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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
六 彼の言い分と、真相
37/45

3

 開催地も、始まる時間もわからない。

 そしてもし、ルファが買われたら、きっと探し出すのは無理だ。

 大勢いる貴族達の誰が闇オークションに参加したのか突き止めるだけでも困難で、さらに屋敷の中を捜索したくても大公命令でもなければ不可能だろう。

「ロジェ、本当にルファは屋敷にいませんの?」

「グルテによると、ルファは九時頃に俺の部屋に来ていた。それから部屋を出て行き、その後彼女を見た者はいない」

 せめてロジェが起きていればまだ手がかりはあるのだが、不覚にもぐっすり寝てしまっていた。

 耳元で彼女が歌っていたことは、ぼんやりと遠くの方で覚えている。手を握ってくれた温かい彼女の体温と、ロジェが聞きたくてたまらなかったあの歌が、耳にこだましていた。

 寝ていてもあんなに苦しかったのに、彼女の歌を聞いてからはぐっすり寝れて、起きた時には体が妙にすっきりしていた。

 まだ耳に残る彼女の歌を感じながら、ロジェは拳を固く握る。

 絶対に、助けてみせる。


    ***


 なぜ、こんなことになったのか。

 いくら考えても答えは見つからず、ただ虚しい時間だけが過ぎていく。ルファは手首に付けられた頑丈な鎖を見て、ため息をついた。

 薄暗く、じめじめとした地下牢の中、 閉じ込められている。

 ガチャリ、と重たい金属音を放つその鎖は、足にも嵌められていて、壁に食い込んだ杭と繋がっている。

 一応引っ張ってみたりしたが、びくともしない。

 ロジェの看病をして部屋を出た後、気分をすっきりさせたくて庭を歩いていたら数人の覆面をした男達に囲まれ、なにか薬品を嗅がされて、気づいた時にはここにいた。

 今はどれくらい時間が経ったのか。

 地上はどうやら遠いらしく、窓もなく上からたまに染みた水が滴り落ちてくる。服装は装飾の少ないシンプルな寝間着だったが、生地は絹で出来ていて艶があった。──だと言うのに、今は汚れてしまっている。

 見張りはおらず、人の気配すらない。

「……寒い」

 捕まった時に暴れたせいでどこかに靴を落としてしまったようだ。

 ひやりと冷たい地面。薄手の寝間着。地下は冷え切っていて、とても寒い。

 こうも冷えていると、心まで寒くなるのか。

 恐らくルファをさらったのは闇オークションを仕切るバセット夫人あたりだろう。自分にそこまでの価値があったのには驚くが、あまり興味はなかった。

 結局容姿については罵られるのだろうし、第一売られる価値が上がってもなんの嬉しさもない。

 怖い、と言う思いは不思議となかった。まだこの状況を把握しきっていないからだろう。

 歌に目を付けられていると言うことは、闇オークションに出されてもそれを披露するだけだろう。

 そのくらいならなにも怖くない。なにも、恐れることはない。

 ルファはただ落ち着いて、冷静に、もっとも安全なほうへ転がるように見極めるだけで良い。助けが来るなんて馬鹿な期待はしない。

 膝を抱えて、頭を埋める。

 小さく吐いた息は、 白かった。


    ***


 黒いストラップシューズを、コリアランは両手に乗せて恭しくロジェに見せる。

 ルファの靴なのだろうそれは、なんの手がかりにもならない。

 ロジェは一瞥だけして、テーブルに広がった書類に視線を戻す。もう昼を過ぎてからかなり時間が経ってしまった。

 早く彼女を見つけ出したいのになにも掴めない。

「お気に召しませんでしたか?」

「なにを馬鹿なことを言っているんだい」

 じとりと老執事を睨むが、まったく堪えた様子もなく柔らかく微笑むだけだ。

「サルーク様でしたらティセルカ様の靴でも喜びますよ?」

「……俺は靴じゃなくてルファ自身が欲しいよ」

 靴なんてなんの意味もない。靴を眺めても温かくもないし、なにより彼女を手の内に戻すヒントにすらならない。

「俺は意味のないものには興味がないよ」

 不機嫌を隠さずそのまま感情にまかせて冷たく吐き捨てると、コリアランは少し顔を曇らせて、俯いた。

「お顔の色が優れません。昨夜から一睡もしていらっしゃらないのでしょう?」

「必要ない」

 そう切り捨てるが、コリアランが納得するはずもなく、しかしロジェを止めることも出来ず、ただ立ち尽くしてこちらを見つめている。

 執事として、仕える者の体調を気遣うのは当然だし、幼い頃からロジェを見た来た故の心配もあるだろう。

 だが、ここで休んでなどいられない。

 街の地図を広げ、あらゆる可能性を考え、可能性のないところは消していく。

 会場として使うなら、大勢が入れる場所。出入りが目立たない人気のない所──もしくは人が多く出入りしても気にならない所。

 夜であればそれも限定される。まったく人目につかない所など、この大きな街では不可能だ。 絶対に人目はどこにでもある。そこへ大勢が一ヶ所へ集まるとなれば目立つために、その線は薄い。

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