始まりの爆炎
部屋中に響き渡る警報音。けたたましい爆発音に、数名の悲鳴。
そんな耳を覆いたくなるような音ばかりが、今この場に響いていた。
住宅街より徒歩20分の森の中にある研究所で、原因不明の爆発が起きる。これにより、とある研究に勤しんでいた約20名がその被害に見舞われた。
白い壁だった研究室は、爆発の影響で煤けて黒く、破砕されていた。中からは鉄骨が覗いており、今にも崩れ落ちそうだ。
舞い上がる炎に立ちこめる黒煙。その中を、白衣を着た研究員たちが苦しみにもがいている。
爆発に巻き込まれて血を垂れ流す者、崩れた瓦礫に埋もれて腕だけが覗いている者など、様々だが、どれもこれも目を背けたくなる光景であった。
────又も爆発。
長い髪の毛を焦がし、皮膚を、肉を、骨をまるごと焼き尽くされる女性研究員。
それを目の前にしながら、長身痩身の男が顔を腕で覆って唇を噛みしめている。
彼が向かった先は、嘗て今いる場所より2つ隣にあった部屋だ。そして迷うこと無く重厚な大きな机の下を覗くと、この場には似つかわしくない、まだ小学生くらいの少年と少女がいた。
気を失っているのか、ぐったりしている少女の肩を、恐怖に震えながらでも確かに少女を守るように少年は抱きしめていた。
男は着ていた白衣を脱ぐと、2人の頭に被せようとした。
「大丈夫……っ……君たちは……僕が守るからね……」
そう、まるで自分に言い聞かせうように言って、2人を抱き上げた。
子供とは言え、決して容易ではないことだろうが、まさに火事場の馬鹿力というやつだろう。男は軽々しく二人を持ち上げると、出口へ視線を巡らせてから未だに逃げようとしないある男の背中へ声を飛ばす。
「学徒さん!! 何してるんですか……っ!! あなたも……はやく逃げてください……!!」
煙を吸い込んだのか、咳き込みながら男は顔を顰める。
学徒と呼ばれた男は、一瞥もくれずただ必死にキーボードを叩いていた。
その目は真剣そのもの。自分が今、死の淵に立っていることなどお構いなしと言わんばかりだ。
だがその間にも、爆発は続く。
「データを私の研究所へ送っている!……私のことはいいから子供たちを早く!!」
熱気で目を開けることも辛い。思わず学徒から呻き声が出る。
あと少し……あと少しで終わる。
そう呟き、壊れたレンズの間から何とか視界を確保している。
「くっ……後で必ず助けに来ますから生きててくださいね!!」
煙を吸わない事より何よりそう伝える事が大事だった。必死の願いだった、ここで、こんな所で終わってたまるか、そう言っているようにも聞こえた。
そして男は後ろを振り返らず走りだす、ただ外を目指して。
学徒はちらと走り去る背中を見て、エンターキーを押す。
―――児守、後は任せたぞ。
最期に残したその言葉は爆発音にかき消されていた。人知れず……微笑みを残して。
「……はぁ、はぁあっ……はぁぁ……んっ!……」
瓦礫を避けながら、爆炎を気にしながら児守は、子供を両脇に抱えて外を目指し走る。
痩身の男が子供を2人も抱えて走っていれば当然か、腕がちぎれそうな程痛みだし、段々と呼吸も荒くなってくる。煙も何度か吸ってしまい、更に苦しくなる。視界が、思考が定まらない。それでも何としてでもこの子達は助けなければいけない。大人の都合で巻き込まれてしまっただけなのだから。
置いてきた男の事も、子供達の事も、そして自分の事も気になって仕方が無い。助かるのだろうか、いや自分が諦めたらそれこそ終わりだと一度頭を振ると、最後に踏ん張りをきかせて駆け出した。
「はぁ……っはぁ!……外、だ……!」
赤く染まった世界から一転、和らげな暖かい白い光が注ぎこんでいた。
ほっと胸を撫で下ろすがまだ油断は出来ない。
まるで飛びこむように、倒れ込むように外へ出た児守は、そのまま躓き、救助の人に抱きとめられる。
白衣の上からタオルを被せられ、子供達も無事に保護されていた。
児守は薄れ行く意識の中、フラフラと立ちあがりまた中へ戻ろうとする。
「何してるんですか! 危険です! 後は私たちに任せてください!」
二人がかりでがっちりと体を押さえられるも、児守はその足を止めようとしない。
そして他の救助隊が入口へ入った瞬間────先ほどまでとは比にならないけたたましい爆発が研究所を包んだ。
「嘘だっ……!!……学徒さん……あぁ……学徒さぁああぁぁぁああぁああん!!!!」
その惨事を目の前にして、児守は泣き崩れるように叫んだ。喉が痛いのもかまわず、胸が裂かれそうな想いで叫ぶ。
もうもうと火の粉と共に煙が空へ舞い上がる。さながらそれはキャンプファイヤーのように多数の命を撒き散らした。
これは今から5年前に起こってしまった悲劇であると同時に、これから起こる悲劇の一端でもあった──