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Sleep-Walker~夢と現~  作者: 桜椛
第2章:常闇の闖入者
32/124

28話  Let's Cooking!!


『誰か、高山・ピエール・料磨さんと言う方の居場所を御存じですか?』



 俺は走りながらTransDisplayトランスディスプレイを取り出し、夢咲グループリンクで聞いていた。

 


 実は体育館での貫弥さんの話が終わった後、誘ってもらったのだ。

 ここのグループのメンバーを見れば居るかいないかの判断はつくだろうが、約600人だ。わざわざそんな中から探し出すより、聞いてしまった方が早い。

 それに、アカウント名を自分の名前にしているかも疑問だ。画面を見ると、既読だけがすごい勢いでその数を増やしていく。



「はぁっ……はぁっ!……まさか……ゲームの世界でまでっ…………この坂に苦しめられるとはなっ!」



 坂を走り上っていると、返事が来た。



『えーっと……高山・ピエール・料磨です。貴方は誰ですか?』



 息子はカタコトじゃないようだ。いや、文字だから分からんか。



『俺は扶來雷架です。貴方に頼みたいことがあるのです。今どこにいますか?』



『頼みたいこと……ですか?私は今学校の食堂にいます』



 学校の食堂か。夜の探索で行ったから覚えている。確か1階西棟の突き当たりだ。





 俺は正面玄関から入る。ちらと視界の右端に、俺が殴って壊した壁が見える。

 思えば、普通ゲームと言えば、拠点を破壊することは出来ない。破壊する必要が無いからだ。

 そしてもう一つ、この世界では俺らはいかにダメージを受けようが、何も起きない。あくまで拠点内での話だ。

 

 もしかすると、拠点内でダメージを受けない代わりに、拠点が破壊できるようになっているのか……?


 一体何の為に。まさかそれで釣り合いをとっているとは思えないんだが……そうやって世界の均衡を保っているとでも言いたいのか?

 


 考えていてもしょうがないので、俺はそのまま左へ曲がり、突き当りである食堂へと入った。

 高さはあれだが、広さだけで言えば体育館ほどあるのではないだろうかというくらいには広い。

 

 すると食堂の、右の方のカウンターに、ある男が立っていた。



「あ、あなたが高山・ピエール・料磨さんですか……?」



 そこに立つ男の顔は、父親譲りの彫が深い顔に、蒼の目に、ちょっと癖っ毛のあるブラウンの髪だ。



「はい。私が高山・ピエール・料磨です」



 ピエールJr.は父親とは違ってカタコトではなく、流暢な日本語だ。意外にもいい声をしており、聡明さも感じ取れなくもない。



「それで……私に頼みたいこととはなんですか?」



「あぁっと。初対面でこんなこと言うのもなんだけど……最近、家の事で悩んでいたりしないかな?」



 その一言にピエールJr.は息を飲む。



「何でそれを……」



 訝しげな眼で見られるが、それは当然と言えば当然だろう。初対面の人間にいきなり家のことで悩んでいないかって、プライベートスペースに入りこんでくる奴を、怪しまない奴はまあいないだろう。



「お願いです!聞かせてもらえませんか!」



 俺は深々と頭を下げる。正直何で俺はここまでしてやってんだとも思ってくるが、一度関わった以上、あそこまで言ってしまった以上、引き下がるわけにはいかない。



「…………わかりました。ここ挟んで話すのもなんなので、あちらで」



 と言われてテーブルの方へ促される。何か紳士さを感じる。

 やがて席に着き、対面に座る。先ほどのピエール氏を思い出す。やはりこう言うところは親子なんだなと思う。



「すみません……食材さえあれば何か御出ししたのですけど……何ぶん全くつかえないようなので……それで、えーっと?私の家の話でしたよね……。実は、私の家はフランス料理店で、父がその店主なんですね」



 そこで少しトーンを落として喋る。



「ですが……最近どうも体の調子が悪いらしくて……それで、俺不安になっちゃって、父に料理を教えてくれって申し出たんです。私は別に将来やりたいこともないし、料理自体は昔から興味はあったんです……ですから、あの店を継げるもんなら継ぎたかった、そういう思いがありました」



 うん。益々これはあの頑固親父を説得しなければな。ピエールJr.は俯き、続きを話す。これまた父と同じように彫が深い顔に影が出来ている。



「それでも、父は私のそんな思いを一蹴しました……お前なんかに俺の味が出せるか!って怒られてしまい、厨房にも立たせてもらえなければ包丁を握ることすら許されていません」



 だからこそ料理教えてやるべきなんだよなー何でそこでそんなこと言っちゃったかなー。



「で、でも俺それだけで当然諦め切れるはず無いし、何より父さんに無理はしてほしくないんだよ!!あの人が倒れたら、一体誰があの店やっていくってんだよ!俺しかいないだろ!!」



 どうも熱が入ると一人称が『俺』になるようだ。



「そうですか……そうですね、そうですよ。そこまで気持ちが固まっているのならば、今すぐお父様に会いに行きましょう。その気持ちを全力でぶつけて全力で向き合うべきです」



 言って俺は立ち上がり、長ったらしい坂を下りたとこの商店街にある店へと向かうべく、足を向けた。





「にしても、貴方何なんですか?初対面の人がそこまでしますか?」



 坂を下りながらそんな事を聞かれた。聞かれて当然だ。



「うーん俺も正直言って分からないです……ただ、事情を知ってしまった以上、この問題は解決しないと行けないって思ったんです。それに、実は先にお父さんにお話を伺っていたんです。その時にフルコースも御馳走して貰って……その味がとても美味しくて、これは絶やしちゃいけない味だって思ったんです」



 するとピエールJr.は拳をグッと握りしめこちらを見る。



「そうなんですよ!!父の味は最高に美味しいんですよ!!貴方分かってるじゃないですか!!」



 挙句両手で熱く握手される始末だ。



「改めて、私は高山・ピエール・料磨。1年4組です」



「え!同い年!?俺は扶來雷架。1年3組です!」



 同い年がこんなにかっこいいとか……外人の血が入っている分、三浦とは違うタイプのかっこよさだ。



「あ、同い年なんだ!これからよろしく!なんか君とは仲良くできそうだ!」



 き、急にフランクになったな……まぁ俺としては全然こっちの方がいいんだけど。





 journalier heureuxの看板が見えてきた。先ほどのピエール氏の話を聞く限り、どうやら『日常の幸福』という意味を持つらしい。

 

 俺は店の中に入り、休んでいるピエール氏の姿を見つけ、声を掛ける。



「ピエールさん。息子さんを連れて来て参りました」



 その一言に、ピエールさんは驚き、立ち上がろうとするが、俺とピエールJr.がそれを阻止する。

 

 やがてピエールJr.は俯きながら、言葉を発する。



「父さん……お願いだから、俺に料理を教えてくれないか?父さんのこのお店の味を出せるのは、とうさんんだけなんだよ。だから、その父さんが動けなくなったら母さんも困るし、継げるのは俺しかいない……誇張でも何でもなく、厳然たる事実として俺しかいないと思っている。だから、本当にお願いだから俺に、俺に料理を教えて下さい!!」



 勢いよく、力強く頭を下げる。



「お、俺からもお願いします!!」



 場の空気にやられて俺もついつい下げてしまう。しかし、そんなピエールさんはそんな俺たちを跳ねのける。



「……駄目だ。お前には教えられん」



 先ほどまでのカタコトのピエールさんは何処へ行ったのか問い正したくなるような流暢な声で言う。



「何で!何でだよ父さん!!あんたこのまま店が潰れてもいいってのかよ!!」



 あぁ。ピエールJr.の言う通りだ。何でここまで言ってんのに頑固な部分が出るかな~めんどくせえ。



「じゃあピエールさん。一体どうしたら教えてくれるんですか?」



 このままじゃあ一向に教える気はないだろうからな。どうやったらそういう気になれるのか聞いておいた方が楽と言えば楽だ。



「…………教える気なんかない。この店は潰させやしない。それに、教えてもらいたかったらなあ、俺を納得させるだけのものを作ってこい」



 腕と足を組んでそっぽを向いてしまうピエールさん。そして無理難題を押し付けてきやがった。



「な、納得……ですか?」



 これは俺がピエールJr.の料理の腕前を信用してないとかそういうことではない。



 物理的に不可能なのだ。



 この世界では、少なくとも俺らは食糧を扱うことは出来ない。冷蔵庫も開けることも、コンビニにあるものも買うことが出来ない。

 そんな状態で、一体どうやって納得させることができるだけの料理を作れと?


 俺はちらとJr.の方を見た。項垂れ下唇を噛んでいる。



「分かりました……あなたを絶対に納得させて見せます!!」



 そう叫び、店を出て行ってしまった。



「ちょ、おい!!」



 どうするつもりだってんだよ!!何か策があるってのか!?


 最悪Jr.のほうとはLINKで連絡を取れるから問題はないとして……いいのかは分からないが、この父に関しては何としても説得をしておかなきゃ本当にどんなに美味いものを作ってきたとしても許しを得ないと思う。


 だから俺は店の方に留まることを選んだ。



「ピエールさん!何であんなことを言ったんですか!!素直に教えてあげればいいじゃないですか!!」



 回り込んで顔を覗き込む。その顔は、まるで嘘を誤魔化す子供のように口を尖らせていた。



「だ、だって。教える恥ずかしいね……」



 カタコトに戻っている。あぁ~くそっ!めんどくせえ。



「恥ずかしいとかそういうことを言っている場合じゃないんですよ!!あなた状況分かっているんですか!?倒れてからじゃあ遅いって言っているんですよ!!」



 俺、大人をこんな風に怒鳴るの初めてです……。



「わ、分かってるね……デモ……デモ……」



 いい年こいたおっさんが何をもじもじしてんだよくそっ!



「お願いですから、料磨さんに教えてあげて下さいよ。一体何を恥ずかしがる必要があるんですか!さっき俺に向けてくれた熱い思いを息子さんにぶつければいい、ただそれだけですよ!!」



「ただそれだけのことが難しいね……いきなりそんなこといわれても……」



 これ、一発殴った方がいいですかね?どうですか?やっちゃいます?まぁやりませんけど。



「じゃあどうやったら恥ずかしがらずに済みます?」



 俺は自身を落ち着かせるためにも、一呼吸置いてから聞いてみる。



「……だから、あいつが納得いく料理を作ったら済む話ね……」



「い、いやそれは残念ながら出来かねるんですよ」



「別に、納得いかせなくてもいい、あいつが何かを作ってもってきたらそれで許すつもりね……」



 要は体裁が気になるという事だろうか。


 一度言いだしてしまった分、お願いされただけでいいよ、というのは嫌だということだろうか……やっぱくっそめんどくせえ。



「そういうことなら分かりましたけど……実はそうもいかなんですよ」



 俺はピエールさんに食糧を扱えないことを話した。



「うーん……それは一体どういうことなんですか?ワタシにはさっぱり……」



 と言われても仕方ないだろう。だってこの人は食糧を用いて俺にフルコースを御馳走してくれたのだから。



「そうは言っても、これは現実としてそうなんですよ」



 まぁゲーム世界で言っても説得力はないだろうがな。



「ですから、今すぐに息子さんを許してあげてはくれませんか?」



 もう何度目のお願いだろうか。数えることすら億劫になるほどには頼み込んだ。

 そして、息子はいないが、やっと了承した。



「わかったね……済まないが息子を連れてきてはくれないかね?」



 懇願するかのような顔でこちらを見るピエールさん。



「ふぅ……ピエールさん、今度はあなたが向かいに行きましょう」



 また恥ずかしがって否定されては困る。

 自分の城から出て、相手を迎えに行けば、自分から申し出るしかない。ならばそうなるように仕向けてしまおう。



「息子さんの場所は俺が聞きます。分かり次第ピエールさんにも教えますので、その場所に行って、息子さんを認めてあげてください」



 その言葉にピエールさんは強く頷く。俺はLINKを開き料磨へ『今どこにいる?』とだけ送った。









 しかし、いつになっても料磨からの返信はなかった。


 既読すらつかず、何処を探しても見つからない。学校の食堂や、先ほどと同じようにグループリンクで聞いたみたが、誰も知らないとのこと。



そして気付けば真っ白だった空は段々と色味を増し、最早見慣れた薄紫の空となった。つまり、夜になった。


 昼から夜の変化、これは、まず分かりやすく、先ほども言った空の色の違いだ。それともう一つ、更に大きな違いがある。


 それは何かというと、人が消えたのだ。純粋に家で寝ているだけかと思ったが、俺の家を探しても誰もいなかった。



 ピエールさんの家にも寄って見たが、誰もいなかったし、みんなに聞いても同じような反応だった。



 俺は高台に来ていた。夢咲高等学校を正面にして、そこから北西にしばらく行くとある、ちょっとした丘だ。


 ここは昔から友達と遊ぶ時にはお世話になったりする。謂わば遊び場には打ってつけの場所なのだ。

 そんな俺は高台の柵に体を預けて、TransDisplayを片手にぼーっとしていた。



「っておぉいっ!?」



 するといきなり、TransDisplayトランスディスプレイの画面から、金髪少女の顔だけが浮かび上がる。



「どうも扶來さん」



 俺は一度息を吐き、そいつと同じ顔をしたアイコンをタップした。



「どうもじゃねえよ、お前今までどこに行ってたんだよ」



「どこ、という言葉は正しくありませんね……まぁそれはどうでもいいことですか」



 何かいまいちよくわからん言葉を呟き、リアはパンパンと手を打ち鳴らす。



「そういえば、いつの間にか『友情(フレンド)任務(ミッション)』を遂行中のようですね」



友情(フレンド)任務(ミッション)?」



 なんだねそれは。



「通常の任務(ミッション)とは少々異なります。通常の任務(ミッション)が拠点内で受けるもので、必須任務エッセンシャルミッションが拠点内で受ける、現実世界へ戻るための任務(ミッション)とするならば。それとは別に、主に悩みを解決することを目的とした友情(フレンド)任務(ミッション)があります」



 説明係と言う役目を果たすかのように、淡々と語るリア。



「悩み解決を目的とした……?つまり、あの頭の上に、靄がかかったようなアイコンがあったのは、それを示しているということか?」



 俺は首を傾げ、鼻先30cmにいるリアへと質問する。



「ええ。そういうことですの。ですから、あのアイコンを見つけたならば、話しかけることをお勧めします。まぁ……友情(フレンド)任務(ミッション)と言っても、関係なく普通にお悩み解決で終わるってこともあるかもしれません」



 おいおい、それってまさに徒労じゃねえかよ。



「いや、ちゃんと達成できれば通常の任務(ミッション)同様に報酬も受け取れますので、あまり悲観することもないかと……」



 半眼でじとーっと見られる。どうせちんけな報酬だろ。



「それで、どうしたらいいんだこれ?俺ら料理なんて全く作れないんだぞ?」



「あぁ、それでしたら御心配しないでください。ちゃんとこの世界でも料理を作れますから」



 なんとも軽い口調で言ってのける。その顔はどこか高飛車なお嬢様に見えなくもなかった。



「というか色々と疑問が多すぎるぞこの世界。今回分かった……というのは聊かおかしいか……疑問は、何で昼間だけ人がいるんだ。ということと、何故俺らには食料が扱えず、俺ら以外の人にはそれができる?」



 思えば夜にも人がいることにはいた。昨日のコンビニの店員だ。ぼーっとしててやる気は感じられなかったが、確かにそこに人がいた。



「昼間にいるあれは……NPCノンプレイヤーキャラクターという認識でいいですの。ゲームには欠かせないですよね?そして、貴方達が食料を扱えない理由としては……扱えるスキルを持っていないからですの」



 何かさっきから言葉に詰まりを感じるな。こいつにも言えないことと言うものがあるのだろうか。



「NPCって基本的に喋りかけても同じことしか言わないよな?決められた言葉しか喋らない、だからこそのNPCだろ?でも俺らはちゃんと会話を成立させていたぞ。それに、夜に人がいないことの説明をしていないぞ」



 ゲームに出てくるNPCとは似ても似つかない、現実世界にいる本当の人間にしか見えなかったぞ。



「夜は夢魔(ナイトメア)の時間ですからね……」



「それともう一つ、料理が出来るようなスキルがあるのか?」



 これは最早RPGというより、MMORPGの一種にありそうなスキルだがな。



「まぁそういうことですの……そしてその能力の持ち主が……最早言う必要もありませんかね、その目で直接見せてもらうですの」



 しっしっと払いのけるかのように手を振ったリアは音を立てて消える。


 リアの言いたいことは分かった。つまりはそういうことだ。改めて奴を探さねばならんな。

 

 と、そこで丁度良く料磨から返信が来た。



『今は叶訪(きょうと)に来ているよ。きっといいものを作って見せるさ』



 何で叶訪……?というか今ピエールさんいねえから作れても見せれねえじゃん。



『分かった。そっち行っていいか?』



『別に良いけど……あまり面白いことはないぞ』



『別に面白くなくてもいいさ、俺は面白さを求めて言っているわけじゃないからな』



 夜風が頬を撫で、髪の毛も後ろへさらっていく。少し肌寒さを感じ、気付けば鳥肌が立っている。まだ春先だ。夜は寒い。



『そうか、ならいい。場所は……ちょっと待ってて』



 数秒後、画像が送られてくる。料磨の現在地を示しているものだろうと判断できる。俺はその画像を保存し、叶訪へ向かった。









 真に面倒くさいことこの上ないのだが、どうやら交通機関が機能していないため、俺は仕方なく歩いて叶訪へ来ていた。

 その後、先ほど保存した地図と見比べて、目的地である場所へたどり着いた。



「ここは……?あいつの家か?」



 表札を見ると、高山と書いてある。俺はLINKを開いた。



『着いたけど……?ここでいいのか?』



 俺はカメラ機能を呼び出し、目の前にある家を撮って送った。既読だけが付き、返事は来ない。



「…………んだよ」



 と思った瞬間、勢いよく玄関が開け放たれる。



「いいよ、入って!」



 そこにいたのは当然高山・ピエール・料磨だった。いきなり入ってと笑顔で手招きされた。



「それじゃあ……お邪魔しまーす」



 俺は軽く会釈をしながら玄関をくぐる。まあどうせ誰もいないのだろうからそこまで気に留めることはないのだろうが、日本人として様式にこだわるのは常だ。

 

 そのまま右手の階段を横切り、奥へと進み、突き当りの扉を開けた。



「ここは……お前の家なのか?」



 料磨はとことこと歩いていき、やたらに広い台所で立ち止まる。家の外観を見ただけでも、広い家だというのは分かった。

 とてもお洒落な、およそ似つかない日本庭園らしきものまで左手に見えたのだ。



「そう。ここは前に俺が住んでいた家なんだ。今は夢咲に通っているから、あの父さんの店の2階に住んでいるけどね」



 ほへ~そりゃあ楽でいいな~ちょっとした別荘気分だ。



「それで?何でここに……?」



 料磨は、コンコンと台所を叩く。



「実はここ、元々は俺のおばあちゃんの家でね。だけど14年前に死んじゃって、それからは俺のお母さんがこの家に俺と父さんを連れて3人で過ごしてたんだ。でも、5年前から父さんがあそこに店を出してね、暫く母さんと2人暮らしだったんだ」



 この広い家に2人だけか……少々物寂しいな。そこからはどこか懐かしむように語り出す料磨。



「おばあちゃんは昔から料理が好きだったようでね、よくお母さんに教えていたって聞いたことあるんだ。それで、おばあちゃんが死んでから、母さんはこの家で、この場所で料理教室を開くようになったんだ」



 確かに料理教室が開けそうなほどには広い。



「俺も昔は一緒になって教えてもらったんだけど、それも小学生の頃の話、中学時代はもう混じって料理教えてもらうとか恥ずかしくてできなかった。でも……今回この状況になってみて、改めて俺は料理と向き合うべき何だって思った。そう思っていたところにあれだろ?」



 あれ……とは一体どこからどこまでの事を言っているのだろう。はたまた全部か。



「だから俺は、昔を思い出してここに来てみたわけ。そしたら、ここに昔母さんが……おばあちゃんが使っていたという包丁があってな、試しに握ってみて俺は確信した。これは夢魔(ナイトメア)を捌くためのものだってな」



 料磨は包丁を握りニヤリとする。正直絵面的に怖い。



夢魔(ナイトメア)を捌く……?」



 料磨は包丁を離さずそのままこちらへ向く。こらっ刃物を人に向けてはいけません。



「そう。俺の能力は正直言ってさっきまで分からなかった。でも今ならしっくりくるね」



 そこで料磨は、ボウルをとんとんと叩く。



「これは?」



 中には肉のようなものが数枚、もふもふしたようなものが数枚入っている。



「これは夢魔(ナイトメア)を倒したら出てきた」



「で、出てきた!?」



 じゃあなにか、これはあいつらの部位……?



「うん。俺の能力は、夢魔(ナイトメア)を倒すことで、それを食材に変えることができるというものだ」



 随分と変わった能力だな……



「それで、この肉っぽいのがバクーム。このふわふわしたのがラビットンを倒して出てきたもの」



 そう言って一摘まみする。少しばかり異臭漂う気がする。



「へぇ~つまり、こいつらを倒して出てくる素材を使って、料理を作ろうとしているわけだ」



 料磨はパッと肉を離し、そうそうと言って手を振る。



「でも実はまだ足りなくてね~なんかあるといいんだけど……まぁ取敢えず食料調達と行きましょう!」



 言って包丁を握りしめ、そのまま部屋から出て行こうとしているため、俺はその後を付いて行った。





――――そんな物騒なもん持ち歩くんでない……






 



 それからは暫くふらふらと外を歩いた。改めて見ても、現実の世界と変わらず叶訪の街並みだ。

 叶訪と言う街は円を描くようにビル群が立ち並び、それらの中にアミューズメントパークのような、所謂都会の様相が見えるが、それらの間に、実は住宅街もあって、とにかく色々と詰め込んだのがこの叶訪と言う街なのだ。



 そんな俺らは住宅街を歩いていた。あまり家から離れても戻ってくるのが面倒なので、ぐるぐるとそれを基点にして、回るように歩いていた。

 

 すると、街灯の陰から一つ、地面から一つ、黒と紫が混じったような波動が現われた。



「で、出たぞっ!!」



 地面から現われたのはラビットン1匹。街灯の陰から現われたのは、今まで見たことのない、蝙蝠のような艶やかな羽、頭と足は鴉そのものというような化物が現われた。



「扶來君!!ラビットンは俺に任せて!!だから君はあっちを!」



 と言って包丁を構えて突っ込んでいってしまった。



「お、おい!?無茶言うなって!!」



 何も分けて戦う必要はねえだろ!


 料磨は包丁を日本刀のように振り下ろす。それはラビットンの顔を軽く切り裂くが、ラビットンはそれを気にも留めないと言った感じで地面を蹴り一気に跳躍。

 その延長線上にいた料磨の顎を見事クリーンヒット。低いうめき声と共に後ろへ倒れそうになる料磨を、俺は走り寄り支える。



「今は二人なんだから、協力して倒すぞ」



 確かにラビットン1匹ぐらい今の俺なら優に倒せる。だが今は、未知数のものが空を飛んでいるのだ。


 侮ってはいけない。


 慢心は失敗を招く。


 それは今のこの状況で言えば、死を、破滅を招くと言ってもいいものだ。



「っ!……」



 鴉頭は、その蝙蝠羽をはためかせ、お前それ違うだろっていうような、鴉の黒い羽を放ってくる。


 俺は料磨を抱えながら、一歩跳び退き、着地の瞬間料磨を離し、二歩飛び退き、羽が止んだその瞬間を見計らって一歩踏み込み、手を上空へ向け、感電サンダーを放つ。

 

 しかし、それは簡単に避けられてしまった。



「な、なんだよこいつ!!速え!!」



 ギュルォオオオと叫びながら、風切り音を発生させながら飛び回る鴉頭。



「くそっ!当たれっ……!」



 2度3度と感電サンダーを放つが、おちょくるかのように口をあんぐりと開けながら飛び回り躱されてしまう。


 視線を下に向けると、ラビットンが跳び上がるモーションに入っていた。しかし、俺にとってこちらに向かってくる相手は好都合。すぐさま感電サンダーを放……



「ぐっああああああ!?」



 首、肩、腕に鋭利なものが突き刺さる感覚が襲う。これは一昨日のクロック三兄弟の攻撃に比べたら大したことはない。

 だが、不意に訪れた痛覚というものは、実際のダメージより痛く感じる。



「あぁあああああああああ!!」



 感電サンダーを放ち損ねたため、ラビットンはそのまま飛び上がり、俺の顔面数十cm迫ったところで、鹿の左端へ消えてく。

 

 料磨が包丁を握りしめ突撃してくれたのだ。ラビットンは包丁を豚鼻に刺したまま、「ギュルウォッ!?」っと呻き、料磨はそのまま転がり込み、刺さったまんまの包丁を取りに行こうとする。



「危ねえっ!!」



 しかし、それを鴉頭が阻止する。またも羽を飛ばし、上空で「ギュルォオオオオ」と鳴いている。


 俺はタックルの要領で料磨へと突っ込み、羽を躱す。



「こいつが厄介だ!いいタイミングで羽飛ばしてきやがる」



 これもゲームだからだろうか、プレイヤーにとってやりにくいタイミングで攻撃を仕掛けてくる。

 そのため、実にラビットンやバクームのような単調な攻撃でも、厄介な連携プレーとなる。



「俺は包丁取り返さないと……」



 料磨は俯き、何処か自棄になるようにラビットンへ突っ込んでいく。



「おい!だからお前は!!」



 軽く舌打ちをして上空の鴉頭へ感電サンダーを放つ。また避けられるかと思いきや、なんとそいつは蝙蝠羽で身を包み、電気が当たったその瞬間に羽を思い切り広げた。



「ちょ、そんなんありかよ!!」



 こいつ意外と強い……2人じゃ手に余る。



「包丁取り返したよ!!」



 料磨は手を振り上げながらこちらを振る向く。ラビットンは倒したようだ。



 どうする……?あいつの包丁は大事なようだし、投擲するのは可哀想だし……でも唯一の遠距離攻撃が弾かれてしまっている今、俺に何ができる……?



「ギュルォオオオオオオオオオ」



 鴉頭が、その大きな嘴を広げて俺の頭を飲み込むかのように迫りくる。


 ここか……?ここしかないのか?



「おぉおおおおおおおおお!!」



 俺は意を決して、その口へ手を突っ込む。



「扶來君!?」



 料磨は驚きを隠せないと言った表情だ。正直俺だっていきなりこんなことしてたら驚くよ。

 

 でも、今俺が思いつくのはこれしかなかったんだ。

 

 ぬちょっという気味の悪い感触が手を伝い全身を駆け巡る。



「くっ……!」



 それは俺の右肩までをずっぽりと喰らい、その力は益々強くなってくる。

 俺は不快感と痛みを拭いきれないまま、感電サンダーを放った。



「ュォオッ!?」



 ビクンと体が痙攣し、気持ちの悪い哭き声を上げている鴉頭は、じたばたと抵抗するように羽をはためかせ、羽を俺の体へ突き刺す。

 しかし、その抵抗空しく、鴉頭は淡紫色のシャボンへとその姿を変える。



「はぁはぁ……」



 鴉の嘴から解放された俺は、痛みを覚えている右腕を軽く押さえる。



「大丈夫扶來君!ちょっと待ってて」



 料磨が走り寄り、何かを操作するような素振りを見せ、やがて手に一枚の肉が乗せられる。



「これ食べて」



 と言われて差し出される。俺は恐る恐る手を伸ばし、それを摘まむ。肉と言うものを、食感で感じることはあれど、触感で感じることは初めてだ。



「これは……?」



「これはバクームの肉を焼いたもの。どうやら体力を回復するみたいなんだ」



「肉を焼けたのか……?ガス通ってんのか?」



 質問を投げかけながらバクームの肉をパクリ。



「ん。中々美味い」



 右腕の痛みを多少だが引いた。それを聞いた料磨は朗らかに笑い、俺の後ろへ行く。



「ちゃんと通ってたよ。そして……これを使えばいいアクセントが出来る……はず」



 と言ってしゃがみ込み、1枚の、黒い羽を取り上げた。



「さっきのやつのか?」



「うん。そう。これが俺の能力。どうやらあの鴉頭は羽と言う素材を落としてくれたみたいだよ」


 

 羽って……それ食材として使えんの?



「出来ればこの羽、もう一枚欲しいな!」





 …………え、まじすか。









「さぁ!作るぞ~!」



 痛い思いしてもう一枚の羽を手に入れた俺は、料磨の家に戻ってきていた。

 何が起こったのかは言わないが、それはもう酷い経験をしたとだけ言っておこう。



「扶來君はまずお風呂に入ってこようか~鴉に頭からパクリされたままじゃね~衛生面に問題ありだから」



 ……まぁそういうこったね。





 俺はどうやってお湯が出ているんだろうと疑問を持ちながらシャワーを浴びた。

 風呂場も俺の家よりも大きく、大人4人が入ってもゆっくり出来るくらいには広かった。

 

 さっぱりとした俺は、タオルで髪の毛をわしわしと拭きながら、改めて制服に身を包む。



「まず食材はこれらを使います!」



 料磨は両手を広げて、ボウルから出して並べた食材達を眺める。右から順に、バクームの肉4枚。ラビットンの羽肉3枚。モリスの鴉羽2枚だ。

 

 因みにモリスと言うのは、リアの説明により、あの鴉頭の名前だそうだ。



「先生~これから何を作るのでしょうか~」



 俺は軽く右手を上げ、およそこれらから何も作り出せないだろうという猜疑心を隠せないまま聞いた。

 料磨はそんな俺を気にも留めず、寧ろ乗り気になって「そうですね~」と言っている。



「それは出来てからのお楽しみです!」



 ふふんと笑い塩コショウを取り出した。



 料磨はまずラビットンの羽肉を等分に切り分けた。



「実はこれ、肉とか言っているけど、玉ねぎに近い味と食感なんだ。オリーブオイルとって」



 そしてフライパンを取り出す料磨。



「お、オリーブオイル何処っすか……」



 俺はおろおろしていた。自分の家のオリーブオイルもどこにあるのか分からんってのに、人様の家のとか余計に分かるかっての。



「そこ、一番下の戸、開けて。ついでだから赤ワインとみりんもお願い」



 言われた通り開ける俺。一番右に見えるこのでかいのがオリーブオイルか?首を傾げながら取敢えずそれを手に取り渡す。



「これでいいっすか先生」



「それでいいっすよ助手」



 助手。俺助手っすか先生。



 料磨はそのオリーブオイルを受け取り、フライパンに流し、ラビットンの羽肉を入れた。

 俺は赤ラインらしきものを取り出し、一つ一つ確認しながらみりんも取り出した。



 それからの手際はすごくよかった。羽肉を焼きながら、塩コショウを入れ、それが終わったらモリスの鴉羽を焼きにかかる。


 焼き終わったらそれをトレイに乗せ、今度はバクームの肉を焼きにかかる。それを焼き終えると、ラビットンの羽肉と同じような大きさに切り分ける。



「はい。赤ワイン!」



「どうぞ!赤ワイン」



 料磨は赤ワインをフライパンに入れ、暫く見つめている。やがて気泡が弾けてきて、それを見計らったかのように醤油を入れ、みりんを入れた。

 

 それを放置して、まっさらな平たい皿を取り出し、フライパンにかけていた火を止める。

 そして菜箸で以て、ラビットンの羽肉とバクームの肉を交互に重ね合わせて行く。

 そしてモリスの鴉羽を皿の脇に盛り付け、最後にスプーンでフライパンのなかのものを掬い……



「これで、完成!」



 と言って、皿と料理に円を描くようにそれを掛けた。



「お、おぉおおおおお……」



 見た感じすごく美味しそうです。匂いも食欲を掻き立てられる。



「先生。これは一体何でしょうか」



 へへっと胸を張り文字通り鼻を高くする料磨。



「これは……えーっと……取敢えずミルフィーユです!!」



 料理名が思いつかなかったのか、一瞬考える素振りをしたが、そう告げた。



「ミルフィーユってあのケーキのじゃないの……?」



 あまり俺も詳しくはないから分からん。



「そうだね。だけど、こういった肉を重ね合わせるのもミルフィーユって言うんだ。本来のお菓子であるミルフィーユは、パイ生地を何層にも重ねているよね?『ミル』というのが『1000』の意味を持ち、『フィーユ』というのが『葉』という意味を持っているんだ。幾層ものパイ生地を『ミル』、パイを落ち葉みたいだってことから『フィーユ』。つまり、『千枚の葉』という意味を持つ『ミルフィーユ』という名前が付いたんだ」



 料磨は何処か嬉しそうに、分かりやすく丁寧に説明してくれる。



「へぇ~色々意味を持って生まれてくるんだな~」



 そんな俺は感嘆していた。まさかあの少ない素材で、フレンチ作りやがった。



「さーて。後はこれを父さんに見せれば……」



「って待て待て。今はあの人いないぞ?」



 料磨は「え?」と声を漏らす。



「いや、夜はどうも人はいなくなるみたいなんだ。その代わりに夢魔(ナイトメア)だ現われるらしい」



「じゃあどうすんのこれ?」



 両手人差し指を肉のミルフィーユへと指す料磨。



「どうするっつてもね~冷蔵庫に入れておけば?」



 料理の保存なんか取敢えずそれでいいと思うんだが……



「いや、駄目だ。真空保存でもしない限りはね」



 真空保存……あれか、真空パックがそれにあたるのか。



「じゃあそれやればいいじゃん」



 手法を思いついているのに実行に移さない理由が分からない。



「それが実は……真空パックがないんだよ……」



「は?」



 料理教室を開くほどなのに真空パックもないの??



「ないんだよ」



 そっか。それは困ったな。もしかしたら、あの人ならばその状態を作り出せるか……?



「というわけで、これは食べよっか」



 と言ってナイフとフォークを取り出した。



「ちょ、おいおい。ピエールさんにたべさせるんじゃなかったのかよ」



「いや、できれば出来たてを食べさせたいんだ。じゃなきゃ認めてもらえるものも認めてもらえないだろうしね」



「あぁーっとなるとだ。もしかしてまた素材を集めに行かなきゃいけないんじゃないのか?」



 全て使い切ってしまったからな。



「そういうことだね。というわけで、食べたら行くよ」



「うぇ~めんどくせえ~」



 まぁ仕方ないのだろう。仕方ないから仕方なくミルフィーユを食べ、仕方なく食料調達へ狩り出たのだった。

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