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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
五 私と、彼女と
30/45

1

 明かりもなにもつけない真っ暗な部屋で、ルファはベッドに寝転んで、ふかふかの布団にくるまっていた。

──眠れない。

 寝返りをうって寝やすい態勢を模索してみたが、さっぱりだ。

 疲れているはずなのに、眠りたいはずなのに、眠れない。

「……ロジェのせいだわ」

 すべて、ロジェが悪い。ロジェのせいだ。

 今日の夕刻、庭でのこと。

 ルファを始めとした三人は暫く動きを止めていたが、なんとか立ち直ったティセルカが声をかけたのだ。

 リエルダ様、とティセルカは声をかけた。

 ルファの記憶間違いでなければ、その名前はカロラティエの母で、現ルテリア大公妃のもののはずだ。

 どうやら外に止まっていた馬車はリエルダのものだったらしい。

 彼女は恥ずかしそうに目元を指で拭い、先程の儚げな様子はどこに行ったのか、気然と微笑んだ。

 リエルダ曰く、今日は久しぶりに外へ出かけた娘を迎えに来た、と言っていた。

 もちろん、それは名目にすぎないことは理解している。わざわざ大公妃が娘を迎えに来るはずがない。なにか、目的があったのだ。

 だが、残念ながらその理由までは聞けず、発言通り、カロラティエを引き取ってすぐに帰ってしまった。

 一体なんだったのか。

 その後、ティセルカもカロラティエの世話で一緒に行ってしまった。

 その場に残され、気まずい空気が漂ったが、エリーチェの大きなため息と共に呟かれた 「寒いし、中に入らない?」との言葉でその場は解散となった。

 ただ、夕食時も気まずい空気は解消されず、明らかに何かを言いかけてやめるロジェを見 ているのも段々苛々してきて、結局ルファも声をかけていない。

 ロジェは時折、助けを求めるようにエリーチェに視線を送っていたが、彼女は完全に蚊帳の外を決め込んでいた。

「ロジェなんて嫌い。大嫌い」

 口にせずとも、こちらに好意がある振りをしていたなんて。それを見抜けなかった自分にも腹が立つ。

 自分の心を乱すロジェに、 腹が立つ。 ルファは何度目かの寝返りをうち、そうして暫くの後、いつの間にか夢の中に入り込んでいた。


    ***


 嫌なことは忘れるに限る。

 そう思っているのに、ずっと胸にはしこりがあって、もやもやとした陰鬱なものがまとわりつ いている。

 エリーチェもティセルカも、あのことを話そうとしないし、明らかに話題を避けている。話すならロジェが、と言った態勢らしい。

 しかし、ロジェとまともに会うのも、ここ最近は段々回数が減ってきた。

 まさかルファを避けているわけではないのだろうが、仕事が立て込み、地方へ出かけたりしてしまっている。

 仕事のない日でもどこかに出かけているようで、ルファと会うのは夕食時くらいだ。

「ねえ、あんたこんなもの読んで面白いの?」

 最近ルファがはまっているミステリー小説を、エリーチェにすすめてみたのだが、どうやら好みではなかったらしい。

「なによ、街で起こった密室殺人事件って!」

「仲間の誰が犯人なのかを解いていくのです。面白いでしょ?」

「あたしの趣味じゃないわ」

 陽だまりが心地よいテラスで、小さなテーブルに向かい合わせに座って、お互いのお気に入りの本を交換して読んでいたのだ。

 読み始めてから大分立ったが、ルファはまだ半分くらいしか読めていない。

 元々読み書きは困らない程度しかやっていなかったからだ。

 エリーチェもまだすべてを読み終えるには時間が足りないはずだが、彼女は本を閉じてテー ブルに置いてしまっている。

「早いですね。読み終わったのですか?」

「まあね。だけどあたし、じれったく進むの嫌だから、読み飛ばしながら読んだの」

「なんてことを!」

 信じられなくて声をあげると、エリーチェは息をついて、更に続ける。

「あ、でも最初にラストだけ先に読んだから犯人はわかってたわよ?」

「ミステリーの意味がまったくないですね!」

 ミステリー小説への冒涜だ。

 読みかけの、エリーチェお気に入りの恋愛小説に、しおりをはさんでテーブルに置く。

 最初にラスト部分を読み、展開をわかってから始めから読むだんなんて、せっかくの本の構成を無視している。

「犯人を予想していくのが楽しいんじゃないですか!」

「……というか、あんたグロテスクなの駄目なんじゃなかった?」

「意味のない、過多なものは嫌いですけど、これはそこまではないから大丈夫です」

 へえ、と相槌を打つエリーチェは、あまり興味がないようだ。ルファはそんな彼女にむっとして、エリーチェの本を指差した。

「それに、あなたのこの本だって、私の趣味じゃありません」

「はあ?」

 一気に不機嫌になったエリーチェが眉根を寄せて、じろりとこちらを見てくるが、冒涜されて黙っているわけにはいかない。

 途中までしかまだ読んではいないが、年頃の少女達が好みそうな真っピンクな内容だった。

 十代の少女達なら別段おかしいわけではないが、あえて嫌みっぽく言葉を選んでやる。

「素晴らしく少女趣味なのですね、エリーチェは」

「なな、ななな……っ!」

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