ひだまりの時間
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まかせましたよ、と言って薄情にも颯爽と立ち去る後ろ姿を眺め、あまりの事に理解が追いつけていない。
きょとん、とルファは首を傾げた。それと同時にぎゅっと自分の手を握る感触がして、急いでしゃがみこみ、微笑んだ。
「大丈夫。たった一日だからね」
その目の先には泣きそうに顔をゆがめる小さな少年。ロジェの友人夫妻が出かけるらしく、今日一日だけ預かってほしいとの話だそうだ。
身綺麗な格好は貴族の子息らしいが、それでも子供。潤んだ瞳で母親の立ち去った方向を見つめている。
「えーと、私はルファよ。あなたの名前を聞かせてくれる?」
出来るだけ刺激しないように優しい声で問うが、少年は更に顔を歪め──ルファの手をぱっと離して屋敷の奥へ走って行ってしまった。
「ルファ様……」
グルテが背後で声をかけてくれるが、ルファにはどうしたらいいのか判断できなかった。
ロジェが出かけているのを狙ったのだと思うが、彼の友人であるエモニエ伯夫妻はルファもパーティで何度か会ったことのある気の良い人達だ。伯爵はロジェとは旧知の仲で、一緒に寄宿学校での生活を送っていたという話も聞いている。それがまさか夫妻が急に尋ねてきたと思ったら一日自分達の子供を預かって欲しいと言ってきたのだ。
ロジェがいたなら断られることがわかっていて、あえてロジェのいない時間にルファを尋ねてきたのだろう。
使用人に任せたり、実家に預ける等、方法は色々あると思うのだが、彼らはルファを選んだ。
「しっかり面倒見れるのか不安です……」
現に今、逃げられたばかりだ。すると、グルテが何かをひらめいたようで、にっこり微笑んだ。
「お任せください、ルファ様!」
***
グルテに言われてソファに座る。後ろにはピアノを伴奏するグルテがいる。流れる曲を聴き、息を吸って──高音を響かせる。繊細だがしっかりしたルファの声が部屋を抜け、屋敷中に流れる。
そうして一曲、二曲と歌っていると、開けっ放しにしてある扉の影から、ひょっこり小さな頭が見えた。そのまま気にせず歌い続けると、今度は影から出てきて部屋へ足を一歩踏み入れ、そこで止まる。だが、次の一曲を歌い終わる頃には、少年はルファの目の前に立っていた。
「歌姫さんなの?」
舌足らずな声がルファの耳をくすぐる。
「いいえ。でも歌は好きですよ。私はルファと言うの。あなたは?」
「アルバン」
小さな声で、しかししっかりと名前を告げたことにルファは安堵した。グルテの策は大成功だ。ルファは自分の膝の上を叩いて招くと、少し躊躇したものの、すんなりと膝の上に座ってくれた。
「今いくつなの?」
「よっつ」
にこにこと笑顔で答えるアルバンがなんだかとても可愛くて、この小さな子をぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られる。そうしていくつか質問をしているうちに、よくしゃべる子だと言うことがわかった。
「ママとパパはね、いっつもお出かけ。いつもは連れて行ってくれるのに、今日はだめなんだって。たまにはママをパパに返してあげなくちゃいけないんだって」
自分がどれだけ母親を好きか。それに対して父親はどんな反応をするのか色々と聞かせてもらっていると、そのうちアルバンの口調があやしくなってくる。むにゃむにゃと何を言っているのか聞き取れなくなってくると目も閉じかけ、舟を漕いでいた。
ゆっくりと手触りの良いさらさらとした頭を撫でてやると、ルファに体を預け、眠ってしまった。可愛いな、と改めて実感していると、つかつかと廊下から誰かが歩いてくる音が聞こえた
「ルファ! さっき知らせが届いて……、寝てたのか。ごめん」
雪のように透き通る白髪を乱して、ロジェが部屋に入ってきた。こちらへ近寄り、ルファの額に口づけを落としてくれる。
「おかえりなさい、ロジェ」
「ただいま」
まだ夫婦でもないのに、まるで夫婦のようなやり取りをして、腕の中には可愛い子供がいて。──そんな状態が悪かったのだろう。幸せに満ち足りて、ルファは思わず零した。
「子供、欲しいですね」
その瞬間、ロジェが動きを止めたのを見て、ルファは自分の失言に気がついた。理解した途端、一気に顔が羞恥で赤く染まる。
「あ、いえ、違うんです!」
アルバンを起こさないように小声で抗議するも、声は完璧に上擦ってしまった。何の意味もなさないのに、ルファの両手が弁解するようにわたわたと動く。ロジェは笑いを嚙み殺し、ルファの耳元へ顔を近づけ、囁いた。
「早く結婚して子供を作ろう」
体を溶かされそうな甘さを感じ、ルファは何も言えず真っ赤な顔のまま俯き、小さく頷いた。
すやすやと眠る子供、愛する夫。そんな温かく幸せな生活は、そんなに遠くない。




