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エリーチェが羞恥で顔を真っ赤に染め上げ、握った拳を震わせながらこちらを睨んでくるが、にっこり微笑んで気にしないふり。
「少女趣味ですって!?」
「そうでしょ」
一方は笑顔で鉄壁を作り、もう一方は般若面をしてゴゴゴ、と怒りの炎を燃やしている。
そうしてばちばちと火花を散らせていると、菓子を運んできたグルテが頬に手をそえて、ふうと呆れた様子でため息をついた。
「仲がよろしいのは結構ですけど、お茶が冷めてしまいますよ?」
菓子をテーブルに並べながらグルテはそう言い、忠告を受けた二人ともが同時に「仲なんてよくありません!」と声をはもらせた。
グルテはぱちぱちと目を瞬かせ、やがて思いっきり呆れ顔になる。
「そうですか。とっても仲がよろしく見えますけど」
「やめてよ! 誰がこんな根暗女!」
「私だってごめんです! あなたみたいな自己中女!」
お互いの本を冒涜し合い、なぜか今は引くに引けなくて意地を続ける。
ルファは別にエリーチェを怒らすせるつもりは毛頭無く、ミステリー小説を馬鹿にするエリーチェに少し言ってやりたかっただけだ。
意地になって引けなくなっているのはおそらくエリーチェも同じで、顔をしかめながらもこちらをちらちら見ている。
彼女はグルテの持ってきた菓子を食べながらそっぽを向き、実に不服そうな顔をして言った。
「ねえ、そろそろ面倒だからこのへんにしない?」
「……はい、疲れます」
お互いが和平を認めたところで、エリーチェはグルテに尋ねた。
「また今日もロジェは仕事なの?」
今聞きたくない堂々一位に位置する男の名前に、ルファの体が思わずこわばる。
あやうく持っていたカップを落としそうになってしまい、平静を装ってカップをテーブルに置いた。
グルテがそれを見ていたのかは定かではないが、エリーチェのカップに淹れたての紅茶を注ぎながら答えた。
「はい、 お仕事でございますね」
「あいつはなにしてんのよ。婚約者を放置だなんて良いご身分だことね」
エリーチェは悪態を付きながら紅茶に口をつける。
彼女なりにルファを心配していたらしい。ほんのり頬を赤く染めながら、顔をしかめて飲ん でいる。
「確かにルファ様と最近お会いになられていないようですが、大丈夫ですよ」
「……なによ、大丈夫って」
ルファも一体なにが大丈夫なのか知りたくて、目線をグルテに向ける。
グルテは柔らかく微笑んだ。
「ふふ。だって、ロジェ様ってばルファ様のことが大好きなのですから」
「は?」
エリーチェがぐっと眉間を寄せてグルテを凝視している。
ロジェから好意を感じたりはするが、大好き、というほどではないだろう。
なぜグルテがそんなことを思っているのか。彼女の表情には嘘など見当たらなくて、困惑す る。
「大好き? でもそんな素振り一つもないわよ?」
確かに、ロジェがルファに取る態度は、社交辞令を言って褒め、そつなく相手をする紳士的 な──少しそっけないくらいの態度しかない。
優しくするも他の人にするように平等に、という接し方で、どこをどうみたら大好きに繋がるのかがまったくわからない。
「なにを根拠に言ってるのよ」
「根拠など、ロジェ様のお顔を見たらわかります」
うふふ、と笑うグルテに、ルファもエリーチェも訳がわからない。
ロジェはきっと別に、好きな人がいる。──あの美しい、現ルテリア大公妃のリエルダを、慕っている。
年だって親子ほどは離れていないし、もしかしたらリエルダもロジェに気があるのではないか。 美しい白髪の者同士、きっと並んだら絵になる。
それに、リエルダは泣いていた。
涙の理由は知らないが、結ばれないお互いを想って、かもしれないし……。──考えたら頭が痛くなってきた。
余計なことは考えたくないのにぐるぐる頭を回る。
心が乱される。
いつの間に自分は、 こんなにロジェでいっぱいにされていたのだろう。
***
「え、カロラティエ様が?」
エリーチェと二人きりになると、彼女は唐突に切り出した。行儀悪くテーブルに肘をつき、悪戯っぽく笑っている。
「そうよ。迎えの馬車も来るわ。だから、ちょっと提案があるのだけど」
「提案?」
エリーチェの話では、屋敷に戻ったティセルカがエリーチェに伝言を託したらしい。
カロラティエから話があるので来て欲しい、と言うことだった。
そこでなんの提案があるのかと不思議に思って耳を傾けると……。
「最近ロジェがかまってくれないから寂しいでしょ? だから、ちょっと心配させてやろうじゃないの」
つまり、ルファがカロラティエに呼ばれていると言うことはティセルカと、伝言者のエリーチェ、それから本人であるルファしか知らない。
ティセルカは今日も昼頃からカロラティエの元へ行っていて、屋敷にはいない。
誰にも告げず、カロラティエの元へ行って、ロジェを心配させてやろうと言う作戦なのだろう。
「でも仕事があるでしょ? あまり煩わすことはしたくないのだけど」
「なに言ってるのよ! あんたは婚約者でしょ? 婚約者を放置する方が悪いのよ!」
親身になってくれるエリーチェの気遣いは有難いが、そんなことして良いのだろうか。
しかし、 彼がルファを心配してくれるのかも気になる。
「ロジェを試す最大のチャンスなのよ!」
「……チャンス」
試すもなにも、ロジェは好きな人がいる。 ──でも、少し。ほんの少しでも心配してくれるのなら……。
「そうですね、やりましょう」
あの人の心が少しでも見れるなら、馬鹿なことを一つやってみよう。
***




