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明かりもなにもつけない真っ暗な部屋で、ルファはベッドに寝転んで、ふかふかの布団にくるまっていた。
──眠れない。
寝返りをうって寝やすい態勢を模索してみたが、さっぱりだ。
疲れているはずなのに、眠りたいはずなのに、眠れない。
「……ロジェのせいだわ」
すべて、ロジェが悪い。ロジェのせいだ。
今日の夕刻、庭でのこと。
ルファを始めとした三人は暫く動きを止めていたが、なんとか立ち直ったティセルカが声をかけたのだ。
リエルダ様、とティセルカは声をかけた。
ルファの記憶間違いでなければ、その名前はカロラティエの母で、現ルテリア大公妃のもののはずだ。
どうやら外に止まっていた馬車はリエルダのものだったらしい。
彼女は恥ずかしそうに目元を指で拭い、先程の儚げな様子はどこに行ったのか、気然と微笑んだ。
リエルダ曰く、今日は久しぶりに外へ出かけた娘を迎えに来た、と言っていた。
もちろん、それは名目にすぎないことは理解している。わざわざ大公妃が娘を迎えに来るはずがない。なにか、目的があったのだ。
だが、残念ながらその理由までは聞けず、発言通り、カロラティエを引き取ってすぐに帰ってしまった。
一体なんだったのか。
その後、ティセルカもカロラティエの世話で一緒に行ってしまった。
その場に残され、気まずい空気が漂ったが、エリーチェの大きなため息と共に呟かれた 「寒いし、中に入らない?」との言葉でその場は解散となった。
ただ、夕食時も気まずい空気は解消されず、明らかに何かを言いかけてやめるロジェを見 ているのも段々苛々してきて、結局ルファも声をかけていない。
ロジェは時折、助けを求めるようにエリーチェに視線を送っていたが、彼女は完全に蚊帳の外を決め込んでいた。
「ロジェなんて嫌い。大嫌い」
口にせずとも、こちらに好意がある振りをしていたなんて。それを見抜けなかった自分にも腹が立つ。
自分の心を乱すロジェに、 腹が立つ。 ルファは何度目かの寝返りをうち、そうして暫くの後、いつの間にか夢の中に入り込んでいた。
***
嫌なことは忘れるに限る。
そう思っているのに、ずっと胸にはしこりがあって、もやもやとした陰鬱なものがまとわりつ いている。
エリーチェもティセルカも、あのことを話そうとしないし、明らかに話題を避けている。話すならロジェが、と言った態勢らしい。
しかし、ロジェとまともに会うのも、ここ最近は段々回数が減ってきた。
まさかルファを避けているわけではないのだろうが、仕事が立て込み、地方へ出かけたりしてしまっている。
仕事のない日でもどこかに出かけているようで、ルファと会うのは夕食時くらいだ。
「ねえ、あんたこんなもの読んで面白いの?」
最近ルファがはまっているミステリー小説を、エリーチェにすすめてみたのだが、どうやら好みではなかったらしい。
「なによ、街で起こった密室殺人事件って!」
「仲間の誰が犯人なのかを解いていくのです。面白いでしょ?」
「あたしの趣味じゃないわ」
陽だまりが心地よいテラスで、小さなテーブルに向かい合わせに座って、お互いのお気に入りの本を交換して読んでいたのだ。
読み始めてから大分立ったが、ルファはまだ半分くらいしか読めていない。
元々読み書きは困らない程度しかやっていなかったからだ。
エリーチェもまだすべてを読み終えるには時間が足りないはずだが、彼女は本を閉じてテー ブルに置いてしまっている。
「早いですね。読み終わったのですか?」
「まあね。だけどあたし、じれったく進むの嫌だから、読み飛ばしながら読んだの」
「なんてことを!」
信じられなくて声をあげると、エリーチェは息をついて、更に続ける。
「あ、でも最初にラストだけ先に読んだから犯人はわかってたわよ?」
「ミステリーの意味がまったくないですね!」
ミステリー小説への冒涜だ。
読みかけの、エリーチェお気に入りの恋愛小説に、しおりをはさんでテーブルに置く。
最初にラスト部分を読み、展開をわかってから始めから読むだんなんて、せっかくの本の構成を無視している。
「犯人を予想していくのが楽しいんじゃないですか!」
「……というか、あんたグロテスクなの駄目なんじゃなかった?」
「意味のない、過多なものは嫌いですけど、これはそこまではないから大丈夫です」
へえ、と相槌を打つエリーチェは、あまり興味がないようだ。ルファはそんな彼女にむっとして、エリーチェの本を指差した。
「それに、あなたのこの本だって、私の趣味じゃありません」
「はあ?」
一気に不機嫌になったエリーチェが眉根を寄せて、じろりとこちらを見てくるが、冒涜されて黙っているわけにはいかない。
途中までしかまだ読んではいないが、年頃の少女達が好みそうな真っピンクな内容だった。
十代の少女達なら別段おかしいわけではないが、あえて嫌みっぽく言葉を選んでやる。
「素晴らしく少女趣味なのですね、エリーチェは」
「なな、ななな……っ!」




