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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
四 友人と街へ、調香師は笑う
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6

「……難しい質問だな。耐えれていた、とは言える。だけどもちろんいつもじゃないし、投げ込まれた石が窓を割って、私の頭部に当たったときはさすがにへこんだな」

 血まで出たんだよ、とそう言うオレーシャの表情はやはり明るい。

「また、来てもいいでしょうか」

 カロラティエは自分の拳を握りしめ、小さな声で尋ねた。

 オレーシャとコンスタンスはお互いに顔を見合わせ、深刻そうに表情を暗くしているカロラティエの様子に、ぷっと小さく吹き出し、次に声をあげて笑った。

「ここは客商売だ。こっちは拒めないんだから好きな時に来たら良い。店の扉はいつでも空いているのだからな」

 カロラティエはその言葉にほっと息をつき、いつものように可憐に微笑んだ。


    ***


 ごとごとと揺れる馬車の中、夕暮れに照らされながら帰路を進んでいた。

 キエルは疲れたようで、ティセルカの膝の上に再び座り、そのままもたれて寝てしまっている。

 淑女訓練の時はあんなに手厳しい鬼なのに、ティセルカの前だと作法もなにも吹っ飛んでしまうらしい。

 すやすやと無防備に眠るキエルを向かいの席から眺めるエリーチェはじっと睨んでいる。人目もなにも気にせずにいられる彼女が羨ましいのだろう。

 歩き回って疲れたので、眠りたい気持ちは良くわかる。ルファだって目の前にベッドがあったら今すぐ駆け寄って飛び込むだろう。

 たくさん歩いたし、たくさんのものを買い食いしてお腹もかなり苦しい。

「あ、屋敷が見えてきたよ」

 ティセルカは窓の外を眺めて、すやすや眠っているキエルを起こす。

 キエルの肩を揺すり、何度か名前を呼んで、ようやく目を覚ますと、ティセルカはもう一 度窓の外へ視線をやり、目を見開いた。

「あれは王宮の馬車だ。王宮の馬車が来ているよ」

「わたくしの迎えの馬車かしら」

「でも迎えの馬車なんて手配した覚えはありませんよ?」

 ティセルカが何事かと窓の外を──屋敷の門の横に止められている王家の紋章付きの豪奢な馬車を、じっと静かに見つめている。

 やがて王宮の馬車を横切るが、偽物とは決して思えない作りだ。

 なぜ王宮の馬車が屋敷にあるのか。

 疑問に思いながらも屋敷の入口へと到着し、停車した馬車にいつまでも乗っているわけにはいかない。それぞれ馬車を降り、ルファ達を街に迎えに来た御者を勤めた屋敷の使用人に尋ねてみた。

「もしかしてお客様がいらしてる?」

「はい、 ルファ様」

「ロジェ様は?」

 一応使用人の前では敬称をつけた方が良いかもしれないと様付けしておく。

「ロジェ様はあちらのお庭の方にいらっしゃると思います」

「庭に? どうもありがとう」

 御者に礼を告げ、ロジェに帰宅の挨拶をすべきかと考えていると、ティセルカに抱きかかえられたカロラティエがにっこり微笑んだ。

「馬車のことを聞きたいし、ひとまずロジェに会いに行きましょう?」

 そうですね、とルファも笑顔でカロラティエに返事を返し、なぜか顔が曇っているティセルカの変化に気付く。

「ティカ? どうかされましたか?」

 ルファが尋ねると、彼女はぱっと顔を明るくして苦笑をもらした。

「すまない。疲れているせいか、ぼんやりしていたよ」

 恥ずかしそうに笑う彼女の表情は、ルファの目にとても嘘くさく映った。

 上手くごまかせるのはロジェくらいなもので、ルファは大抵の人間の感情を、表情で嘘か真実かを見抜けれる。

 しかし、それを伝えたところでなんの意味もなく思えて、ひとまず相槌を打っておく。

「あたし、早く中で一息つきたいわ。行くなら早く行きましょうよ」

 エリーチェは面倒そうに目を細めて言う。

「そうですね。カーラ様もあまり帰りが遅くなっては怒られますものね」

 御者に教えられた方へルファが歩き出すと、キエルだけがその場で立ち止まった。

「私は夕食の準備に向かいますのでここで」

「そうだったな。頑張れ」

 ティセルカに激励の言葉をもらったキエルは顔を輝かせ、大きくこちらに手を振った後、屋敷の中へ入って行った。

 本当にティセルカを慕っているのだな、と改めて思う。

 キエルがティセルカに向ける感情は恋慕ではない。親しい姉妹のような、年の近い母娘のような。

「キエルは可愛いわね。 わたくしより遥かに年上なのに、まるで同い年の子のよう」

「精神年齢が低いのでしょう。私は、そろそろ親離れしてくれても良いと思うんだけどね」

「親、ですか?」

 気になってルファが尋ねると、ティセルカは笑いながら肩を竦めた。

「あの子にとっては親みたいなものだよ。あ、姉とか? もしくは恋人とか。……続柄はなんでもいいんだよ。 あの子にとっては自分を守って永遠に一緒にいてくれる仲、というものだ」

 永遠、と言う言葉がずしりと心に響く。なぜ、そんなものを──そんな、当てにならないものをキエルは望んだのか。

「でも、離れたら離れたでティカは寂しいのでしょう?」

 見透かしたようにくすりとカロラティエは笑い、ティセルカは「まあ、そうですね」とやや開き直って口にする。

「私も子離れできないんですよ。守るものは守りたい。永遠に。それが、儚いとわかっていても、ね」

 抱えたカロラティエに向けて、そんなことを言う。

 それがやけに意味深に聞こえて──キエルのことだけを言っているわけではないような気がして、ルファは口を開く。

「二人は近々……」

──離れなくちゃいけない予定でもあるのですか。

 そう続けようとしてのに、自分より前を歩いていたエリーチェの背中にぶつかって、引っ込んでしまった。

「いたっ、突然止まらないでくださいエリーチェ。……エリーチェ?」

 エリーチェは何かを凝視したまま動きを停止していた。

 不審に思ってエリーチェと同じ方向──庭の奥へ視線を向けて、ルファも動きを止めた。

 激しく自分の中で警鐘が鳴り響く。

 これ以上は見てはいけない。見るべきではない。そう、わかっているのに。

「……ロジェ?」

 誰もいない庭で、花に埋れ、涙を流し、必死にロジェにしがみつく美女がいた。

 結い上げた髪は見事な白髪で、白磁の肌、形の良い赤い唇が印象的な、美女。

 ロジェの腕は美女の柳腰に周り、しっかり抱きしめている。

 こうなることを、恐れていた。

 誰も自分など相手にしないとわかっていた。

 それでも、信じてみたかった。一度くらい、一人くらい、自分を見てくれる人がいるって、信じたかった。

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