44話 絶叫マシーンで死ぬ思いしたことある
晴れやかな空。澄んだ空気。見渡す限りの絶景。
俺は今、夢咲の高台へ来ている。学校から北西の位置にあるそこは、休日の昼間ということも相まって子連れやらカップルやらがちらほらと見える。
ここは風が気持ちいい。景色もなかなかのもので、実は結構気に入っている場所だ。
「ねえライ君~」
「ん?なんだ?」
風を前面に受けていた俺は、右袖口をちょこんと掴まれたことにより、意識までもがそっちへ連れられる。
そこにいるのは、レースの付いた白のブラウスに、キャメルかぼちゃパンツ。黒のニーソックスに白のパンプスという出で立ちの桜。
上目遣いでこちらを覗き、眉を下げて大きな瞳がゆらゆらと揺れている、何とも悩ましげな表情をしている奴である。
今日は土曜日。明後日は体育祭があるのだが、我が高校の生徒会長さんである遠月火戀さんの申し出により、金曜日から月曜日までの休日を使って、体育祭練習をしようという話になっていた。
しかし、昨日の夜の出来ごとにより、本来はするべき練習ができなかった。
だから今日やるのかと思えば意外にもそうではない。なんとも遠月さんは「日中は有志で練習をしようと思う。気が向いたら学校へ来てくれ。休日は休日らしくちゃんと心身共に休めてほしいからな」とのことだった。
そして俺らは……悦受と本田さんもいる……練習へは行かなかった。
だからだろうか、こいつはそれがどうも納得がいかないらしい。その証拠にこう口を開いたのだ。
「ライ君……本当にいいのかな?……遠月さん達は学校で頑張って練習してるんでしょ?……なのに私たちこんなところでゆっくり遊んでていいのかな~って……」
ふむ。そうは言ってもな。俺は別に体を動かすのが好きと言う訳ではないのだ。いや寧ろ苦手であるし嫌いだ。
だからこそ、来なくていいと言うのならばわざわざ行かなくてもいい。休めと言われてるのにわざわざ気をつけをするタイプではないのだ。
「いいじゃねえか。遠月さんだってああ言ってたんだぜ?俺達には休息が必要だ。休む時に休むだけ休んで、いざという時に実力を発揮できるようにするための、謂わば準備期間なんだ」
俺はなるべく諭すような声でそう言った。そしてそれに同調するかのように、白のカジュアルシャツに、紺のデニム姿の本田さんが言葉を発した。
「そうですね。休める時は休みましょう。夜には敵と戦い、仲間と練習をしなければなりません。それはとてもじゃないですけど気持ちが続きません。ですから今こうやってその気持ちを安らげ作っていくことが、今の私たちにとって大事なことなんじゃないでしょうか?」
眼鏡を正しながら、そう坦々と述べる本田さんを見た桜は、微かに口を尖らせ不服そうに頬を膨らませた。
「そうは言ってもさ~……やっぱり私たちだけ楽しんでいいのかな~って思っちゃうんだよね……」
「いいじゃねえか。誰かが苦労している分、誰かが楽をしているのが世の中だ。皆が皆苦労しかしていなかったらそんな世の中は破綻しかしねえよ」
俺はくしゃりとなっていたパーカーのフードを、両手で引っ張り直してそう桜に向き直った。
そんな桜は理解したようなしてないような、そんな曖昧な表情でこちらを見ては、やがて俯きふにゅ~と息を漏らした。
「まぁあんまり思いつめてもいけないってことよっ!舞園さん!!」
何かよく分からん英文が書いてある黄色のTシャツ、青の半ズボンにスニーカーという姿の悦受がそう快活に笑いながら言った。
因みに、いつもこのメンバーの中にいてもおかしくないであろう三浦だが、実を言うと藤原さんに連こ……呼ばれて学校で練習に付き合わされているらしい。
だからだろうか、あんなやつでもいなければいないで少々物足りない、寂しさと言うのを感じなくもない。
まぁ別にいいけど。
俺と本田さんと悦受の3人に諭された桜は、やがて納得するように「わかったよ~……」と力なく頷いた。
「それで?これからどうすっか」
楽しむとか、休むとか言っても正直やることがない。やることが無いなら無いなりに何かやることを探すべきなのだろうが、一体なにをやったらいいかいまいち思いつかない。
そうしてそれは他の3人も同じようだ。
当然と言えば当然か。俺は元より休日の過ごし方にバリエーションがあるような奴ではない。朝というか昼近くに起きて、飯を食べて部屋にこもりゲームや漫画などして無聊を慰めているような日々を過ごしているからな。
特に夏休み。
しょっちゅう悦受に連れられ何処ともなくふらふらと連れられることはよくあったが、それ以外は基本的に先ほど言った通りの生活だ。
宿題とかやりたいと思った時にやりたいだけやっている。まぁそのため、というか当然が如くそんなやりたいって思ったことなんかないため、夏休み最終日には泣きを見ているのが実情だが、そんな事は今どうでもいいってことよ。
かくいう悦受だが、こいつは本当に目的が無い。
ただ友達と一緒にいて、ただ馬鹿騒ぎできればいいだけ。逆に馬鹿騒ぎできれば別にどこであろうと何をしようと関係が無いってことだ。
本田さんだって一見そんな休日の過ごし方を知っているようには見えない。全く俺もひどいことを言っているとは思うが、一か月近く一緒にいた俺らにとって、それを理解するには充分すぎる時間だったな。
桜はと言うと、実家が日本舞踊一家ということもあり、あんまりそういう風に友達と遊ぶ機会が無かったらしい。
というのも、休日は時間があるだけ日本舞踊に時間を費やしていたからとのこと。高校生になるにあたって、その練習時間はきわめて少なくなったらしいのだが、別にこいつ自身やめたわけでもないし、寧ろ続けて行きたいと以前こいつの口から聞いたことがある。
「どうしましょ?」
と本田さん。
「どうすっかね~」
と悦受。
「ん~わかんない」
と桜。
ダメだこれっ!
そんなにアクティブじゃない奴等が集まっても何も起きないと言うことが今更ながらに分かったぞ……ここに貫弥さんとか三浦とかいればあーだこーだ提案してくれるんだろうが……まぁ二人は二人で頑張っているからな……そんなこと言っていても仕方ないか。
「はぁ…………」
気付けばそんな吐息を漏らしており、ちらと後ろを振り返り、一面に広がる景色を眺めていた。
どうしたものか。ゲーセンはまた散在しかねないし、じゃあ他に何処かあるかと言えば……
「遊園地……」
とかあるな。
「遊園地……ですか?」
「遊園地か~悪くないんじゃないか?」
「ゆ、ゆゆ遊園地……っ!」
顎に手を置き考え込む本田さん。両手を頭の後ろで組んでいる悦受。目を爛々と輝かせ嬉々とした表情をしている桜。
うん。口に出しているつもりはなかったんだが。
まぁでも意外にも好感触か。ならば……行くか?
「私は構いません」
「行こうぜ!ジェットコースター乗りまくろうぜ!」
「行きたい行きたい行きたい!!メリーゴーラウンド乗りたい!!」
「メリーゴーランドな」
と訂正した俺は、悦受から順に桜の顔を見た。
ふむ。確かにいいかもな。この一カ月確かにそれなりに色々やってきたさ。夜の事もあるし一緒にいれば必然的に仲はよくなってくる。
だが、一般的な高校生らしいことをしてきたかと言えばあまりそうではない。だからこそ、改めてというか今更感があるが、そういうことをしてみてもいいのかもしれない。
だからだろうか、俺はここに三浦と貫弥さんと遠月さんを加えたくなったが、何度も言う通りあの人たちは体育祭に向けて頑張っているのだ。悪いが次の機会ということで赦してもらおう。
「じゃあ。行くか」
そう端的に言って俺は自転車の練習をしている子供を視界の端に捉えながら、すたすたと駅を目指して歩き出した。
場所は叶訪。
ここら近辺で遊びに行こう!といえば必ずと言ってもいいほどここに行きつく。当然と言えば当然で、この街にはそれだけの施設が整っている。
そのため休日である今日は人も多く、夢咲とは違いひどく賑わっていた。
「相変わらず人多いな」
「当然ですね。今日は休日ですから」
「遊園地っ♪ティーコップ♪」
「ティーカップな」
俺らは叶訪にある、遊園地『ドリーマーズハイ』へ向かっていた。
一体年間どれだけの人数が来ているのか俺には当然わからないが、まぁ人の多さからしてそれはそれはさぞ人気なのだろう。
叶訪と言う街が人気なのだ。ならばそこにある遊園地と言えばもっと人気だろう。
確かここで有名なのが、フリーフォールだ。天高くそびえるそれは、まるで神へ届かんとするバベルの塔であるとよく有名だ。
実際問題としてそんな高いわけ無いのだがな。
まぁきっと悦受の事だ、乗ろうぜと言うだろうからそれはそれとして置いておこうか。
「着いたぜ!遊園地っ!!」
「着きましたね」
「艦濫車……っ!」
「観覧車な」
遊園地、ドリーマーズハイの入り口へ来ていた。
右を見ると受付があり、そこから半円を描くように、『ドリーマーズハイ』と書かれた看板が付いた虹のアーチが掛かっている。
当然が如く人が多く、お決まりのカップルや中学生らしき集団、親子連れなどが受付に並んでおり、それだけでこの遊園地が人気だと言うことが分かる。
俺たちはそこへ並び、楽しみだとかどれから乗ろうかとか話してチケットを買い、入園した。
「うっひゃぁああ~すっげえ人だな!」
手で遠くを見るかのように辺りを見回し感嘆の声を挙げる悦受。そうしてそれはその言葉通りにすごい人の数だった。
キャッキャとはしゃぎまわる子供を追いかける母親の姿。アイスを片手に寄り添うカップル。制服姿で楽しそうに笑っている学生たち。
それだけでなく奇抜な格好をした人や、外人までいたりする。
流石休日の昼間だけあって……何回目だよこの文句。
「おい雷架っ!!あれ乗ろうぜ!!」
そう悦受が指を刺したのは、まるで振り子のように揺れては、その到達点でくるりと半回転して……というのを繰り返しているものだった。
優に30人ほどが乗れそうな大きさのそれからは、わーきゃーという可愛らしい悲鳴もあれば、ギャーという絶叫までもが木霊していた。
見た感じは船が正しいのだろうか。船首には何かよく分からんキャラクターが腕を挙げ、遠くを指差しているものがちょこんと存在していた。
「私はお腹が空きました」
そう軽く俯き眼鏡を弄る本田さん。確かに今は昼の2時近く、俺らはと言うとお昼を食べていない。だから本田さんの申し出は非常に嬉しいのだが、きっとこれからバンバン絶叫系に乗るだろうから考え何処だ。
「メリーゴーラウンド!!メリーゴーラウンド!!」
まるで子供のように目を輝かせている桜。
さぁどうしたものか。
悦受の絶叫系か。本田さんの腹ごしらえか。桜のメリーゴーランドか。
絶叫系はやはりというか人気が高い。遊園地に来てこれに乗らない人はまぁいないだろう。とは言え苦手な人は当然避けるが、そもそも苦手な人はこんなところに来ないだろう。
たとえ来たとしても、乗りたいというやつと一緒に来ているはずだ。そのため一人で待ってどこかふらふらしているのではないのだろうか。ほら、丁度あそこの女の人のように。
腹ごしらえ。これは大事だ。腹が減ってはなんとやらとよく言う。だけどというかやはりというか、俺は絶対一つは絶叫系に乗りたい。乗りたいからこそ腹に物を入れてしまうと非常に辛い目に遭ってしまうかもしれない。
メリーゴーランドも人気がある。子供はやはり憧れるし、大人だってたまには乗りたくなる。カップルなんかは外せないだろうな。
だからそれだけ人が並んでいるだろうから時間がかかるだろう。しかしそれは絶叫系にも言えた話で、寧ろ絶叫系の方が並んでいるだろう。
そこまで考えたところで、俺は一度頷き、息を吐き、返事をした。
「そうだな。最初はまず何か食べようぜ。最初から激しいのは辛いからな」
軽くふてくされたように腕を頭の後ろで組んだ悦受は、空を仰ぎ、「確かに腹減ったな」と言って腹をさすった。
本田さんは何処か安堵を含むような表情でこちらを見ては、「それじゃあ行きましょう」と言ってすたすたと、まるで食べ物を売っているところを知っているかのような足取りで行ってしまった。
そうして俺は、非常に良心を抉られるような気分に陥られてしまう視線を浴びていることに気付いた。
「そう泣きそうな顔すんなって。大丈夫。お前だって腹空いただろう?その後にメリーゴーランド行ってやるから。な?」
俺は夜の神社に一人取り残されてしまった子供を慰めるように、なるべく優しい声でそう諭した。
「う~ん……確かにお腹すいた…………」
渋々納得したのか、コクンと首を落とし、「メリーゴーラウンド~……」と力なく呟いた。
「何しているんですか?早く行きましょう」
誰も後ろについてきていないことに気付いた本田さんは、数歩こちらに戻ってきながらそう言った。俺は桜の肩をポンと叩き、早く行こうぜと言い、これからこいつらとの時間を楽しもうと考えていた。
レストランと思しき所へ入り、各々好きなものを食べた。
俺はカレー。悦受はハンバーガー。桜はホットドッグ。本田さんはパン。そして最後には皆でパンケーキを食べた。
つまり結局がっつり食べてしまったのだ。
その後は予定通りメリーゴーランドへ並び、後10分かそこらで乗れるだろうと言う位置へ進んでいた。
「暇だな」
そうぼやいたのは悦受。肩を落とし半眼でじとーっとこちらを見ている。
「あと少しだ。我慢しろ」
俺はそれを適当にあしらった。本田さんはお腹を満たし満足したのか、心なしか機嫌がよさそうに微笑んでいる。桜はと言うと、目の前でくるくると、馬が回っているのを見て目を光らせている。
そこからは子供のキャッキャッという声も聞こえてくれば、カップルの羨ましく笑っている声までもが聞こえる。
――――何だか目が回ってきた。
「ライ君ライ君!!お馬さんだよ!!回っているよ!!」
そこらの子供に負けないくらいのはしゃっぎぷりの桜は、我先にと指を指しながら走って行ってしまった。順番が回ってきたのだからそんなに焦る必要はないのだが、それだけこいつが楽しみにしていたのだろうということが窺える。
きっと今までこいつは、遊園地だなんて物語の中だけのものだったのかもしれない。
別に俺だってそんなに遊園地へ訪れたことなんかない。だけどそれでも小さい頃はよく連れて行ってもらったし、妹の小鳥の事もある。いつ連れてけー!って殴られるか分からん。
つまり俺にとって遊園地と言うのはそれだけ桜よりかは現実的であり、さして浮かれるようなところでもない。
夢咲からの叶訪だから余計に、近いということもありそれはそういうことなのだろう。
だから俺からしたら桜は流石にはしゃぎすぎという節が見られるが、桜からしたら、きっとこれが普通なのだろう。
初めて遊園地を訪れた時の事はあまり覚えていない。ただ、父さんに肩車をされ、右手にはしっかりと風船を握りしめ、メリーゴーランド乗りたいとごねたことがあるのは覚えている。
キラキラと電飾が輝き、きっと夜ならばもっと雰囲気が出てよかったのだろうかとか思いながら、何かよく分からん布を身に付けた馬へと腰を下ろした。
左を見れば、俺のより一回り小さい馬へと腰掛け、
「ほぉ~!すごいよ!!すごいよライ君!!」
とか言ってバンバン横っ腹を叩いている。果たして馬のそこが横っ腹なのかは俺には判別しがたいが、分かりやすく横っ腹でいいだろう。
それに続くように、俺の後ろへ悦受、悦受の隣に本田さんという位置となった。
全く、高校生にもなってこんなものに乗るとは思って――うぉっ動き出した。
「おぉ~っ!こいつ、動くよ!動くよライ君!!」
まるでどこぞのモ○ルスーツパイロットのようなことを言っている桜。
サクラ、いっきまーす!!
……なんてくだらない想像をしているんだ俺は。
「当たり前だ。さっきまで動いてるの見てただろうが」
落ちないようにしっかり支え棒にしがみ付いている桜。黙ってはいるが、心なしか頬が紅い本田さん。おぉっ、ぬわっとうるさいのは悦受。普通に楽しんでしまっている俺。
何周しかした後、俺らは余韻に浸りながら馬から降りる。少々名残惜しい気持ちもあったが、仕方が無い。
この面白さを他の人にも体験してもらわなければ。
それからは希望通りに、最初見かけた絶叫系へ乗った。正直久しぶりに乗ると怖い。夢魔との戦いとは別種の怖さがある。
いや確かに、あっちの世界ではおよそそこらの絶叫系より勝る体験をしてきたことだろう。
何より、命綱無しに学校の屋上を超える高さから落下し、地面へ顔面着地したのだから。
それに比べれば高々遊園地の絶叫マシーンなんて鼻で笑って一蹴できるレベルだ。とは言え、それでもやはり怖かった。いくらそんな体験をしようが、これは人が人として、人の心を計算して作り上げたものだから余計に怖いのだ。
こうすれば怖いとか、そういった生死の境をギリギリのところを彷徨わせられるように、酷く巧妙に作られたものだと俺は思う。
命の保証と言うものをしているから、それの有効範囲内で出来るだけ人を恐怖に陥れようと言う人間の醜く、一番恐ろしいところが現われているのがこの絶叫系マシーンだと思う。
故に、実際に体験する恐怖体験も比べ物にならないくらい怖いのだが、俺が『恐怖』というものを感じる上では非常に申し分のないものだった。
そうして定番と言えば定番のお化け屋敷。
二人一組で入るそれは、俺と桜、悦受と本田さんに分かれて入って行った。本田さんは桜とよかったと言っていたが、悦受がそれをよしとしなかった。
折角の遊園地、折角のお化け屋敷、何故に男同士で入らなきゃならんのだとのこと。それに関しては珍しく俺も賛同し、男女のペアで行くことになった。
そうなると、桜は悦受よりも俺を選び……というか半ば強制的に俺と組み、仕方なく本田さんは悦受と組むことになった。
俺としては別にこの際桜でも本田さんでもよかったのだが、こいつの楽しそうな顔を見たらまぁこれはこれでよかったのかもしれないという気持ちに襲われなくもない。
中は当然薄暗く、足元からは冷気が入ってきており、中々に雰囲気が出ている。
どうも日本らしさを意識してか、神社や襖、井戸などそういったベタなもので構成されていた。
「こ、怖いよライ君……」
そう俺の右腕に体を密着させながらおろおろと辺りを見ている桜。正直動きにくいし、何よりあまり大きくは無いと言えど、確かに柔らかい二つの膨らみが、俺の腕を優しく包んでいることにより、よけ~いにどぎまぎして動きにくい。
暗闇、女子と二人、密着状態。
これほどまでに健全な男子高校生を刺激するものはあるだろうか。
いや、別に俺は桜にそう言った感情を抱いているわけでも、ましてや本能の赴くままに襲いたいとかそういったことは決してない……とは言い切れないのだが、それでもやはり俺は常識人だからそんなことはしない。
第一そんなことをしてこいつとの関係を悪化させたくはないしな。
……全く俺もいつの間にか居心地がよくなっていたのかもしれないな。こいつのゆっるーい空気と言うものに僅かながら癒されて――
「ぬっわぁあああああああっ!?」
そこで突然上から女性が現われた。
「きゃぁああああああああっ!?」
髪は長くぼさぼさ、顔は白く塗られており、逆さまの状態で驚かすかのように両手をくわっと開いている。
し、心臓に悪い……お化け屋敷とはそういうものだとは分かっている。これまた人を怖がらせるために作られているものだからな。
とはいえ、お化け屋敷はどちらかというと怖がらすことを目的とはしているが、本質的には驚かすことを主としているのかもしれない。
暗闇というだけで人はひどく不安になる。不安になると言うことは恐怖を感じているとも言えるのだが、そこからいきなり人が現われたり大きな音がしたりすれば、驚くだろう。
暗闇で恐怖感を煽り、驚かすことで更に恐怖を倍増させているということだろう。全くよく考えられているものだ。
そこまで分かっていながらもやはりそれに嵌ってしまうのは、それが分かってはいても恐怖せざるを得ないだけの空間を見事に築き上げているからに他ならないだろう。
吊り橋効果と言うものがある。
男女が同じ場所で恐怖体験をしている時、恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いすると言う奴だ。
まさにこのお化け屋敷と言うものはそれだろう。そういう意味ではやはり人間と言うものは素晴らしい。そこまでも考慮してつくっているんだろうなと思うと、頭が上がらん。
その証拠に、実際に今こうして密着されているのも、普段日の明かりがあるところではしないことだろうしな。
夜の世界、夢想世界だとしてもそれは同じことかもしれない。
もう大分こいつとはあの世界でも一緒にいることが増えたが、こう言う風に腕に抱きつかれたりしたことは一度もない。精々服の端をちょこんとつままれるくらいだ。
恐らくお化け屋敷よりもあちらの世界の方が吊り橋効果は極まるだろうが、寧ろ戦場でそれどころじゃないというのが実情だろうな。
まぁ別に俺はこいつとそう言った関係になりたいとは思わないから別にいいのだが、やはり一般的な……今の俺らを一般的と言っていいのか甚だ疑問だが……高校生である俺としては、そういった相手が欲しくないと言ったら当然嘘になる。
とはいえ、一体どうしたらいいのか、俺には経験が無いため皆目見当がつかない。
それに、そういう風に思える相手がいないし、思えたところでどうしたらいいのか分からない。俺が誰か一人の女性とそう言った関係になり、いちゃこらするなど全く以て想像がつかない。
想像がつかないし、正直気持ちが悪いとしか思えない。
だから別に今の状況に対して俺は決して嫌という訳ではないのだが、どうしようも出来ない、する気が無い、してほしくないと言う様々な思いが駆け巡ることにより、俺はとんでもないジレンマらしきものに陥っていた。
とかなんとか沸騰しそうなっていた頭でふらふらと歩いていた俺は、いつの間にか日の元に出ていた。
眩しくなる視界に俺は現実感を覚え、右腕を包んでいた感触が無くなったことにより、ようやく地に足をつけたかのように意識がはっきりとしてきた。
「す、すすすすごっかたね……」
隣から聞こえてきた声は、まるでスーパーの冷凍庫に入っているかのように声が震えていた。
ちらと視線を向けると、まるで俺の喩が正しかったかのように、両肩を抱きしめてふるふると震えていた桜がいた。
「あ、あぁ……久々に入ったが、結構怖かったな……」
俺はそこで深呼吸をして空を仰いだ。
「雨が……降りそうだな……」
その後も定番のジェットコースターに乗ったり、桜の希望通りティーカップに乗ったりした。
そこで俺らは、時間の事も考え、後二つに絞ろうかと決めていた。
「やっぱあれ乗らなきゃ帰れんだろ!!」
と、悦受が叫んで指差した先は、高さ幾らあるのか分からんほどのフリーフォールだった。今でもいろんな人が悲鳴を挙げている。
うむ。確かにあれには乗りたい。正直怖そうだが折角来たのだから乗らなければ行けないだろう。
「私は特に希望はありません。皆さんが乗りたいものをどうぞ」
と、本田さんは手に平を向けて意見を投げた。
「わ、私は観覧車に乗りたいかな……」
と、桜は俺の視界の右端にある観覧車を指差して言った。まぁ初めてくる遊園地だもんな。これまたあれを乗らずして帰るのもなんか勿体ない。
「俺も特に意見は無いからな、その二つでいいんじゃないか?」
ということで、最後に激しいのもなんか嫌だと言う意見が出たため、先にフリーフォールへ赴くことにした。
「実は俺、このフリーフォールで死ぬ思いしたことがある」
「「「え!?」」」
安全ベルトが降りたところで、俺はそう言った。右には本田さん。左には桜。どっかに悦受。
「え、ちょっと待ってください扶來さん。何でこのタイミングで言うんですかっ!?」
明らかに狼狽えている本田さんを、ちらとみてから俺は口を開いた。
「その方がスリルあるかなって」
と言ったところでゆっくりと上昇を始めた。地から足が浮く。それだけで不安になり、何時ぞやの文字通り『フリーフォール』を思い出して体が微かに震えてくる。
ゲーム世界とは違い、現実では死ねば死ぬ。当然と言えば当然、何を言っているんだと言われてもおかしくないことを言っているが、皆もあのゲーム世界を体験すれば俺の言いたいことも分かることだろう。
「す、スリルとかいう範疇を超えていませんかそれっ!!」
大丈夫大丈夫。死ぬ思いをしたことがあるってだけで、別に死ぬことは無い。なんせちゃんと安全が確保されていることだし、何よりさっきから誰一人としてそんな目に遭っていないことからそこの心配はする必要はないだろう。
「面白半分で説明すると、昔初めて父親に遊園地に連れてもらって言った時――」
「面白半分で説明しなくていいです!!」
予想以上に騒ぎ立てている本田さんは、意外にもこう言うのは苦手なのかもしれない。かくいう俺もあの時の感覚を思い出して汗がじとりと滲みだす。
ゆっくりゆっくりと上がって行き、遊園地の全景が見渡せるほどの位置まで来ていた。
「――このフリーフォールに一緒に乗ったんだ。そんときは『何だ、ゆっくりで全然怖くねえじゃん』とか思っていた俺なんだがぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」」
そこで一気に落下を始めた。
世界が上へと飛んで行く。現実味のない感覚、臓物が所定の位置からずれていく感覚、それらの気持ちの悪い感覚が俺を襲った。
唯一の頼み綱はこのレバーだけ。俺は力を込めてただ必死にそれにしがみついていた。
すると突然勢いを止め、またゆっくりと上昇し始める。
「はぁ……はぁ……今みたいに急に落下した時に……」
「……ま、まだ続けますか……扶來さん……」
ぜぇはぁと皆一様に同じ動作で呼吸をし平静を取り戻そうとしている。
その間にも、この機械は無情にも俺らをまた谷底へ突き落さんがためにゆっくりと、まるでお前を料理してやると言わんばかりに上がっている。
ゆっくり上がって行った先に何があるのか、それを一度分からせてからもう一度ゆっくりとあがっていく……これほどまでに残虐なものがあるだろうか。きっとこれを考え付いた奴は性根が悪いに決まっている。
「まだ子供だった俺の体は浮いたんだ……」
「へ?」
「シートから尻が浮いてな、ただ必死にレバーへとしがみ付いてぇえええええええええええええええええええええ!!」
そうそう今みたいにしがみ付いていた。
今は体も大きくなってるからそんな事は起きるはずもないのだが。
「……はぁ……はぁ…………よ、よくそれで死ななかったですね……」
「あぁ……今思い返すと、俺も不思議でしょうがないよ……あの時はマジで死んだって思ったからね」
下手したらあの時俺の人生は潰えていたのかもしれないと考えると、ゾッとする。
「というか……っ……よくそんな体験を……しておいて……またっ……!……乗れますね……」
どうやらまだ一回のこしているのだろうか、下まで下りずに上へと向かっている。
「もうっ……随分前だしいいっかなー……ってぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
――――こうして俺らは胴体着陸を果たした。
まるで砂漠を彷徨うゾンビが如く、最後の目的地である遊園地へ足を運んだ俺らは、流石にまた二人一組は嫌だと言う本田さんの一言により、最後だからという意味も含めて皆で乗ることにした。
「ふぅ…………色々あったが楽しかったな、今日」
入口から右奥に俺、隣に悦受、向かいっかたに桜と本田さんと言う位置づけで、俺は肘をついて外を眺めていた。
まだ上がりきっていないため、そこまで綺麗な景色とは言えないが、先ほどのフリーフォールに比べれば全く以て心安らぐと言うものだ。
「あぁそうだな!たっまには皆でこう言う風に遊ぶのもいいもんだな!!」
にっひひという下卑た笑いを浮かべている悦受は、こういうときは本当に楽しんでいるかのように反応する奴なので、たっまには素直に受け入れてあげるのもいいかなとは思うのだが、そんなことをしていたら調子に乗るのであえて無視する。
「唯……やはりというか何と言うか、三浦さんや遠月さんや貫弥さんがいないことが少々心残りではありますが……」
もう大分落ち着いてきている本田さんは、物憂げな表情でそう語った。珍しいものだと俺は思ってしまったのかもしれない。
何故俺が珍しいなどと思ったのかは分からないが、それでも普段の本田さんはそんな事を言うような人じゃ無かったような気がしなくもない。
「そうだね~でも私は、皆とこうして遊べたのは素直に嬉しかったよ?もとっちゃんはどう?」
その言葉通りに嬉しそうな顔をしている桜は、本田さんの方を向いて優しく微笑みかけている。
本田さんはと言うと、微かに頬を赤らめ、声を上ずらせていた。
「そ、それは当然楽しかった!!…………実は私も初めての遊園地だったから……」
そう口を噤んで俯く本田さん。
「なんだ、それならそうと言ってもよかったのに。別に隠すようなことじゃないと思うけど?」
ただでさえ桜が既に告白しているのだ、余計に隠す必要などないだろう。
「そ、それはそうなんですが……桜さんと違って、私はそこまで楽しみにしていたわけではなかったので……」
そういう本田さんは、恥ずかしそうに頬を赤らめている。この人は意外にもこう言った表情が似合う。
「な、なんかそれ私が一人ではしゃいで恥ずかしい奴みたいじゃん!!」
桜はぷんぷんという擬音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませて両手をぶんぶんとふっていた。
「べ、別にそういうことじゃ無くて!!……私はそこまで素直に楽しめないと言うだけの話……」
みるみる赤くなっている本田さん。そんな二人のやり取りを見ながら、俺は改めて外を眺めた。
「お、これはなかなか」
「おぉ!いいな!」
「おぉ~!!すっごい綺麗~!!」
「綺麗……ですね……」
窓から入り込むのはオレンジの光。日はもう落ちかけて、そろそろ月と役割を交換する時間帯になっていた。
この観覧車からは、叶訪の街のほんの一端を垣間見るだけだが、それでも充分なほどに綺麗だと感じたし、何よりこのメンツで同じ物を共有しているということに更に綺麗に見える。
気持ち的な問題なのだろう。気持ち一つで、何気ないものも楽しく思え、有り触れている景色も綺麗に見えるのだろう。
そうしてそれを感じられるのはいつでも出来ることだが、今この瞬間の俺にはもう味わうことができなくなってしまうことだってあるのだ。
それもそうだろう。まだ出会って1カ月そこらだが、いつまでも一緒にいるという訳ではない。
高校を卒業すればそれぞれ自分の夢に向かって歩きだすだろうし、夢が無くとも働かなくてはいけないため、それの準備期間に入ったり、新たに夢を探すために大学に通うものだっているだろう。
そこは否定しない。それもまた一つの選択だからだ。
だからとも言えるが、そうやって各々が各々の道を進んでいくがために、会える機会と言うものも極端に減るだろう。
そうなってしまえば一緒に楽しい時を共有と言うことも簡単にできなくなるし、若いからこそ感じるものだってあるはずだ。
だから俺はこの時、この高校生活を楽しいものにしたいと言う感覚に陥っていたんだ。俺だけじゃない、きっとそれは此処にいる皆が思っていることかもしれない。
なんせ今、俺と同じく綺麗な景色を共有しているんだからな――――




