を父に告げる。これは母に言われたから毎朝やっている日課の一つだ。



「そうか、気を付けて行ってくるんだぞ」



 これまた素っ気無い父の返事が返ってくる。その言葉の内容と心はどうせちぐはぐだろう。

 庭からカコンと鹿威しの音が聞こえる。何だか父の代わりに気持ちよく返事をしてくれたようだ。



「はい、ありがとうございます。それでは失礼いたします」



 極めて儀礼的に済ませ、部屋の襖を開けて部屋を後にする。

 


「はぁ……」


 

 おっと、朝から溜息を漏らすとは良くない。

 パンパンと両頬を叩いて気合を入れる。すっかり覚めている目は、余計に覚醒されたような気がした。







 火戀が出て行ってから少し時間を開け、彼、遠月幻犀(とおつきげんさい)は筆を止めて深く息を吐く。

 それは朝の日課を終えたというよりか、まるで一仕事終えた老兵かのような迫力があった。



「火戀ちゃんは今日、遅くなるようだ……父は寂しいぞい……」



 ……だけどそれも、今のセリフがなければ、の話だが。

 



 

 遠月家は先祖代々と続く剣道一家だ。

 父の幻犀(げんさい)、母の燕珂(えんか)、そして私、火戀(かれん)の3人家族である。

 父はその六代目当主で、次期当主について悩んでいた。

 というのも、当主は男と決められており、女として生まれてしまった私は父にとって存在価値のないものなんだと思う。

 それでも私は剣道を母から教えてもらい、次期当主には是非とも私を、と父に物心ついた頃から言っているのだが、それを認めてくれることは叶わない。



 膳に上るは、豆腐とわかめの味噌汁、炊きたてでほかほかな白米、鮭の塩焼き、柴漬けと、如何にもな朝の朝食が広がっていた。

 和服に割烹着をきた母が前に座る。彼女のこの姿はもはや見慣れている。



「ふふっあの人も恥ずかしがらずに一緒に食べればいいのにね?」



 母は黒く長い髪を後ろで纏め上げており、開いているのか分からない目をこちらに向けて笑いながら言う。左目尻のホクロがチラチラと覗く。



「恥ずかしい? 鬱陶しいの間違いでは?」



 そうとしか思えなかった。

 当主になれない私など、視界にすら入れたくないはずだ……だから毎朝顔は見せず背中を見せているのだろうと思う……。

 だけど母は、それは違うといつも言う。



「貴女ももっとあの人を見れば分かるはずよ」



 そうは言われても、私には母の言うことが分からない。

 私にとって父はあの背中が全てだ。私はいつもその背中を見て、追って、成長してきた。

 そこには一切の愛情はなかった代わりに、確かな威厳があった。(それは父親としての威厳ではなく、武人としての威厳だった)

 いつも無愛想で面倒くさそうに私のことをあしらってきたその父が、実は私のことを快く思っている?

 ……やはりそんな突拍子もないこと信じられない。

 考え事をしながら食事をすると言うのはあまり行儀が良く無いが、気になってしまう。

 何度も何度も母に言われてきたその言葉の意味を咀嚼する、少しばかりしょっぱい鮭と一緒に……


 今日は部活がないため竹刀は置いていく。鞄だけを肩に家を出る。



「行って参ります母上」


「はい、行ってらっしゃい」



 玄関から5m、石畳を踏みながら門へと向かい、学校へ向かう。



「本日は快晴なり。うむ、実に気持ちいい朝だ」



 空を見上げれば、雲ひとつない気持ちのいい光景が広がっている。まるで水彩画のようであるそれは、太陽の光を思う存分に映えさせている。それを見ては思わず顔が綻ぶ。

 そのまま右へしばらく直進、私の家とよく似た日本家屋が右手に見える。似ているが確かに私の家より大きく立派な家は、弓道一家の久米島(くめじま)家である。

 

 同じように門から出てくるは、スラッと背が伸びており大人っぽい雰囲気の女子だ。ポニーテールをゆらゆらとさせてこちらに小走りで来る。

 姓は久米島(くめじま)、名は貫弥(ぬきや)



「あ! 火戀(かれん)~おはよう」


「あぁ、おはよう。貫弥」



 その雰囲気とは対照に、子供っぽい可愛らしい笑顔、声音で話しかけてくる。

 彼女、貫弥とは昵懇(じっこん)の間柄だ。

 そのため、彼女の家事情も知っていた。

 そう、久米島家も遠月家と同じ状況に陥っているのだ。

 ただ違うことと言えば、貫弥の父は彼女を認めているということだろう。だが仕来たりは仕来たり、当主にすることはできない。前に一度養子を迎えるとか何とか聞いたことがあるが結局どうなったのだろう……。



「ホント今日憂鬱だね~」



 貫弥は肩を脱力させながら、はぁぁと魂が抜け出そうな息を漏らす。



「憂鬱? 何がだ?」


「今日の学校に決まってるじゃ~ん」



 うわぁああと叫びながら頭をわしゃわしゃする貫弥。折角の綺麗な髪の毛が台無しだぞ。



「だってだってー! 今日は健康診断なのにー普通に授業あるし? 午後過ぎまであるし? なのに部活は無いし? これを憂鬱と言わずして何という!」



 ふんと鼻から息を吐いて両拳を握りしめる。実に悔しそうである。



「仕様がないだろう。今年から健康診断の形式が変わったのだから、どうも時間がかかるらしく授業もせねばならんらしいからな。それに勉学は学生の本分ではないか」


「お~流石生徒会長さんは真面目ですな~」



 なんともおどけた調子で言う。おいおいしっかりしてくれよ。



「よしてくれ生徒会会計さん」


「やめてください~会長の後じゃ霞んじゃいますよ~」



 貫弥と顔を見合わせて笑う。うむ、実に気持ちのいい朝だ。





 地元で有名らしい長い踏切は、引っかからない時間帯というものがある。私たちはそれを知っているためいつもこの時間帯に登校する。そして長く急な坂をひたすら登る。

 日頃稽古をしている私たちにとってこの坂は別にきつくはない。むしろいい運動だ。



「生徒会長おはよー!」「会長さんおはようございます!」「会長今日も凛々しいですね!」



 通りがかる同じ学年の女生徒が朗らかに声を掛けていく。



「あぁ、おはよう」



 私はそれに手を振り応える。朝から元気と言うのはいいことだ。



「っておいこらー会計も忘れるなよー」


「ごめんなさーい!」「会計さんもおはよー!」「お金くださーい」


「うんうん、って最後ー!」





 登り詰めると私たちが通う学校、夢咲(ゆめさき)高等学校が見える。

 私はそこで後ろを振り向く。そこから見えるは絶景。朝見るこの景色はそれだけで今日一日を乗り切ろうという気持ちが湧いてくる。



「あぁ~やっぱいいね~ここの景色は」



 絶景かなぁ~と遠くを見渡す貫弥。流石というべきか細かい所作の1つとってもやはり姿勢が綺麗だ。



「これを見ても今日は憂鬱だというのか?」


「うん、ごめんなさい私が間違えてました」



 顔を上げた貫弥は、後ろ手に組んで伸びをしながら息を吸っている。ぶはーっと吐くと、思い出したかのように感嘆の声を上げる。



「うん! 今日も綺麗ですな~夢咲ビッグベン!」


「あぁ、確かに綺麗だな」



 夢咲には、夢咲ビッグベンと言う大きい時計塔が存在する。特筆して何も無いこの街には、その時計塔こそが唯一の自慢であると言える。



「てかなんでビッグベン?」


「ほら、ロンドンにビッグベンっていう時計塔があるだろう? 正式名称は違うらしいけどな。あれと全く見た目が一緒だからその名がついたらしいんだ」



 そう、それは本物のビッグベンと同じく正式名称ではなく通称である。

 正式名称は夢咲時計塔という至って普通の名前だ。

 その高さは夢咲(ゆめさき)をちょっともじって93.6m(639(むさき))。

 時計文字盤は地上から53.3m地点にあり、地上58.3mまでは煉瓦造りになっている。残りの部分は鋳鉄(ちゅうてつ)の尖塔だ。



「聞いたことはあるけど思いだせない。てかそれって大丈夫なの? 色々と」


「そこら辺は私に言われても分からない。因みにヂィズニー作品に出てくるぞビッグベン。」



 ヂィズニー作品。子供から年配の方まで世界中の人に人気のあるアニメーション作品だ。そのなかのひとつにビッグベンが出てくるものがある。



「あーあれか! パーターポン!あの黄色いいけ好かない奴ね」


「あぁ~可愛いな~クリル」


「クリル? ってなに」


「パーターポンに出てくる妖精で、彼がクリマーロルを呼ぶ時の愛称だ散々そう呼んでいただろう?」


「へぇ~そうだっけ?」



 貫弥ともあろう者が一体何を見ていたというのだ!? あの話はクリルがひたすらに可愛いだけでなく、種族という壁、言葉という壁を感じさせず友情を描いている大変素晴らしい作品だと言うのに! 

 


「まぁ~た始まった、火戀の可愛い物好き……ま、私はこっちの火戀も好きだからいいけど~」


「よく分からんがありがとう、私も貫弥の事が好きだぞ」



 お礼のつもりで言ったのだが貫弥は吹き出して顔を真っ赤にしている。変な事を言ったつもりはないのだが?



「にしてもなんで止まっているんだろうね~あの時計」


「さぁ? 雷でも落ちたんじゃないか?」



 そう、時計塔とは言っているがその針は11:53分で止まっている。最後に動いているのを見たのは……確か5年前とか?



「火戀がそんな冗談を言うなんてびっくり~」


「む? 私だって冗談くらい言うさ」



 雑談も程々に、回れ右して校門を通る。

 そこから一体何mあるのか分からない校庭を歩く。

 端には大型のトラックが何台も止まっており、きっと業者のものだろうと判断する。

 人工芝の校庭は実に目に優しいものとなっており気持ちがいいし癒される。



 正面玄関へ入り、一年の下駄箱を素通りし、廊下を越えて2、3年の下駄箱へ行く。

 保健便りが貼っている掲示ボードを右手に横切り階段を上る。

 私たち2年生の教室がある3階を目指した。

 3階まで登り右へ曲がると1、2、3組の教室が、左へ曲がると私たちのクラスである4組がある。因みにこの学校は5組まである。



 


 教室にはちらほらと生徒がいた。

 黒板の上に掛けられている時計を見ると時間は7時50分、いつも大体この時間にはいる。



「あ、会長おはようございます」「遠月さんおはよー」「……会長今日も可愛いな~」



 クラスの女子が挨拶をしてくれる。男子が何かを言ったのは聞かなかったことにしよう。



「あぁ皆おはよう」


「ねぇねぇ私は? 私もいるよ?」



 相変わらず無視されている貫弥。本気ではなく冗談なんだろうが流石に可愛そうになってくる。


 私は窓際から2番目の一番後ろの席だ。貫弥は対照に廊下から2番目の一番後ろだ。

 出席までの30分間はクラスの人と他愛ない会話をしたり、貫弥と話すのがいつもの時間潰しだ。



 開いていた教室の前の扉から、顎鬚(あごひげ)は意外にも綺麗に整えられているスーツ姿の担任、篤杉勘蔵(あつすぎかんぞう)が出席簿を持って入ってくる。

 スーツの上からでも筋肉があることが分かる。彼は体育教師であるが、だからと言っていつもジャージ姿というわけではない。そのためこの姿を見ても違和感はさほどない。



「おぅらお前ら席につけい」



 どこかめんどくさそうに乱暴な口調で言う。



「皆知っているとは思うが今日は通常授業に加えて健康診断がある。時間は……大体11時くらいからだろう……」



 11時くらいということは3時間目の途中に入ってくる感じだろうか。



「まぁーあれだ。女子は体重が増えていようが気にすることはない。お前らは気にしすぎなだけで、無理なダイエットは体に悪いからなー」


「先生さいて~」「セクハラです~」「先生ひげじょりじょりさせて~」



 前々から思っていたがこの学校、ちょくちょく変な人いないか?



 朝のHRを終え先生は教室を去る。1時間目の授業は化学室で科学だ。そのため準備をして移動となる。





「はい皆さん、おはようございます。今日は私が皆さんをご案内します、児守周一(こもりしゅういち)です!よろしくお願いします」



 すると突然、窓の外から無駄に大きな声の男の声が聞こえる。

 その声に注目してかクラスの生徒たちが窓に集まる。私と貫弥もそれに続く。



「うっは~すごいねあの人~一体どんだけ大声よ」



 どこか感心するように言う貫弥。



「あぁ、気合が入っていいことではないか」


「いやいや、気合入りすぎでしょ。結構な距離あるよ? 第一引率の人でしょ?」



 聞こえる内容からしてそうだろうと判断できる。

 場所は校門、綺麗に3つに分かれた集団から見るに3クラス分があそこにいるのだろう。

 推測するに1年の1、2、3組が叶訪(きょうと)へ行き、残りの4、5組が学校に残って健診を受けるのだろう。つまり──



「つまり、私たちは学校に残る側か……」



 腕を組み左手を顎に当てて目を細める。



「え? ……あぁ~またいつもの癖か~」



「ん? ……あぁ、悪い。どうも考えることが好きらしくてな、未だにやめられんよ」


「ふふっいいとは思うけど他の人の前ではやめなよ~何か考えてる時の火戀ってすごい怖い顔してるから」


「肝に銘じておくよ」


「って何回目よこのやり取り」


「今ので記念すべき1111回目だ」


「って数えてたの!?」


「ははっ冗談だ」



 驚いた貫弥の顔が面白くて、ついつい笑みがこぼれる。



「あぁ~してやられた~本日二度目の冗談~」



 貫弥は片手で頭を押さえ、天を仰ぎ見る。

 同じような環境で育ちながら、貫弥は口調といい、行動といい、全てが私とは似ても似つかない。

 これは(ひとえ)に父親からの愛情の違いからくるものではない……と思いたいだけだということを理解しているからこそくる自己嫌悪に苛まれる。



「早く行かないと遅刻するぞ」


「あ、ちょっと待ってよ火戀~」



 今日は長い一日になりそうだ。

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