11話 覚めし夢
窓から差し込む陽光に、片手で顔を覆う。
俺は体を起こし、ふらふらと窓を開けに行く。
そこは、白い雲が点在した、青い空だった。
「……帰ってきたのか?」
暫くそこでボーっとする。風が気持ちいい……
TDで時間を確認する。
『4月12日 水曜日』、『6:50』。
その後、置時計の時間を確認。どうやら小鳥は元に戻したようだな。
「……ちょっと早く起きちゃったな」
二度寝しようかと思ったが、そのまま身支度を済ませる。遠月さんに言われた通り、たまには早起きもいいもんだと思ったからだ。
「雷架おはよう」
「母さんおはよう」
母さんに挨拶をし、いつも通り、父さんへ線香を上げる。
そして、久々に朝ご飯を食べる。今日は食パンにジャムを塗った至ってシンプルなそれだ。
すると、テレビからニュース番組の音が聞こえた。
『今日は、FutureDream社社長の、逆巻創さんにお越しいただいています! どうぞ~』
えくぼが特徴的なアナウンサーの呼び込みで画面の端から黒いスーツに赤いネクタイ、白髪の男が現われる。見た目はその白髪とは裏腹に、20代後半に見えるが、『逆巻創社長(38)』と出ている。
『今日はよろしくお願いします!』
『はい、こちらこそよろしくお願いします』
落ち着いた声に爽やかな笑顔で男は椅子に座った。
「この人ね、あの人の同級生なのよ~」
母は、コップに麦茶を注いで持ってくる。
「へ~若いな……」
あの人とは俺の父親の事である。
「ね~同い年でもこうも違うかって思うわよね~息子さんはさぞかっこいいんでしょうね」
俺の父親と同い年ってことは俺くらいの子供がいても普通か。
FutureDream社の説明が軽く流れている。
高校時代の後輩含めた3人で起業。
2014年創業以来、数々の実績を残してきた、大手玩具メーカー。そのジャンルに囚われず、持ち前の発想の転換で、ニーズに応えた商品を発売してきた。
画面の左上には、「7:15」と表示されている。
「奥さんどんな人なんだろうな」
「……さぁ? 興味無いわ」
なんだ? 急に冷たいじゃないか。ま他人の家族構成にそこまでの興味が無いのも分からなくは無いけど。
『今日はそんなFutureDream社の新商品を紹介していただきたいと思います!……これは一見眼鏡のようですが……一体どのようなものですか?』
スタジオの机、社長が座っているゲスト席の真ん中、黒縁の眼鏡らしきものが置いてあった。らしきというか眼鏡そのものだが、新商品と言っていた。
その内容や如何に。俺はパンを齧る。イチゴのツブツブが舌にざらつく。
『こちらのレンズ、当社が発売しているTransDisplayと同じ、透過型のディスプレイを使用しているんです』
『度は入っているんですか?』
『いいえ。あくまでディスプレイなので、度は入っていません。しかし、その代わり、実に機能的且つ、実用的なものとなっています』
言って男はネクタイを外し、2回半分に折って、年配のアナウンサーに眼鏡を渡す。
『そこの、フレームのとこを1回押してください』
言って折り畳んだネクタイをその人に見せている。
『……こうですか?……おぉ!18.7cmって出てますよ!?なんですかこれは』
『それは長さです。謂わば定規の代わりとでも言えばいいのでしょうか。もう一度押してください』
男は笑顔だ。アナウンサーは謂われた通りに押す。
『おぉ! 今度は180.9°と出ていますよ! これはあれですか、角度ですか?』
『はい、分度器いらずです』
『おっとお? これでは数学のテストで満点取れちゃうんじゃないですかー?』
アナウンサーは笑う。
『はっはは。そういうことも考慮して、文字には反応しないようにしてあります。そこを1回押すと高さと長さが、2回押すと角度が、3回押すと元に戻ります。長押しするとズームで、左の方を長押しすると逆に引きます』
『つまり、これなら目が悪い人でも、ズームを使えば問題ないということですね!』
えくぼがくっきり。
『えぇ、ズームアウト機能を使って、逆に距離を置くことで、視力回復も望めます』
『すごい優れものじゃないですか!』
『しかし……問題点が二つあります』
まるで通販番組のように決められた台本通りに盛り上がっていく。分かってはいてもつい引き込まれるんだよなこういうの。
『問題点とは……?』
『これほどの機能を備えたものですからね……精密機械なんですよ。そのため、衝撃や熱に弱く、お値段の方も少々高くなっているんです。いつか改良品を出したい次第です』
キンキンに冷えた麦茶は美味しいな……
『ズバリ! お値段のほどは!』
『4万5000円です。決して高くは無いですが同様に安くも無いので。その機能から、学生さんに是非、と思っていたんですが……難しいですね』
『ですが皆さんご心配なく! なんと今日は! この商品を、抽選で、50名の方にプレゼントしちゃいます!! 応募方法は……』
説明を終えたアナウンサーは「いいんですか?プレゼントだなんて」と言っている。
『えぇ。どんなに高性能なものを作ったとしても、支持を得られなければ意味がありませんからね。そのため、もし当たった方たちは、友達でも知り合いでもいいですので、勧めて下さると嬉しいですねぇ』
この人すごいな……きっとこの器量の良さも、創業から14年で大手玩具メーカーなどいわれている所以か……力量といった方がいいか?
『それでは、FutureDream社、逆巻創社長、今日はありがとうございました!』
アナウンサーは笑顔で軽くお辞儀をする。
『はい、こちらこそありがとうございました。今後とも、当社を宜しくお願いいたします』
言って男もお辞儀をして、画面から消える。そこからは、いつも通りの番組のコーナーが始まった。「7:30」
いつもこのまま10分ほどゆっくりしている。すると、小鳥が降りてきた。白基調の水玉のパジャマ。準備はこれからの模様だ。
「おはよう小鳥」
「おはようお兄ちゃん……今日はちゃんと起きれたんだね」
「……おかげさまでな」
どの面下げてと言いたくなったがここは兄として寛大な心で受け入れてやろうじゃないか。
俺は母さんから弁当を受け取り鞄の中へ。小鳥はパンを食べ着替えを済ませている。
「行ってきます」「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
随分準備が早いこったで、小鳥と一緒に玄関を出た。妹は小学生、登校班のためここで別れる。
「じゃあねお兄ちゃん」と。
「じゃあな、気を付けていって来い」と言って俺は右に曲がる。
すると、毎度図ったかにように、タイミング良く桜が出てくる。
「あ! ライ君おはよう!」
「あぁ、舞園さんおはよう」
慣れたのか、苗字呼びに対して何も言わなくなったな。
「今日ね! すごい夢見たんだ!」
テーマパークに来た子供のように目をキラキラさせている。夢、夢か。
「それなら俺も同じ夢見たぞ」
「え!? 私何も言ってないよ?……もしかして、ライ君……えすぱー?」
何を言っているんだこいつ……
「そうそう、俺はエスパーなのだふははははは」
「じゃ、じゃぁじゃぁ! 私が今何を考えているか教えてください、えすぱーライ君」
「残念、特定条件下ではなければわからないのだよ」
「えぇ~何それ……」
そこで突然落ち込まないでくれ。面白い返しを出来なかった俺が悪いのか?
取り留めもない話をしながら気付けば教室へ着いていた。開けるとそこには昨日とは違って大半の人間がそこにいた。何処となくどんよりと、重苦しい空気だ。
「よぉ雷架! おはよう」
席に座っている馬鹿声を響かすは、立杉悦受。
「あぁ、おはよう悦受」
「なあなあ! 昨日の世界のことどう思うよ! 俺の能力すごいんだぜ? びっくりするぜうへ……ふへへへへへへ」
相変わらず気持ち悪い。
というかやっぱり、昨日のあれは夢じゃないんだな。
悦受のその声に反応してか、クラスの空気が更に重くなる。
「やっぱりあれは夢じゃなかったんだ……」
「も、もう帰ってきたんだ……心配することはないさ……」
「いや……っ……もう……死にたくない……!」
そうだ、もう帰ってきたんだ。そんな心配する必要はない。あのリアルな痛みだって、明晰夢と思えばそれで説明がつく。ゲーム世界にいる時と、というかさっき桜と話している時と、言っていることが違うが、環境によって、場によって考えを変えることも大事なことだと俺は思う。
「……なぁ、あのときも思ったがよ? 何で皆こんなヒステリックになってんだ?」
声をひそめて聞いてくる悦受。それはお前が能天気馬鹿だからだよ。これが普通の人の反応さ。
4時間目、体育館で全校生徒集会が開かれた。猛烈に空腹を訴えているが、我慢して体育館へ向かう。
「何やるんだろうな、今日」
「な、めんどくさいわ~」
「お腹すいたよ~……早く弁当食べたい~」
両脇の悦受と桜も同様にやる気は見受けられない。ま全校集会なんてのはぼーっと過ごしていれば終わるもんさ。
「はいはーい☆ 3組のみんなはここですよー☆」
クリーム色の縦ロールの担任、近江遥先生が手を振っている。集団の中でもやけに目立つ。俺らはそこへ行き出席番号順に並ぶ。
生徒集会は、校長の挨拶から始まり先生からの注意事項等々。長々と何か言っているなくらいにしか思わない。それらが終わると今度は生徒会長の話へ。黒く長い髪を靡かせ、遠月火戀生徒会長が壇上へ上がった。
「生徒会長の遠月火戀です」
マイクを取りて聞き取りやすいハキハキとした声で言う。今の一声で睡魔に襲われそうになった生徒達も頭を覚醒させる。
「少々、先生方を置いていき学校ともあまり関係ないことを話そうと思う」
場がざわめきだす。全校生徒集めておいて一体何を話すつもりだ?
「静粛にしてくれると有難い」
ぴしりと言葉が投げられる。場は沈黙に包まれた。
すごいな……一言で場の空気を変えることのできる人はそうそういないはずだ。俺がまだそういう人に出会ってないだけかもしれないが。
「すまない……昨日の夜の事を思い出してほしい」
場がまたざわめきだす。生徒会長がこれから何を話すのか、見当がついたのだろう。
「同じことを言わせるか? 静粛にしてくれ……言いたいことは分かる。私も人間だからな」
生徒会長はこの間まで、俺らと同じ1年生だったはずだ。当然、一個上の先輩がいるにも関わらず、その態度と口調は堂々たるものであった。
「……正しくは今日。4月12日水曜日、0時00分から、7時00分の間、皆が寝ているであろう時間帯の話だ」
そう、その時間帯。それが指し示すものは唯一つ。
「我々は、夢想世界と呼ばれるゲーム世界にいたよな?」
その声こそ確信らしきものが見えるが、確証がないため、確認するかのように言う会長。
「おかしいとは思わないか? 全校生徒が、全く同じ時間に、全く同じ夢を見た」
確認したわけではないから全員かは分からなかったが、先ほどの反応からしてそうだろう……と言っている。コホンと咳払い。
「これは本来あり得ないことだ。では何故、一体そんな事が起ったのか? それはきっと、第三者の手によってなされたのでは?」
教師達が騒ぎ出す。何を言っているんだ生徒会長は……と言ったところだろう。
そう……あの世界がゲーム世界だというのであれば、それの制作者とでもいうものが存在してもおかしくはないのである。
それは誰かは分からない。それをどうやって為したのかも皆目見当つかない。だけど、確かにあの場あの瞬間は、ゲームの世界にいたのだ。
一拍置く。
「私たちは! 誰が、一体何の為に、どうやってそれをなしたのか! 原因の追及をすべきだ!」
興奮に合わせ教壇を強く叩く遠月さん。
言わんとすることは最もだ。あんなふざけた世界を見せてくれたやつの事は許せる話では無い。またこれだけの人数が同じ夢を共有しているというのも不思議な話だからどうやって、という点は興味がある。
だが、だが遠月さんそれは違うと思うぜ。
疑問としては皆が思っていることだろう。あんな奇妙な体験そうそう出来るもんじゃない。でもあの世界は存在していてはいけないんだ。誰かが傷付き、誰かが死ぬ事が当たり前の世界なんてなくなってしまえばいい。
そしてそんな世界はもう無くなった。こうやって俺達は現実世界に帰ってきて今日を生きている。口の悪い悪趣味な人工知能や気持ちの悪い化け物もいやしない平和な世界なんだ。思い出す必要なんか無い、行方不明者が出たってんなら話は別だが……そうでないならばこれ以上の追求は個人で勝手にやってくれ。そこに俺達を巻き込まないでくれ。
「君、もういい。あの世界の話はやめたまえ」
壇上に、肩にねずみのぬいぐるみを乗せた白衣の女が上がる。何か言ったようだが、マイクを通さない声ではここまで聞こえない。
それに続いて教師が壇上へ上がり、遠月さんを下げさせる。
「今日はこれで終わりにします。1年生から順に教室へお戻りください」
教師がマイクを取って言う。遠月さんはどことなく不服そうだ。
ざわざわとした空気の中俺らは教室へと戻った。
「生徒会長さんなんかおかしかったね……」
話題としてはどこも同じだ、先程の件で落ち着きがない。
「あぁ……そうだな」
あそこまではっきり言われてしまったらもしかしたら夢だったかもという逃げ道が完全に塞がれたようなものだからな。あれは上手くない。
「確かに、今日の生徒会長はおかしかったですね」
するとそこに黒髪ショートの眼鏡女子が話に入ってくる。名前は……
「……本田さん……だっけ?」
眼鏡をクイッとやっている。綺麗な反射だ。
「自分のクラスの委員長の名前ぐらい覚えておいてくれないかしら? 扶來雷架さん」
まぁ昨日なったばっかだけど、と付け加える。
「い、いやぁ~悪い。俺は顔と名前同時じゃないと覚えられなくてさ」
「……そう。それでは、この機会に覚えといてください。私の名前は本田析瑞と言います」
丁寧にぺこりと軽くお辞儀をしている。
「もとっちゃんって呼んでもいいかな!」
「も、もとっちゃん……っ!?」
突然の申し出に目を見開く本田さん。そういう風に呼ばれ慣れてなさそうだもんな。
「断っても無駄だと思うぞ」
「……も、もとっちゃん……」
「だめ~?」
「ううん!……もとっちゃんでいいよ……さ、桜さん」
顔を俯かせ、もじもじとしている。この人意外と面白い人かもしれないな。
「えへへ~よろしくね! もとっちゃん!」
「はい、よろしくおねがいします」
「固いよ~もっと楽にしていいって」
「……時間かけて頑張ります」
とまぁ、クラス委員長とそれなりの交流を深めたところで、先生が入ってきて授業を終える。
「おっ昼だよ~!」
桜は後ろの席で弁当箱を取り出す。俺もそれに倣って弁当を出す。
俺は生徒会長……遠月さんの事を考えていた。
先ほどのことについて思い出していた……ウィンナーを齧る……何故わざわざあの場を借りてまで言ったのだろう。
確かに全校生徒に対して言うにはうってつけの場だ。だけど、あの人だって気付いたはずだ。気づけたはずだ。生徒が、あの状況を快く思っていないことを……自身の探究心に囚われ他人の感情を蔑ろにするようでは生徒会長としては落第点ってところだろ。白米を咀嚼。
腹八分目という言葉があるが、それを気にせず満腹まで食べた俺は、午後の授業を適当に受けて、帰りの支度をする。
「雷架! ゲーセン行こうぜゲーセン!」
隣の席の悦受が、満面の笑みでサムズアップ。
「行こう行こう!」
それに乗るように後ろの席の桜が元気に手を挙げる。
「お! 舞園さんも!? いいねいいね~」
「……でも何処行くんだよ。夢咲にはゲーセンないだろ」
「そうだ、叶訪行こう」
目を閉じほっこりとしている。気持ち悪い。
「今からか……?」
既に教室の時計の長針は「3」、短針は「6」を指していた。
「行こう! ライ君!」「行こう! 雷架!」
じりじりと迫りくる。……んー気乗りしないな……
「……分かったよ。早く行こう」
まぁ家帰って何をする訳でもなし、こいつらにこうも迫られては大人しく逃げるのも難しいだろうしここは素直に折れてしまった方が早いだろう。
俺らは学校を後にすると、例の踏切の所まで来て「叶訪、熊埜方面」と書かれた路線に乗った。
叶訪はここから二駅で10分だ。揺れる体を吊革で支えながら、「叶訪駅」と書かれたところで降りる。
「くっはー! 来たぜ叶訪! 学校帰りにゲーセン寄りに叶訪! いかにも今どきの高校生じゃないかっ!」
今どきの高校生はそんなこと言わん。というか一昨日来ただろう。健診しに。
叶訪はいつ来てもどの時間でも人が多い。それこ今は学校終わりの学生は勿論、早目に仕事終わった人もチラホラと外出しているくらいだ、おかげで大声で叫ぶ悦受に自然と視線が集まる。当然変なやつって意味でだ。
「さぁ舞園さん。行こうか」
俺は悦受を無視し、桜に呼び掛ける。
「えぇ? えっ君置いてかないであげてよ~」
お前の心は大草原か?
「待てよお前ら~! 放置プレイ辛いよ! 気持ちいよ!」
益々視線が痛い。公然で危ない発言はやめろ。
叶訪は分かりやすく言えば都会である。聞いたこともないような横文字だらけの企業、有名大学、お昼の番組で必ずと言っていいほど紹介されるトレンドショップなどが存在しており、まさに今朝紹介されていたFutureDream社本社もこの街にある。
これを聞くと、都会と言うよりオフィス街のようだが、それらは円を描くように存在している。
路線が出ているため、交通の便で問題はないらしい……と言っても俺はそんなところにお世話になる機会なんかないから知らないけどな。
周りがオフィス街だというのならば、その内には、アミューズメントパークや、ショッピングモールなどが存在しており、若者が集まりやすいようになっている。その中に当然ゲーセンなどもあり、俺らはそこを目指し今信号を渡っている。
「にしても、舞園さんはこういったとこ興味ないと思ってたんだが」
桜はその言葉に顔を俯かせた。
「私は……ほら……こういうとこあまりこないからさ……」
おっと、そうだったか。こいつの家は日本舞踊一家だもんな。引っ越してきたその家こそ普通の一軒家だが。娯楽を許されるにはまだ早い歳か。
どう声を掛けたらいいか悩んでる間に目的地であるゲーセンへ着いた。
まずは音。それはやかましく耳がおかしくなりそうだ。次に匂い。それはタバコの臭いだろうか、体に害あり。
「ライ君ライ君!! これ! これ取って!!」
桜は俺の袖を摘まんでUFOキャッチャーを指さした。
視線を向けるとそこには、有名なキャラクターのぬいぐるみがちまちまと並んでる。
「なんだこのキャラ好きだったのか」
「違うよこっちだって」
頭は栗、デフォルメされた目がでかでかと描いており、細く長い逆三角形の体、両手はぴょこんと生えている。商品タグには、「栗オネ」とそれの絵が書いてある。「クリオネ」をモチーフにしたということだろう。
「え……これがほしいのか?」
「うん! なんかかわいい!」
キラキラという擬音が聞こえてきそうなほど目を輝かせている。
うーん……俺もあんまやったことないんだけどな……
「うっし、任せろ」
気合を入れ、財布を取り出し100円投下。
栗オネはいっぱいいるが、取りやすそうなのはどれだろうか……おっと、これなら余裕で行けそうじゃないか。
「頑張れライ君……っ!」
今にも落ちそうな栗オネ目掛けて、アームを下ろす……位置的に栗オネの体の下に滑り込んだが、細長い逆三角形のため、するするっと何も掴まず定位置に戻るアーム。
「くそ……っ!」
「おしい!」
もう一回だ……次は頭の方を狙おう。持ち上がってそのまま体から落ちてしまえばいい。
ピロリロピロリロピロリロ……頭を掴む。アームが上がる。しかし、その頭は持ち上がることはなかった……
「アームの力弱いな! おい!」
もう一度だ……
失敗……
もう一度……
失敗……
もう一度……
失敗……………気付けば俺は、2500円も費やしていた……2度両替機にお世話になった。
俺は普段こんなところ来ないからUFOキャッチャーも実際にやるのは久しぶりだ。そのためこのあまりにも理不尽な100円掃除機に対して俺は怒りを覚えていた。
「くっそぉう……!」
「ら、ライ君……無理しないでいいよ……?」
目の前で何度も失敗し両替に行く姿まで見られているからか、流石に心配してくれる桜。だが違う、もうここまで来たらそういう話ではなくなってくる。男には、退けない時があるんだよ!
「雷架~! やっと見つけたぜ……本当に置いて行くんだもんな」
やめろ……今集中しているんだ……だぁあ! またかよ!……これ無理ゲーだろ。
「なんだ? お前そんなもの欲しいのかよ~」
何をこんなものに本気になっているんだと馬鹿にしているような顔でこちらを見る悦受。やめろ、お前にだけはそんな目をされたくねえ!
「ふふん、ここは俺に任せな」
きりりっと決めポーズをした悦受は俺を押しのけ100円を投入した。
精神を統一するように深く息を吐くと、ゆっくりと袖を捲った。そして目を開くと、台へ両手をつく。
おぉ、空気が違う。これはあれだ、プロの顔付きだ。
「こんなもんはな~ポイント押さえればなんてことなく取れるんだよ~」
今までになく頼りになる背中だ。本当にこいつは悦受か?
そういうとタタンと音を置き去りにしボタンを操作していく。目にも止まらぬ速さ! こいつ慣れている!
「ほい! とーれたっ!」
あれよあれよとアームが離れると受け取り口にぬいぐるみがぼとりと落ちる。初めてこいつを尊敬したかもしれない。
「すっごいよたっ君! 1発だよ1発!」
「まぁまぁ! これくらいわけないっての!」
「俺も驚いたぞ! まさかお前にこんな特技があっただなんて」
「やめろや、褒めても俺のかっこいい顔しか拝めないぜ?」
「きめえ」
だが取れた事実は変わらない。そこだけは素直に認めないとな。
悦受はデレデレした顔でぬいぐるみを取ると俺に手渡した。感謝を述べ受け取った俺は、違和感に気づく。
悦受が見せてきたのは、猿轡を付けた猿のぬいぐるみだった……なになに?……「Mンキー」?…………
「ってこれじゃねえええええええええええ!!」
そんなの欲しいのお前だけだから!!
「ほぇ? 違ったのか??」
ちょっとでもお前の事を尊敬した俺をぶん殴ってやりたい……呆れて物も言えないがとりあえずふざけた猿は悦受に引き取ってもらうことにした。
はぁ……ったくどうしようもねえ……やっぱ俺が取るしかないか。
だが、あれだな不思議と取れる所を見るといける気がしてきた。ポイントを押さえればいいんだっけ? おぉ財布の中は100円だけ……これがラストチャンス……
「今度こそやったらあ!」
まず俺はUFOキャチャーに対する認識から改めねばならない。
取りやすそうな位置から落そう落とそうと考えていたがそれはどれも失敗に終わった。それもそのはず、本来ならばUFOキャッチャーとはキャッチャーの名の通り掴むものなのだ。それじゃあいつまで経っても落ちないはずだ。その考えでできるのはきっと、たまにテレビなどで見かけるUFOキャッチャーの達人とか言われている人だけだろう。
と、そこまで考えたところで、俺はその栗の頭と細長い体の繋ぎ目、つまり首のところを目掛けてアームを下ろす…………ガチっと掴んで、しっかり持ち上がった。今までとは違う、好感触だ。
「いけ……っ! いけ!!」
「おぉいいぞ!」
「頑張って~!」
…………栗オネの姿が視界から消える。
アームは開き、定位置へ戻る。それが意味するもの……それはつまり…………俺はしゃがみ込んで確認する。
「お、お……」
「「お?」」
「おっしゃあああああああああああ!!」
そこには、可愛らしい目をまさにクリクリとさせた頭が特徴的の「栗オネ」の姿があった。
「おぉおすげえじゃねーか!」
「やった! すごいライ君!」
俺はガッツポーズをとり、宝物でも発掘するかのように、両手でそれを取り出す。
こいつ……意外と軽いじゃねーかこの野郎……
感動のあまり、涙目になる俺。こんなにも嬉しいものか。
「はい、やるよ」
俺はそれを桜に手渡す。
「え!? いいの?」
「元はと言えば、お前が欲しがってんだろ。俺のためにも受け取ってくれ」
桜は顔をみるみる笑顔になる。
「ありがとう! ライ君!」
栗オネを受け取り、ぎゅーっと抱きしめている。そこまで喜んでいただけると俺も頑張ったかいがあるってもんだ。
「さぁ、そろそろ帰りますかー」
悦受はMンキーを大事そうに抱えて言う。もしかしたらこいつはこれが欲しかっただけかもしれない。
「あぁ! 帰るか!」
実に晴れやかな気分だ! なんてったって最後の100円を使ってのゲットだからな!…………ん?…………最後の100円?…………
俺は桜に、「ちょっと待っててくれ」と言って、悦受を陰に呼び出す。
「ん? どうした? 愛の告白なら残念ながら受け取れきれないぞ」
今はそんな冗談を聞いてる余裕はない。
「悦受さん……」
深々と頭を下げる。今朝のFutureDream社の新商品で見れば、そこには「90.0°」と表示されるだろう。
「帰りの電車賃貸して下さい!!!!!!」
屈辱だった――――
顔をにんまりさせ、まるで勝ち誇ったのような顔で、俺に電車賃を貸してくれた悦受に、感謝と屈辱でやりきれない気持ちになりながら、その日は帰途につく。




