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城の庭園は、想像していたものを軽く凌駕していた。
色とりどりの花が咲き乱れ、整えられた人型や馬をかたどって作った芸術的な木々に、女神を模した石造まで。奥には真っ白な東屋。
ガゼボに置かれた小さな椅子に、ゆったりと腰掛け、茶髪を風に揺らしている姿は、どこか現実離れしていた。
隣に立つティセルカがこちらに気づき、カロラティエに知らせる。
「ルファとエリーチェが来ました」
「あら、早いわね。どうぞ、おかけになって」
カロラティエ、ルファ、エリーチェ、と三人分並んでいる椅子に、カロラティエは誘導する。 エリーチェは招待を受けていなかったのだが、彼女も付いてくることを見越して用意しておいたのだろう。
ルファとエリーチェはそれぞれ座り、ティセルカはそのままカロラティエの背後に立っている。
「ごめんなさい。急に呼び出したりしてしまって」
「いいえ、構いません」
「ありがとう。……ティカ、わたくし、ちょっと取って来てほしいものがあるのだけど」
カロラティエは後ろに顔を向けながらそう言う。
「兵舎から地図を取って来て欲しいの」
「兵舎からですか?……少し時間がかかるかもしれませんよ?」
「ええ、構わないわ。お願い」
ティセルカは少し複雑そうに顔をしかめて、言われた通り兵舎に向かって行った。
足音で方向がわかるのだろうカロラティエは、ティセルカの歩いて行った方を見つめ──そしてルファへ顔を向けた。
「ルファ、今日はあなたに話さなくてはならないことがあるの」
そう切り出したカロラティエの顔には影ができていて、少し不安そうに眉根を寄せた彼女は、とても儚く見えた。
「……そんなお顔でされる話って、なんだか怖いですね。一体なんでしょうか」
出来れば聞きたくはなかった。聞くな、と頭の中で声がする。
しかし、こんな泣きそうな顔をしている少女を無視するわけにもいかないし、わざわざ呼び出したのだから聞かなくてはいけないのだろう。
「──ロジェとの婚約のことです」
びくり、とわずかに肩が震えた。
嫌な汗が背中を伝い、どくどくと脈打つ音が、やけに鮮明に聞こえる。
「ロジェとの、婚約とは……一体どういうことでしょうか」
もしかして婚約破棄とか。それとも破棄などではなく、抹消とか。
嫌な予感がぴりぴり肌に伝わる。
逃げたい逃げたい、逃げたい。このまま最後まで聞かずに逃げ出したい。
そう心の中で懇願しているのに、逃げ出すことも出来ず、カロラティエが言葉を紡ぐ。
「あなたとロジェの婚約は、見せかけなのです」
「……はい?」
なんと言ったのか。自分は、彼女になにを言われたのだろうか。
理解出来ずに困惑していると、カロラティエはとうとう俯いてしまった。
「人魚館のバセット夫人を捕えたくて、あなたをロジェの婚約者にしたの」
なにを、言っているのだろう。なぜ、そんな意地悪を口にするのだろう。
ロジェの心も得られず、ましてや婚約が偽物だったなんて。
「ま、待ってください。なぜルファがそんなことに使われるんです?」
エリーチェが納得できずに食いつく。彼女にとってもルファの婚約のことは初耳だったようだ。
カロラティエやロジェ達がバセット夫人を捕えたいのなら、その娘でもあるエリーチェに協力を頼んでいるはずだ。
監禁され、自由を欲したエリーチェは人魚館から逃げ、知人のロジェの元へ転がり込んだ。そこでバセット夫人の悪行に目をつけていたロジェが話を持ちかけた、そんな流れだろう。
「バセット夫人は闇オークションを開いているんです」
「それは知ってるわ。最初に聞いたもの。 定期的に行われる闇オークションで、奴隷や臓器とかを売ってるんでしょ?」
奴隷 、と言ってもただの奴隷市ではない。
表ではさばけない──誘拐してきた子供、貴族で飼われる性奴隷の少女などだ。
珍しいものは高く売られ、参加者も仮面をして顔を隠していると言う。
「その闇オークションで、ルファが売られようとしていたのです」
「私が……?」
なぜ、なんの価値もないルファが。
同じことを思ったらしく、エリーチェはカロラティエの方へ体を寄せて、尋ねた。
「なぜルファなの? 確かに顔立ちは整ってるけど、はっきり言って人魚としては欠陥品だと思いますけど」
すぱっと、エリーチェは容赦無く本音を言う。
ただ、顔立ちが整っていると言われたのが初めてで、ルファは場違いにもそれが嬉しかった。
「ルファの、歌を聞いたことがあるかしら」
「歌……?」
エリーチェが首を横に振り、カロラティエは苦笑して話を続けた。
「ルファの歌はね、誰よりも綺麗なの。誰だろうと聞いた人を魅了するのよ」
「ルファは、歌が下手じゃないのですか? 噂でそう聞いたけど」
「いいえ、まさか。下手なんてとんでもない。おそらくバセット夫人は隠しておきたかったのね。表で有名になってほしくなかったのでしょう」




