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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
四 友人と街へ、調香師は笑う
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5

 ブアデス、と言えばルテリア公国とは少し離れた所に位置するアバスカルを治めていた王家の名前だ。

 数十年前に謀反が起き、内乱の果てに滅びた旧アバスカル王国。現在はその土地をアバスカル領とし、ルテリア公国とは隣国になるナサレ帝国が治めている。

「必要ない。私はもう遥か昔からすでに王族ではない」

「聞きおよんでおりますわ。ブアデスで起こった川の氾濫を抑えるために生贄として捧げられたと。結果的には内乱時には城にいなかった、そしてその後のナサレが攻め込んできた時もいなかった。そうして助かったと」

 カロラティエの言い方はオレーシャを攻めているようだった。王族として、なにか思うところがあるのかもしれない。

 内乱の後にナサレに攻められ、あっけなく落とされた。王女としてなにかできたのはないかと、カロラティエは言いたいのではないか。

「私は神として生きてきたのだ」

「……神?」

「または魔女。または悪魔。自分の生まれた国で、しかも実の親に厄災を払うためだと生贄にされて。ずっと田舎の人気のない村の家に閉じ込められて、村の連中からは好き勝手に抽象されて、また氾濫が起きるとごみや石を投げつけて来る。そんな国を、私が救う気が起きるとでも? 香りを作る事しかできないただの人間の私が救えるとでも?」

 オレーシャは裸足の足を上げて、 変色した足首をみせた。

「これ、なにかわかるか? 逃げださないように足環をされたんだ。私は、オレーシャ・ジゼッラ ・ブアデスは六歳の時に死んだんだ」

 氾濫が起きた当時に六歳だったと言うことは、すでに二十歳を少し過ぎた年齢だろう。

 反論を許されないカロラティエは俯いて黙り込み、やがて息を吐いた。

 顔を上げてオレーシャに向ける顔はなんだかすっきりしていて、影などどこにも見当たらない。

「やっぱりキツイ方ですのね。お父様の言う通りだわ」

「大公はなんて?」

「あんなじゃじゃ馬、誰も敵わない、ですって」

 オレーシャは固い表情を崩して笑った。カロラティエの横に座るティセルカは当時を思い出してか苦笑いを零す。

 カロラティは王からおおまかなことしか聞かされていないのだろう。ティセルカにねだるように手を掴んでいる。

「凄まじかったらしいよ。私は直接立ち会っていないのだけどね、聞いた話によると……」

 そう切り出して話し始めたティセルカを、面白そうに足を組んでオレーシャは聞く体勢を取る。

 オレーシャの夫だと言う男──カウンターに置かれている木板に彫ってある名前を見るとコンスタンスと言うらしい──は、おそらく事の詳細を聞いていなかったようで、いそいそと椅子を持ってきて聞こうとしていた。

 ティセルカの話では、誰よりも、そして今までにない香りを作る優秀で有能な巷で話題の調香師がオレーシャだと言う名前なのを知って王宮へ呼んだ。

 オレーシャの母はアバスカル王国へ嫁いだ大公の実姉で、その娘の名前と同じ調香師を呼ぼうとした。

 だが、何度呼んでも調香師は来ず、仕方なく強制で連れてくることにし、やって来た娘があまりにもアバスカルで亡くなった姉に似ていた。

 大公は自分の姪だと確信し、オレーシャに王族に戻るように言った。──だが。

「政治の道具に使われるなんてうんざりだ、と怒鳴ったそうだ」

「大公殿下に、ですか……?」

「大公の言い方に腹がたったのだ。仕方あるまい?」

「不敬罪だからな、それ」

 国の主たる大公に怒鳴りつけたことは知っていたのだろうコンスタンスがじとりとオレーシャを睨む。

 オレーシャも顔をしかめ、コンスタンスの胸倉をいきなり掴んだ。

「誰のせいだ、 馬鹿」

 ぱっと手を離して荒く椅子にオレーシャは座りなおす。

 一方、コンスタンスは「茶を取ってくる」とさっさと席をはずして奥へ行ってしまった。

 早足で引っ込んでしまった彼は、もしかして怒ったのか。それとも照れたのか。オレーシャは楽しそうに笑い、それから鷹揚に肩を竦めてみせた。

「まあ、何年も王宮から出されていた身では、もう戻れないと思っていたのだ」

「だから大公からはなにももらわず、自分もなにも望まず、か」

 ティセルカが感心した様子でオレーシャを見つめる。

「もらったよ。いらない、と言ったんだがな」

「なにをもらったのですか?」

 ルファが気になって尋ねるが、彼女は口元に人差し指を当て、微笑んだ。

 内緒、と言うことだろう。

 茶器をトレーに乗せてコンスタンスが戻ってきて、小さなテーブルに並べてくれる。

 カロラティエは温かい紅茶を注いだカップをティセルカに支えられながら持ち、口にふくんで微笑む。

「あなたは、万を生きた長者のような方ですね」

「それはどうかな。私は魔女や悪魔と蔑まれたが、確かに神として崇められていた。でも、所詮は長い間外を見ることが叶わなかった世間知らずだ」

 表情も口調も、まるで大したことではなかったかのように明るく、軽い。苦労を感じさせないと言うべきか。

「悪魔とまで言われて、あなたは耐えられたのですか」

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